第二話「動き出す、野球という名の戦場」
瑞鳳高校野球部。去年の三年が引退してからというもの、この部には“終わった部活”という空気が漂っていた。
だが今、その空気が少しずつ、確実に変わり始めている。
「じゃあ、そろそろポジション別に分かれてノックいくか!」
主将――いや、実質的にそう振る舞っているのは木下カイ。剣士・土方歳三の魂と共鳴してからというもの、彼の言動には迷いが消えた。前へ、前へと進む推進力と、周囲を引っ張る冷静な覚悟。それが仲間にも伝染している。
キャッチャーミットの音が鋭く鳴る。捕手・青山シンジが、軽く投げ返しながら笑った。
「お前、ほんと別人みたいだな、カイ。前はもっと“熱いだけ”だったのに、今はなんつーか……肚が座ってる」
「うるせぇよ。俺は俺だ。ただ、腹が括れただけだ」
短いやりとりに、男たちの結束がにじむ。
――そして、その周囲で静かに観察を続けるのが、監督・松平悠守だった。
眼鏡の奥の目が鋭く細まる。
「よーし、次、ハヤト!」
ショートの守備位置から手を挙げたのは、神谷ハヤト――沖田総司の魂を宿す男。
「いっちょやってやろうじゃねぇか!」
その声はどこか爽やかで、しかし剣の斬撃のような鋭さを含んでいる。軽快なステップでボールをさばくその動きに、周囲は思わず声を漏らす。
「動きがまるで忍者だな……いや、侍か?」
「うん。今の俺、多分“型”で動いてる。剣道の足さばきが、そのまんま守備になってる感じ。体が先に動いてんだ」
彼の融合は特に顕著だった。沖田総司の天性の俊敏さが、野球という形で蘇っていた。
他のメンバーも同様だ。
一塁手・吉岡ユウタ(永倉新八)――バットの握りが柔道の帯のように力強く、スイングに芯がある。三塁手・谷口ケイジ(原田左之助)――打球を受け止めた瞬間、笑いながらそのままバックホームする豪快さ。二塁手・高田リュウノスケ(斎藤一)――黙々と打球を拾い続け、誰よりも正確に投げ返す精密機械のような守備。左翼手・西ユウスケ(藤堂平助)――軽口を叩きながらも、バント処理やカバーの位置取りが絶妙で、いざという時の反応速度も速い。右翼手・宮田タクマ(山南敬助)――常に周囲を見渡し、守備位置の微調整を自分から提案。まるで監督のような視点を持つ男。
そして――
中堅手・加藤ハヤト(芹沢鴨)。唯一、野球部というより“ケンカ自慢”として名を馳せていた男。
「チッ、ダルいな……」
そう言いながらも、センターのフライをジャンプキャッチするその動きには、一瞬の迷いもない。周囲の目を意識してか、あるいは自分の中の“何か”が刺激されているのか。彼はまだ自分の変化を認めていないが、そのプレーは確実に“野球人”としての道を歩み始めていた。
その日の練習終わり、部室で円陣を組む彼らの顔には、かすかな誇りがあった。
「なぁ、俺ら……明らかに変わったよな?」
「あぁ。成長・・・いや、覚醒した。これなら試合にも勝てるかもしれない。」
「勝てるさ」
静かに、だが確信を持った声が響いた。
「俺たちには“剣士”がついてる。けど、それだけじゃない。今の俺たちは――今までの俺たちじゃない」
誰も反論しなかった。
不思議な一体感。勝利への確信。
いよいよ公式戦――相手は圧倒的な強豪校。