第四話「噂が走る」
瑞鳳高校、松陵館に快勝。
その結果は、地方紙の片隅に小さく掲載されたに過ぎなかった。
《瑞鳳、松陵館に快勝》
わずか数行の試合結果。写真もなければ、記事の詳細もない。ただスコアボードの数字だけが、何かが起きたことを物語っていた。
それでも、その「何か」を見逃さなかった者たちがいた。
とある高校の監督室。
「……あの松陵館が初戦敗退? しかも相手は、去年一回戦コールド負けの瑞鳳?」
資料をめくっていた壮年の監督が眉をひそめる。横にいた助監督が言う。
「どうやら、部員9人のギリギリチームらしいっすよ。けど、スコアは6-2。しかも完投勝利。なにかおかしくないですか?」
「……次の試合、偵察出そう」
スカウトたちも動き始めていた。
とあるスカウトマンが電話をかける。
「おう、聞いたか? 瑞鳳って公立校が松陵館に勝ったってよ。うちの管轄エリアだから、ちょっと次見てくる」
「え? そのチーム、去年……ああ、そうか、そりゃ気になるな」
誰もがまだ半信半疑だった。ただ、火種は確かにまかれていた。
一方そのころ――瑞鳳高校・部室。
簡素なミーティングルームで、木下カイが黙ってストレッチをしている。
神谷ハヤトが、机の上に広げた新聞を見ながらつぶやいた。
「載ってんの、これだけか。ちょっとは騒ぎになると思ったけどな」
谷口ケイジが笑いながら言う。
「まぁいいじゃねぇか。地味なほうが、あとで驚かせられるだろ」
青山シンジはキャッチャーミットを磨きながら、静かに言った。
「見てるやつは見てるさ。なぁ、タクマ」
パソコンを操作していた宮田タクマが、眼鏡をくいっと押し上げて答える。
「次の試合にはおそらく偵察やスカウトが来ることでしょう。」
「ふふ、いいねえ。火がついてきたじゃないの」
西ユウスケが陽気に笑い、缶ジュースを開ける。
「でも、次は手強いぜ。西本商業、去年ベスト4」
「やってやろうじゃねぇか」
木下カイが低く言った。
その目はすでに、次の「戦場」を見据えていた。