第一話「剣士、白球に宿る」
修学旅行から戻った翌日、グラウンドに集まったのは、引退した三年生が抜け、部員がゼロになったはずの野球部員――いや、正確には、新たに「何か」に憑かれた九人だった。
「……なんか、身体がキレてる気がするんだよね」
ショートの神谷ハヤトが軽やかにノックを捌きながら言う。まるで剣を振るような俊敏な身のこなし。沖田総司が乗り移った彼のプレイは、刃のような鋭さを帯びていた。
「そう感じてるのはお前だけじゃねえよ」
と、無口なセカンド・高田リュウノスケが、外野からの返球をギリギリの体勢でさばいて返す。斎藤一の魂が宿る彼は、もともと寡黙な性格にさらに拍車がかかり、守備ではまるで“瞬間移動”のような反応を見せていた。
キャッチャーの青山シンジがミットを構えて言う。
「リーダーってのは、信じることから始まるらしいぜ。……近藤さんが言ってた」
彼の中に宿るのは、新撰組局長・近藤勇。その人柄と意志を継いだかのように、彼は今、チームの精神的支柱となろうとしていた。
ピッチャーマウンドに立つ木下カイは、グローブを握った左手で胸元を押さえる。胸の奥に、あの男の声が響いた気がする。
――戦うなら、本気で戦え。勝敗よりも、命を燃やせ。
土方歳三。副長にして、修羅のような生き様を選んだ男。その魂が、自分の中で静かに燃えていた。
「……カイ、いけるか?」
シンジの問いに、カイはただ一度うなずいた。
ノックの合間、三塁の谷口ケイジが豪快にバットを振りながら叫ぶ。
「っしゃー!どっからでもかかってこいやーっ! 原田左之助、ノリすぎだって? 上等だろ!」
一塁の吉岡ユウタは無言で構える。重厚なフォームと、確実な守備。永倉新八の堅実さと、彼自身の責任感が融合していた。
左翼手、西ユウスケはボールをトスしながらひょうひょうと言う。
「なんか知らんけど、身体が勝手に動くんだよね。これが“センス”ってやつ? ……ま、藤堂平助の軽さってことにしとく?」
センターに入った加藤ハヤトは、相変わらず口数が少ない。金髪をかき上げて、ふっとつぶやく。
「……勝手に、戦うつもりはねぇ。でも、負ける気もしねぇ」
芹沢鴨。かつて新撰組の“異端”として君臨した男。その血気と猛々しさは、今、不良だった加藤の中で息を吹き返していた。
最後に、データノート片手に外野後方から見守る男――右翼手、宮田タクマが静かに言う。
「彼らの能力……いや、“剣士としての記憶”がプレイに影響しているとしか思えない。山南敬助……理詰めの鬼が、俺の中で囁いてる」
理論と戦術の参謀、山南敬助。彼の冷静さが、データ分析担当としてのタクマをより精密な存在へと進化させていた。
九人の男たちが、それぞれ新撰組の魂を宿して再び集結した。
「カイ、次どうすんだ?」
青山シンジが声をかける。
カイは静かに、マウンドからグラウンド全体を見渡し、言った。
「このまま、秋の大会出る。……今の俺たちなら、戦える」
無謀? 笑われる? それでもかまわない。
「勝てるか勝てないか――やってみなきゃ、わかんねぇだろ!」
その叫びに、誰よりも先に反応したのは、沖田総司の魂を持つ神谷ハヤトだった。
「なら、やるしかねーじゃん! 俺たちの野球、始めようぜ!」