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エンドロールから始まる異世界転生  作者: 明石
第一章 嫌われ者の少年と帽子の少女
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第五話 家族


 おばさんに言われた通り、服を着替えに自分の部屋へと行くことにした。

 いや、その前に体に付いた泥とかを落とすべきだ、そのまま部屋に入ったらまた部屋を掃除する羽目になってしまう。

 汲んである水にタオルを浸し、絞って泥の付いた体を拭く。

 「いてて、」

 切り傷に触ってしまうと痛い。うまく避けながら泥や汚れを落とす。服も脱いで下着一枚になる。服の汚れはきつく擦らないと取れないだろう。めんどくさいので後に回すことにした。

 新しい服に着替え、一度自分の部屋に戻る。



ーーーーーーー



 ドアを開けるとそこは自分の部屋のはずだが、全く別の知らない部屋が広がっていた。

 開ける部屋を間違ったのだろうか。いや、うちにはこんな部屋はない。寝ぼけているのだろうか。


 あっけにとられながらも中に入る。中は少し古い感じの木造の部屋で、部屋の中央にはこじんまりとした丸テーブルとテーブルを挟んで二つの背もたれのない椅子が置かれていた。


 僕が完全に部屋の中に入るとドアはひとりでにいかにもたてつけが悪いかのような音を立てて閉まった。ドアノブを捻ったわけではないが、なぜかそのドアを今は開けられないような気がした。


 急に閉まったドアは気になるものの、部屋の中に置いてあるものが気になり、壁に沿って歩き回る。

 自分より高い本棚には色々な本が納められている。

どの本の背表紙も知らない言語で書かれているため読み取れないが。


 壁には何枚かの絵が掛けられている。いずれも生活の一部分を切り取って描かれたものようだ。市街の店で買い物をする人々、雨の中荷物を運ぶ老人などがあり、そのどれもが輪郭から顔の表情、しわにいたるまで細かく描かれていた。


 部屋の中を回っていると飾り棚の上に掛けられている絵に目が留まった。周りの絵とサイズも使っている色も変わらない、むしろ少し地味なくらいだが、その絵が視界に入ってから僕はその絵から目が離せなくなった。


 風でたなびく収穫目前となった麦畑。晴天の中、そこで遊ぶ男の子と女の子の二人が描かれていた。特に珍しい風景だったり、奇抜な色合いだったりは決してないが、その絵だけ他のものとは違い、まるで動き出しそうでとても眩しく見えた。


 どれくらい絵を見ていただろうか。


 「君もその絵に魅かれるのか。その絵はジブンの一番のお気に入りだよ。」


 背後から声がする。後ろを振り返ると、いつの間にか誰も座ってなかった椅子に人が座っていた。ローブのような見たこともない服を着て、丸テーブルに肘をついて僕を見ている。


 「その絵はね、実在の人物を描いているんだよ。ここみたいな、町から少し離れたどこにでもある村でね。偶然訪れた時に二人に出会ったんだ。」


 相手は僕のことなんてお構いなしに話し続ける。何も僕に聞かないあたり、どうやら僕のことを知っているようだ。


 「...あなたは誰でここはどこなんですか?僕の部屋だったはずですが。」

 

 「ああ、そうか。君は記憶がないんだっけ?ま、いいや。とりあえずそんなとこに立ってないで座りなよ。」


 いわれるがままに座る。


 「なにか飲むかい?」


 後ろにあったポットから空のコップになにか飲み物を注ぎながら聞かれる。


 「大丈夫です。」


 「ああ、そう。」

 

 僕の目の前の椅子に座ってさっき淹れたコップを机に置く。


 「とりあえず、なにも覚えていない君と話していても面白くないし一旦返そうかな。」


 そう言って目の前に座る人物は、ぱちんと指を鳴らした。

 途端に、その指先からなにか光のようなものが飛び出しておでこからすり抜けるように僕の中に入っていた。

 途端に見たこともないような景色や記憶が一瞬で脳内を駆け巡った。驚いて瞬きをしたが、次に目を開けた時には、もうそれが自分の記憶だと結びついていた。


 「あ、俺の記憶か。」


 「全部思い出したかい?」


 「いつぞやの天使さんか。なんか見覚えがあるような気がしたけど、そういうことか。」


 「ご名答、久しぶりだね。8、9年くらいかな。」


 天使は嬉しそうな顔でこちらをみながら答える。


 「それでどうだい?こちらの暮らしは。今日はそれが聞きたくてここに来たんだ。」


 「まあ、真面目に生きてるよ。家族もいるしこっちの自分は楽しんでると思う。」


 「今日、あんなことがあっても楽しく生きてるって言えるかい?」


 喧嘩や村の人に避けられたりと嫌なことも確かにあった。でも今までにあったことはそれだけじゃない。おばさんたちと暮らし、エメットと遊んだ日々。それらは間違いなく自分にとっていい思い出だ。だから、


