第十六話「燃ゆる夏、誠の先へ」
蒸し暑い空気と共に、県予選の火蓋が切られた。
あの秋から冬、春を経て──木下カイ率いる瑞鳳高校野球部は、いまや「かつての無名校」とは呼ばせない実力を持っていた。だが、どこかで誰もが分かっていた。
──この夏こそが、本当の“維新”の始まりだと。
試合は順調に勝ち進んだ。初戦こそ新チームの緊張もあったが、カイとシンジのバッテリーを中心に要所を締め、2回戦からは爆発的な打力で圧倒。
ユウタとケイジのクリーンナップが確実に打点を挙げ、守備でもリュウノスケとハヤトが鉄壁の二遊間を築いた。西とタクマの外野陣も堅実。加藤も、かつての“霊に引かれた影”を脱し、ただの好戦的なエース候補から「誠を貫く野球人」へと成長していた。
まさに、9人が“自分自身”として、憑依の呪縛から覚醒し、野球をしていた。
勝利のたびに、スタンドの応援も熱を帯びていく。彼らはもはや“憑かれた高校生たち”ではない。自らの意志で、白球を追う戦士たちだった。
そして、準決勝。瑞鳳は強豪校明条学院を破り、ついに決勝へと駒を進める。
相手は、薩摩実業。
強打・剛腕・鋼鉄の精神力。西郷隆盛や大久保利通などの“薩摩魂”が憑依していると噂される異様なチーム。
特にエース・黒木一誠は、冷静沈着な性格にして、ストレート一本で押し切る豪腕投手。土壇場に強く、追い詰められるほど燃える“薩摩隼人”の化身とも言われていた。
──瑞鳳と薩摩。
奇しくも幕末において対峙した“京都の守護”と“討幕の急先鋒”が、令和の高校野球で激突しようとしていた。
木下カイは言った。
「歴史がどうだったかなんて、正直どうでもいい。けど今は、あいつらにだけは、絶対に負けたくない」
チームメイトたちが力強くうなずく。
ついに──甲子園出場をかけた決勝戦が、始まろうとしていた。