第十話「薩摩という壁」(後編)
打者一人ひとりの動き、内野のカバー、ベンチの空気――すべてにおいて、薩摩実業は一枚上だった。
六回、均衡が崩れる。薩摩の四番・成瀬大伍が、カイの渾身のストレートをライトへ運ぶ。犠牲フライ。1点が入る。
「……打たれたか」
カイは悔しげにグラブを握り直すが、目は死んでいない。
その後も緊迫の投手戦が続く。
七回裏、瑞鳳の攻撃。先頭の谷口が内野安打で出塁、バントで送って一死二塁。
打席には神谷ハヤト。初球を鋭く引っ叩いた打球がセンターを破る。
谷口が一気に生還――同点!
観客席が揺れるような歓声。
神谷はガッツポーズをしながら二塁へ滑り込む。
ベンチのカイが叫ぶ。
「行けぇえええ神谷ぁあああああ!!」
憑依する沖田総司の気配も、誇らしげだった。
だが――その直後、薩摩実業は即座に反撃に出る。
八回表、二死二塁。カイの投げた外角低めを、薩摩の六番がしぶとく流し打ち。レフト線へのタイムリーヒット。
再び、1対2。
マウンド上でカイは汗をぬぐいながらも、立ち尽くす。
「……これが、決勝の重さか」
土方歳三の声が、かすかに支える。
「まだ終わっていない。ここからが勝負だ」
九回裏。最後の攻撃。
二死一塁。打席には、エース・木下カイ。
薩摩の投手・黒木一誠は、最速のストレートで勝負に来る。
カイの中で土方の声がこだまする。
「振れ、迷うな。生きてる限り、戦え」
初球――ストライク。
二球目――ファウル。
三球目――ボール。
四球目――打った!
高く舞い上がった打球は、ライトの頭上を越え――……と思われたが、ギリギリ、フェンス手前で失速。
ライトがジャンプして――キャッチ。
ゲームセット。
観客が静まり返る。その後、万雷の拍手。
スコアは2対1。
瑞鳳高校、惜敗。
土埃の舞うマウンドに、カイはヘルメットを外して立ち尽くす。
ベンチから青山が走ってくる。
「惜しかったな。でも、ようやった」
憑依していた霊たちは、静かに目を閉じる。それぞれの心に、悔しさと誇りを刻んで。
「……これが今の俺たち。でも、まだ終わっちゃいねぇ」
カイが、負けた瞳で、それでも前を向いた。
涙の先にある、これから本当の“球魂維新”が始まる。