第三話「伏兵、松陵館を斬る」
場所は県営球場。焼けつくような残暑のなか、地方大会の第一回戦が幕を開けた。
対戦カードは
松陵館高校 vs 瑞鳳高校。
松陵館高校。県内ベスト8常連。鋭い打線と機動力、洗練された私立の野球を武器に、ここ数年で着実に名を上げてきた実力校。
対する瑞鳳高校は、部員わずか9名。去年は初戦コールド負けの公立校。
試合前、スタンドの観客たちは口々に言った。
「こりゃ楽勝だな、松陵館」「瑞鳳?まだ部員足りてないとこじゃなかったか?」
だが、そんな声のなかで瑞鳳ナインは静かに円陣を組む。
中心に立つのは、エース・木下カイ。
「勝てるかどうかなんて、やってみなきゃわかんねぇよ。命ある限り戦うだけだ」
土方歳三の魂が、チームの心を一つに束ねていた。
初回、瑞鳳は三者凡退。
その裏、マウンドに立ったカイが松陵館の先頭打者に対峙する。
一球、また一球。
アウトローに突き刺さるストレート。
外角から切れ込むスライダー。
消えるように沈むスプリット。
三者連続三振。
スタンドの空気が変わった。
「今のフォーク?めちゃくちゃ鋭く落ちたぞ・・・」
「スプリットじゃねーか?あの投手、何者だ……」
二回表。
神谷ハヤト――沖田総司の魂を宿す快足の遊撃手が、チームに火をつける。
「行くぞ、斬るように振れ!」
高めに浮いたストレートをフルスイング。打球は左中間へ。二塁まで塁を進める。
次打者、西ユウスケ(藤堂平助)がライトへ華麗に流し打ちし、1点追加。軽妙なバットコントロールが冴えた。
「なんでこんな小技が……? 去年の瑞鳳って……」
松陵館ベンチがざわつく。
守備でも光る連携。
遊撃・神谷ハヤトが華麗なフットワークで逆シングルのゴロを捕る。
セカンド・リュウノスケ(斎藤一)へ瞬時のトス。
一塁・ユウタ(永倉新八)が低い送球を片膝で受け止める。
ダブルプレー完成。
観客席がどよめく。
「9人でこれかよ……」「いや、これ“9人”じゃない。何かがおかしい……」
5回表、谷口ケイジ(原田左之助)が豪快な一発をライトスタンドへ。
「打撃なら任せろやァ!!」
ベンチ前で吠えるその姿に、仲間たちは自然と拳を握る。
「ケイジ、最高……!」
青山シンジ(近藤勇)が笑いながら声をかける。
「いいぞ、みんな乗ってきたな。ここからは一気に叩くぞ」
終盤、スコアは6-2。
焦り始める松陵館の選手たち。
「嘘だろ……相手、公立だぞ?」「この空気……何なんだよ……」
最終回、マウンドには木下カイ。 淡々とセットポジションに入る。
バッターが振った。
空振り三振。ゲームセット。
拳を突き上げる瑞鳳ナイン。
観客は一瞬、呆気にとられたように静まり……
「勝った……?」「あの瑞鳳が……松陵館に……?」
ざわめきが波のように広がる。
「9人しかいないはずなのに、まるで精鋭部隊みたいだった」
ある中年男性が、帽子を深く被り直して立ち上がる。
「これは……ただの高校野球じゃねえな」
静かに、名刺サイズのメモ帳を胸ポケットに戻した。