 「...嫌な思いもしたけどそれだけじゃなかったから。」


 考えて言葉にしながら俺は、以前の自分ならそうは思わなかっただろうと気づく。悪い部分しか目を向けずに自分の境遇に嘆いていた。関係を良くしようと自ら歩み寄ってきてくれた人達をどうせすぐ離れることになるからと親しくしなかった。


 「それは良かったよ。でも『楽しんでると思う』ってなんでそんなに他人事なんだい?こっちの自分も君自身だろ?」


 天使は少し嬉しそうに頷いた後、俺に訊ねた。


 「なんか記憶が戻った今、こっちの自分と前の俺とは違うような気がして。ほら、こっちで生きてる自分は何も覚えてない普通の赤ん坊から始まりましたよね。だから成長の過程も違うから性格も考え方も違うしなんか自分っていう実感がわかないんです。」


 それは記憶が戻って気づいたもう一つのことだった。もちろん、二度目の人生を歩んでいるのは自分であるという記憶もあるし理解しているつもりだ。

 けれどもこっちにきてからの性格が行動が死ぬ前の自分では考えられないものばかりで、こっちで生きている自分がどうしても俺自身だと思えなかったのだ。

 

 「なかなかに深い話だね。自分であって自分じゃない…か。」


 天使は頬をついてなにかを考えるような仕草をとった。

 最初は考えている振りだけかと思っていたが、天使は次第にそのまま黙っていると自分がここにいることも忘れてしまいそうなほど深く考え始めた。

 このまま放っておかれるのも困るので話を戻す。

 「で、天使さんは俺になんの話ですか。まさか今の調子だけ聞きに来たんじゃないですよね?」


 「ああ、ごめんごめん。面白い話だったから考えこんじゃったよ。...で話に来た理由だっけ、ただ話たかったから来ただけだよ。」


 さっきカップに入れた紅茶を飲みながら天使は答える。


 「...ほんとにそれだけなんですか?俺の部屋を別の部屋に変えるほどのおおがかりな仕掛け?をしてるのに。」


 「ほんとにそれだけだよ。別に部屋を変えるのもそこまで大変じゃないしね。ドアの入り口の先を変えただけさ。」


 そんな人知を超えたことができるなんてやはり目の前に座っているのは天使なんだなと改めて実感する。


 「で、ここはジブンのお気に入りの部屋というわけさ。前の君の記憶にある映画館も良かったけどなんせ広すぎるからね。せっかくだから邪魔の入らないここで話すことにしたのさ。」


 「なるほど。大体はわかりました。でも急に部屋を変えるのはちょっと、、」


 天使が人知を超えた存在だと二度も身をもって実感した今、あまり強くは言い出せず、やんわりとやめてほしいと頼む。怒らせたら俺なんてすぐ消されるだろう。今思えば、最初に会った時にかなり失礼な態度をとっている。根に持たれてなきゃいいが。


 「わかったよ、次から考えるよ。それよりもっとここでの話を聞かせてよ。」


 天使は明らかに次もするだろうなという顔で俺に話すように促す。


 「わかりました、じゃあ物心ついた時からの話をしますね。最初は、」


 「ちょっと待って、」


 俺は覚えているところから話そうとしたが天使がそれを止める。


 「なんですか?」


 「さっきから話し方が固いよ。前みたいには話してくれないのかい?」


「自分より上の存在って知った今、ため口はどうなのかなと思いまして、」


 「...そんなこと気にしないでも、もっと気軽に話してくれていいのにさ。大体天使さんって呼び方もあんまり好きじゃないし。」

 

 じゃあなんて呼べばいいんだよ、名前すら教えてもらってないのにと内心毒づく。


 「わかりました、じゃあなるべく普通に話すようにするよ、それでなんて呼べばいいんですか?名前聞いてないし。」


 「うーん、そうだなあ。...フェネックじゃそのままだしな。...じゃあネックって呼んでよ。天使さんなんて固い呼び方せずにさ。」


 天使さん、いやネックは少し考えた後にそう言った。とりあえず、ネックが狐のフェネックからきてることは話しぶりからわかった。それがなんでかはわからないが。


 それから俺はネックに今までのこっちの自分、ダニエルとしての生活について話した。ネックは意外にも楽しそうに話を聞いてくれて(時々大げさすぎるようなリアクションを取ったり)なぜか話している自分も誇らしいというか嬉しい気持ちになった。


