第五話「参謀の眼、戦局を裂く」
球場の空気が、昨日までとは明らかに違っていた。
スタンドには、偵察部員、新聞社の記者、スーツ姿のスカウトたちが並ぶ。その視線が注がれる先――瑞鳳高校のベンチには、控え選手のいない9人が静かに身体をほぐしていた。
「県ベスト4の西本商業か……データは集まった」
宮田タクマは、膝上のノートパソコンを閉じると眼鏡を押し上げる。その目には、冷静な火が宿っていた。
「並の分析じゃ通用しない相手だ。だが、道はある」
その瞬間、彼の内側に凛とした声が響く。
――甘く見るなよ、宮田君。戦とは、先手で決まる。
山南敬助。その思考が、宮田の中で静かに目を覚ました。
試合開始
初回、両チーム無得点。
西本のエースは球威十分、速球とスライダーを巧みに操り、テンポよく打者を打ち取っていく。一方の木下カイも、立ち上がりの不安定さを踏ん張り、何とかゼロを並べた。
「均衡か……けど、崩れるのは時間の問題だな」
青山シンジが呟く。だが宮田は静かに首を振った。
「崩すのは、こちらからだよ」
三回表。
先頭バッターは神谷ハヤト。
「ハヤト、三塁線だ。正確に、強く」
宮田は短く指示を出す。ハヤトは頷き、打席に向かった。
バントの構え。西本の三塁手が警戒して前に出る。
(……あれ、なんだ? バントにしては、構えが深すぎる)
一瞬のためらい。
その隙を突くように、神谷のバットがボールを“斬る”。
「刺突!」
三塁線ギリギリをえぐるような強バント。打球は驚くほど速く、三塁手は一歩も動けなかった。
どよめくスタンド。驚きの顔が広がる。
「剣士の間合いを野球に応用するとはな……まさに戦だ」
青山が感心し、谷口が笑った。
「うちの軍師、マジで策士すぎんだろ」
その回、瑞鳳は神谷の出塁を起点に連打で2点を奪う。
五回裏、西本の中軸打線が動き始める。
「三番からか……気を抜くな、カイ」
キャッチャーの青山が構える。
「カイ、変えるぞ。まずインハイ高め、次に外低フォーク。あとは――」
宮田が掲げた指示は、データから導き出した“弱点の一点突破”。
(ここで打たれたら終わりだ。だが、山南さんの読みは――)
木下の投球が冴える。スピードも変化も、コントロールも一段上がっている。
「……ふん、燃えてきた」
フォークで空振り三振。
続く打者も内角攻めで抑え、無失点。
宮田の作戦が冴え、試合の流れを完全に掌握した。
最終回。
西本が一矢報いるも、試合は6-3で瑞鳳の勝利。
静まり返った球場に、瑞鳳ベンチの9人が静かに並ぶ。
歓声もなく、ただその姿が語るものがあった。
「勝ったか……」
木下カイがマウンドで、帽子を深くかぶる。
だが、その目に映るのは次の戦場だった。
「……まだ、終わってねぇ」
ベンチで宮田タクマが、画面を閉じながら呟く。
「山南さん……戦いは、これからですね」