第十三話「動き出す鼓動」
初夏の風が、グラウンドの赤土を舞わせていた。
あの夜以来、加藤ハヤトの表情は少しだけ柔らかくなった。
言葉が増えたわけでも、態度が劇的に変わったわけでもない。
だが、キャッチボールの相手を自ら申し出た時、新入生たちは確かにそれを感じ取った。
この日も練習が始まっていた。
青山「いいぞ、神谷。ショートの動き、板についてきたな」
神谷「ああ。でも……足運びが、まだ野球じゃなくて剣術のままだな」
そんなやりとりに、新入生がくすっと笑う。
空気は、ほんの少しずつ柔らかくなっている。
加藤は黙々とノックを受けていた。
その姿を見ていた一人の新入生が、恐る恐る声をかける。
新入生「加藤先輩、あの……僕、外野のポジショニングがよくわからなくて……」
加藤「……見とけ。俺が動くから。自分に合う位置、感覚で探せ」
無骨だが、誠実な言葉だった。
それを見ていたカイが、静かに頷く。
カイ(あいつなりに……変わってきてる)
夕方。練習後のミーティング。
ベンチに座った9人と新入生たちは、ほどよく疲れた表情で笑い合っていた。
青山「なあ、誰だよ“いざ出陣”って声出したの。新入生、引いてたぞ」
谷口「……俺だ」
一同が静かに笑う。
それは、少し前ならなかった種類の笑いだった。
違和感のない笑顔。
肩を預けられる安心感。
それぞれの魂が、少しずつ馴染んでいく音が聞こえる。
松平監督がベンチ脇から、静かに彼らを見つめていた。
松平「……誠の隊。ようやく、形になってきたな」
次は、練習試合。
彼らが“どこまで通じるか”を、確かめる最初の一歩が待っている。