序章『球魂維新開幕』
夕暮れの鴨川は、燃えるような朱に染まっていた。
夏の熱を引きずった風が水面を撫で、空と川の境界を溶かしていく。
修学旅行最終日、観光を終えた男子高校生たちが河原に腰を下ろし、缶ジュースを片手に、ぽつりぽつりと言葉を交わし始める。湿った制服の裾が風に揺れ、遠ざかる蝉の声が季節の終わりを告げていた。
「……1年はゼロ。3年はもう引退。残ったのは、俺たち2年の9人だけ」
「他校に勝てる実力もないし、練習設備だってボロボロ」
「来年新入部員が入ってこなかったら、俺たちで野球部は終わりだな」
「今のうちの部に入りたいヤツなんて、いないだろ……はは」
「来年の夏の大会で負けたら、俺たちの野球は、全部なかったことになるのか」
缶を放る音が、乾いた音を立てて河原に響いた。
「お前ら……本当にこれで終わらせる気かよ?」
「来たな。熱血のカイが始まったぞ」
「勝てるか勝てないかなんて、やってみなきゃわかんねぇだろ!
勝敗なんて、もう考えてねぇ。ただ——命ある限り、戦う!」
その瞬間だった。
鴨川の空気が震え、淡い青白い光が全体を包み込んだ。
風が逆巻き、空間が歪む。世界が、別の“何か”と繋がろうとしていた。
霞んだ風の奥に、見えたのは——
武士たち。
羽織に“誠”の文字を背負い、凛と立つ剣士の群像。
確かに、それは幕末を生きた者たちの姿だった。
「……令和の時代にも、面白ぇ奴がいるもんだな」
低く響く声が空間を震わせ、ひとつの光の玉がカイの胸に吸い込まれていく。
「“命ある限り戦う”、か。良いセリフじゃないか、土方さん」
豪快な声が応え、ケイジの身体に吸い込まれる。
「野球ってのは知らないけど……暇つぶしには、ちょうどいいかもね」
少年のような笑顔を浮かべた男が呟き、ハヤトに宿る。
「お前ら、もう一暴れしてやろうじゃねぇか!」
ひときわ大きな光の渦がシンジに飛び込んでいく。
続くように、光の玉が残る6人の胸へと吸い込まれていった。
次の瞬間——
何事もなかったかのように、鴨川の静寂が戻っていた。
「……な、なぁ。今の……なんだよ?」
カイが息を荒げ、胸を押さえる。
「……これ……もしかして、全員、憑りつかれてねぇか?」
戸惑いながらも、カイが呟く。
「なんか……身体の奥が熱い。いや、暴れてる感じ……」
シンジが顔をしかめる。
「……夢じゃねぇな、これ」
ケイジが驚きの表情のまま、自分の胸をまさぐる。
カイはゆっくりと立ち上がると、沈みかけた陽の向こうを睨んだ。
「終わらせねぇ……絶対に」
静かな決意が、胸の奥で燃え上がる。
「俺たちの野球は、ここから始まるんだ——!」
――幕末から届いた剣士の魂が、令和の球児に宿るとき、
高校野球は、新たな“維新”を迎える。
『球魂維新』ここに開幕!!