最終話『球魂維新 〜最終決戦・魂の行方〜』
夏の甲子園、決勝戦。快晴の空に鳴り響く開会のサイレンが、全国の頂点を決める戦いの始まりを告げていた。
瑞鳳高校 対 山口長州商業。
大型バスが甲子園の正面に静かに停車すると、バスの扉が機械的に開いた。中から降りてくる山口長州商業の選手たちは、全員が同じ動きで整列し、無駄な私語もない。まるで精密機械のような一糸乱れぬ統率。彼らの目には、光沢のあるデータグラスが輝いていた。
「……いよいよ来たな。長州の連中」神谷ハヤトが低く呟く。
その隣で木下カイは、わずかに笑った。「どんな相手だろうが、やることはひとつだろ?――魂、ぶつけるだけだ」
瑞鳳ナイン全員の表情が引き締まる。こうして、全国の頂上決戦は静かに幕を開けた。
一回表 理論の暴力
「プレイボール!」
球審の高らかな声が響き渡る。先攻は山口長州商業。先頭打者の山野がデータグラスを微調整しながら、ゆったりと打席に入った。
(初球はアウトローのストレート。そこから入ると分析しているんだな)
マウンドのカイは相手の意図を読みながらも、正面から勝負を挑む。振りかぶり、全身をしならせて放ったストレートは低めいっぱい――
しかし山野はまったく迷わず完璧なスイングでセンター前へ弾き返した。
「……あいつ、完全に待ってたな」青山シンジが苦々しく呟く。
続く二番・井上は迷いなくバントの構え。クイックで投じたカイの球を、彼は精密に転がした。バントのコースまでAIで計算されているかのような完璧さ。ランナーは悠々と二塁に進んだ。
「いやらしい野球しやがる……」谷口ケイジが唸る。
三番・伊藤もインローを叩きつけ、サードの頭上を越えるレフト前適時打。あっさりと先制点を許す。0−1。
だが、まだこれで終わりではなかった。四番・高井レイが悠然と打席に歩み出る。高井の背後に揺らぐ高杉晋作の霊影。その型破りな剣法の気配が構えから感じ取れる。
「……来いよ、高井」
カイが投じたカーブを読み切り、重心を極端に後ろに置いた魚雷バットがうなりを上げた。インパクトの瞬間、火を噴くように打球は右中間を一直線に貫きフェンスを直撃。タイムリーツーベースで追加点。0−2。
初回から、AIが導き出した理論野球が牙をむいた。
一回裏
「次は、俺たちの番だ」
先頭打者・神谷ハヤトが唸るように呟きながら打席に立つ。初球は内角高め。AIが計算した打者の弱点――だが、神谷はそれを超える身体能力で強引にスイングした。
バットが鋭くボールを弾き、打球はセンター前に落ちる。「いけぇぇぇぇぇ!!」
歓声が甲子園を揺らした。
続く谷口も執拗な内角攻めに屈せず、粘り抜いて四球を選んだ。無死一、二塁。
「よし、繋げ!」青山の声が響く。
三番・吉岡ユウタ。鋭い眼差しでカイの合図を受け取ると、わずかな甘い球を見逃さなかった。ライナーは右中間へ一直線に伸び、二者が還って同点!
2−2。甲子園の空気が一気に熱を帯びる。
二回表
ここからカイは冷静さを取り戻した。緩急を自在に操り、鋭く曲がるスライダーで五番以下の打者を三者凡退に切って取る。
「ナイスピッチ!」青山が親指を立てた。
二回裏
一方の長州商業バッテリーは、AIの分析に基づいて執拗にコースを突き続ける。加藤ハヤトの痛烈な打球もセンターの最適守備位置に吸い込まれ、神谷のセーフティも完璧な反応でアウトに仕留められた。一歩も譲らぬ緊迫した攻防が続く。
三回表
長州はAIを用いて再計算を施す。一巡目のデータをもとに、二巡目はさらに精密に攻めてきた。
再び山野が出塁。井上はヒッティングに切り替え、詰まりながらも巧妙に右前へ落とす。
「くっそ……厄介だ!」
三番・伊藤の巧打で一気に無死一三塁。再び四番・高井が打席に立つ。
(今度は絶対打たせねえ)
カイが魂のインローを投じた。だが、高井の魚雷バットが火を噴く。右線を破るツーベース――
2−4。再びリードを奪われた。
三回裏
しかし、瑞鳳のナインは諦めない。神谷が再びヒットで出塁。谷口も右方向への流し打ちで続き、一二塁。そして吉岡の初球一閃――左中間を破る二点タイムリー!
