引きこもりと呪いのビデオ
朝方までゲームをやって、ペッドに潜り込んだ直後、知人のユウキがやってきた。
「ミナ、起きてます?」
元々、私が玄関の鍵をかける習慣が無いのを承知して、ずかずかと裏室にまで上がり込んできやがった。
「……寝てるよ」
毛布を頭まですっぽり被って、縮こまり、土饅頭みたいになってる私に、ユウキは呆れたような声をかけてくる。
「また明け方までゲームですか……相変わらず不健康な生活ですねー」
「うるせー、私にはこっちの方が正しいライフサイクルなの! いいから出てけよ、私はこれから寝るんだよ」
遮光カーテンで締め切って、入眠態勢をとっているときに、こいつの相手はしたくない。
だが、ユウキの次の一言で、跳ね起きる羽目になった。
「……うーん、部屋ン中、若干匂いません? しいて言えば、犬小屋的な……」
「匂わねー! めっちゃフローラルだっつーの!」
がばっと毛布を吹き飛ばして、ユウキに食って掛かる。
くそっ、乙女になんて暴言!この私が、匂うわけねーし!
……あとで、念のためファブっておこう……
怒り心頭の私の前に、ユウキは何やら荷物を広げた。
それは、若干懐かしさを覚えるアイテム、VHSのビデオデッキと一本のVHSテープだった。
「……なんぞ、これ?」
ユウキは若干ドヤ顔で胸を張る。
「よくぞ聞いてくれました。これこそが、呪いのビデオテーブ……見た者を殺める呪物ですね」
「何故そんなもの持ち込んだ!?」
「これは30年以上前に流行した呪物で、とある繊能力者が死の間際に残した呪詛が込められているそうです」
私の苦情を受け付けず、ユウキは盛々として説明を続ける。
「テープに残された映像を視聴した者は、視覚から脳に時限性の呪詛が浸透し、1週間後には突発性心不全を引き起こします。死を回避する方法は、自分以外の誰か二人にこの映像を見せればいいという、古式ゆかしいチェーンメール型伝播呪術ですね」
げんなりして、相当ひどい顔している私に、ユウキは莞爾と微笑む。
「……というわけで、ミナに、この呪いを解いていただきたくて」
祓い屋、拝み屋、退魔師……呼び方は色々あるが、ユウキはそういう生業をしている。
おそらくは舞い込んできた厄介な仕事を、こちらに押し付けにきたのだろう。
私は憮然として言い放つ。
「焼いてしまえよそんなもん」
「いやあ、あくまでテープは依り代なんですよ。呪詛自体はあくまでミームなので、依り代を破壊しても消えません。むしろ今の依り代を失って、新たな依り代に憑かれたら面倒です。動画サイトやSNS にでも上がったら、ちょっとしたジェノサイドですよ? それに、VHSテープも機能限界のようなので、今のうちにきっちり祓っておきたいんです」
「だからってなんだ私が……」
「まあまあ、礼金ははずみますよ。あたらしいグラボ欲しいって、このあいだ言ってましたよね、ミナ?」
「……」
「あと、『ひょっとしたら」があるかもしれませんし?」
「……ちっ」
結局、私はユウキの頼みを引き受けることにした。
ユウキが帰った後、ひと眠りする。
そしてとっぷりと夜が暮れた頃合いに再び起きて、四苦八苦しながらビデオデッキをモニターに繋げると、テープを流した。
もはやテープは見えなくなっているのではと思ったが、幸い(?)、映像は流れた。
砂嵐のような、万華鏡のような奇妙で気持ち悪い映像が続き、最後の最後に長い前髪を垂らした女が、すだれ髪ごしにこちらを睨みつける様子が映って、終わった。
「はあ……気持ち悪っ」
視聴後、ビデオデッキを片付けて部屋の隅に追いやると、私はそそくさとゲームを立ち上げた。
それからしばらく、何事もない日々が続いた。
だがある夜、ぼけーっとゲームをしていたら、いきなりモニターに例の女が映った。
(ああ、もう一週間たったのか)
ぼんやりそう思った瞬間、画面からぬるりと突き出た女の手が顔に触れた。
冷たい、死斑の浮いた手が触れる不快感。
同時に発動した呪いが、眼神経を通じて脳に作用し、心不全を引き起こす。
だが……
「……はは。使えねー」
私が鼻で笑うと、モニターの中の女がびくりとえたような気配を見せた。
確かに、呪いで心臓が止まれば人は死ぬ。
でも、既に死んでいる人間相手では、どうなる?
「残念だったな、こっちの心臓は、130年ばかり前に停止してるんだよ」
私は、吸血鬼だ。
リビングデッド、イモータル、ウピール、ヴコドラク……呼び名は数多あるが、生者ではない。
ルーマニアでの『伯爵』によって吸血鬼に転化させられたあの夜に、私の人としての生は、終了している。
私は、牙を剥いて女をあざ笑ってやった。
モニターの中、ざりざりとノイズが走って歪んだ女は、苦悶するように身をよじる。
見た者を心不全で殺す呪い。では、見た者が既に死んでいて殺せない場合は?
一定のルールによって発動する式が呪いで、そのルールが適切に作用しないのであれば、呪いは無効化される。
モニターの中の女が身をよじり、ねじ曲がり、そして不意に消滅した。
ばちり、とモニターにゲーム画面が復帰する。
部屋の隅に置かれたビデオデッキの電源を入れ、件のテープを再生すると、もはやノイズしか映っていなかった。
どうやら、呪いは完全に消えたらしい。
翌日、テープとデッキを回収にきたユウキに、ことの顛末を教えた。
「ありがとうございます、謝礼はいつもの口座に振り込んでおきますね」
「……次は、不死者を殺せるくらいのやつを持ってこい」
私の言葉に、ユウキは嘘っぽいニコニコ顔したままで何も答えず、去っていった。
今回も、私の不死者としての生は終わらなかった。
これから先も、長い無聊の日々が続くのだろうか。
その慰みになればと、私は再びゲームを立ち上げた。