「同点だああああ!」
4−4。会場全体が熱狂の渦に包まれるが、
四回以降、一進一退の攻防が続き、膠着状態が続く・・・
八回裏
4−4で迎えた八回裏。カイがマウンドから円陣を組むナインに視線を投げた。
「ここで行くぞ。勝負、決める!」
神谷が初球をセンター前に弾き返す。無死一塁。続く谷口が読まれたバントを強引に叩きつけ、三塁線を破る。スタンドが悲鳴のような歓声を上げた。
「いける……いけるぞ!」
打席には吉岡。インハイを突くAIの指示。しかし、その球を吉岡は全身の魂で振り抜いた。
レフトスタンドへ一直線――
「ホームラン!!!」
逆転のスリーラン!7−4。瑞鳳がついに試合を引き寄せる。
九回表
先頭の山野が出塁。井上も内野安打で続き、伊藤がライト前ヒット。無死満塁。
四番・高井が打席に立つ。背後に高杉晋作の霊が揺らめく。
「これが……俺たちの最後の戦いだ!」
高井が静かに呟く。背後に揺らぐ高杉晋作の霊も、静かに微笑んだ。
マウンド上のカイは、その気配すら真正面から受け止める。
「魂で来いよ、高井……!」
甲子園全体が静まり返る。
第一球――外角低めへのスライダー。わずかにボール。
第二球――内角高めの速球。これもわずかに浮いてボール。
「カイ、落ち着け!」
青山シンジの落ち着いた声が飛ぶ。
深く息を吸ったカイの背後で、土方歳三の幻影が剣を構える姿を見せた。
その剣気がカイの投球フォームに宿る。
第三球――インローぎりぎりを突くストレート!
高井のバットが振り出される。しかしわずかに差し込まれ、打球は内野ゴロ――
「よしっ!」
セカンド高田リュウノスケが素早く捌く。
セカンドからショートの神谷へ、神谷から一塁吉岡へ――ダブルプレー!
「ツーアウト!」
だがランナーは三塁に進み、なおも一点差で走者二、三塁。
勝負の行方は、五番・木村のバットに託される。
(これが最後の最後だ)
木村が構えた瞬間、背後に木戸孝允の霊影が立つ。
理論と魂、長州の誇りを背負った一打――
カイは、すべてを込めてサインに首を振る。
青山がわずかに目を細め、頷いた。
「全てを賭ける、カイ!」
振りかぶった。
腕がしなり、空気を裂く。
魂の渾身のスプリットが木村の膝元に吸い込まれる。
木村は反応してスイング――しかし、ボールはバットの下をすり抜けた!
ストライクスリー!!!
試合終了――!
栄光の頂点へ
「勝った……勝ったぞおおおおお!!」
瑞鳳のナインがマウンドに駆け寄り、抱き合う。
歓喜の渦。甲子園の頂点に、瑞鳳高校が立った。
その時だった。
誰にも見えないはずの空気が、静かに揺れた。
そこに――消えたはずの新撰組の魂たちが、淡く現れた。
まるで、遥かな時代の彼方から吹く風のように。
彼らの声は、瑞鳳ナインだけに確かに届いていた。
土方歳三
「……お前たちの野球は、俺たちの剣を超えていた。」
近藤勇
「俺たちは、誠の旗を掲げ、最後まで戦った。だが――俺たちは"維新"という前に進む力に負けた。」
沖田総司
「正しかったのかどうかは、結局わかりません。ただ…こうしてお前たちが続けてくれた。」
永倉新八
「生き残ることじゃねえ。紡がれることだ。お前らが紡いだ。」
斎藤一
「俺たちの選択は、ここに続いていた。それだけで十分だ。」
原田左之助
「データもAIもあろうが――最後に決めたのは、お前らの魂だ。」
藤堂平助
「時代は変わる。それが"維新"なんだろうな。あの時は敵だった維新が、今はお前たちの中で違う形になってる。」
山南敬助
「冷静も、情熱も、誇りも、剣も――全部、お前たちの野球に息づいている。」
芹沢鴨
「正しかったのか?知らねえ。でもな――こうして続いてんだ。上等だろうがよ。」
最後に土方が静かに微笑んだ。
土方歳三
「"球魂維新"。俺たちが護ろうとした国は今、お前たちの中に生きている。剣は野球へ、誠は情熱へ。」
魂たちは、微笑みながら光の粒となり、甲子園の青空へと還っていった。
「維新」それは敗北の言葉でもあり、彼らにとっては越えなければならない言葉でもあった。
それを成し遂げたのは紛れもなく、木下カイたち野球部であった。
彼らの物語はまだ始まったばかり。
甲子園に一条の風が吹いた。
「勝てるか勝てないか、やってみなければわからないよ。おらァもう、勝敗は考えない。ただ命のある限り戦う。どうやらおれのおもしろい生涯が、やっと幕をあけたようだ!!」