 「へえ、こっちではそんな感じで暮らしてるのか。面白いことを聞いたよ。こっちではちゃんとした家族も出来たんだね。」


 「血のつながりがないのに自分に良くしてくれるいい人たちです。」


 「よかったよ、普通に暮らしていて。二度目の人生とはいえ、ほとんどこっちの都合で色々としちゃったから若干後ろめたかったんだ。」


 そう話すネックは、人知を超えた天使ではなく普通の人間となんら変わらないように見えた。


 「さ、色々話せたしもういいや。帰るね。」


  ネックはそう言うと、精一杯背伸びをして立ち上がった。

  あまりにもあっけない終わりに驚いて一瞬固まる。


 「帰るって...俺はこれから、どうすれば。」


 「どうって、そのままこの世界で生きていくんだよ。」


 「なんかアドバイスとか、ないんですか。こうすればうまくいくみたいな。」


  ネックは、はぁと大きくため息をついて俺をまっすぐ見て


 「あのさあ、前も言ったと思うけど本来人間に限らずほとんどの生き物は一回切りの人生なんだよ。それなのに二回目の人生を送れているのにさらにアドバイスが欲しいだなんてありえないよね。」


 と言った。前にも味わったことのある何もかもを見透かしたような目だ。


 「君が思うように生きればいいんだよ。今までもそうしてきたんじゃないか。」


  そう言って俺の肩を軽く叩く。

 確かにそうだ。これまでもそのように生きてきた。そもそも自分がどんな生き方をしてたかなんて死んでからしか考えたことがない。今を生きるのに必死で。


 「そもそも、前とおんなじでここで話したこととか記憶は全部忘れるんだから聞いても変わらないよ。」


 なら今の間だけ教えてくれてもいいんじゃないかと思ったが、言わないでおく。


 「そういえば君の部屋じゃないんだったね、わかった、入り口のドアを戻しておくからそこから出れば元通りになるよ。」


 ネックは思い出したかのように、指を鳴らしていった。


 「じゃあ、これからも自分らしく生きてみることにするよ。」


 「うん、頑張りなよ。」


 そういってネックは俺に軽く手を振った。



ーーーーーーー



 「ダニエル、何してるの?早く来なさい。」


 おばさんの呼ぶ声にふと我に返る。いったい何をしていたのか僕は気が付くと自分の部屋の前で立ち尽くしていた。

 「はーい、今行きます。」

 なにかあったような気もする。そもそもなんで自分の部屋に来てたんだっけ。

 あまり考えていてもまたおばさんに呼ばれるだけなのでとりあえず、夕食に向かうことにした。


 夕食はいつもと変わらない美味しい料理、普段通りの席、そして普通に接してくれるおじさんとおばさん。変に気を遣われたり、ギスギスした空気で過ごすよりも、前と変わらないように過ごせているのがたまらなく嬉しかった。


 食事も一段落したころ、おばさんが少し声を落として話始めた。


 「あのね、ダニエル話しておきたいことがあるの。」


 その様子に真面目な話だと思い、姿勢を直した。


 「はい、ソニアおばさん。」


 「あのね、あなたをあまり外に出したくなかったのは理由があるの。」


 おばさんは隣に座っているおじさんを少し見た後、ふぅと息を吐いて覚悟を決めたように僕の方を向いた。


 「それはもちろんあなたがさっき言ったような理由ではないし、あなたが悪いから、原因だからってわけじゃないの。今日、あなたの口から村に行ったと聞いた時、あなたはそこで何があったか教えてくれなかったけど、私たちはだいたい想像がついたわ。そして後悔した、ちゃんと話ときゃよかったって。」


 おばさんたちは僕が村で避けられたりしたことをわかっていたのか。


 「アルバートから聞いたと思うけど、あなたはある日、私たちの家の前に置き去りにされていた。その日にちょうど村には武器を持った数人が女を探してるって言って少し暴れて村をめちゃくちゃにしたの。他にもあなたが来た年の作物が大雨であまり収穫できなかったり、獣が村に入ってくる回数が増えたりね。だから...村の人たちはあなたのことを村に不幸を連れてくる子って言って嫌ってるの。」


 なんで、そんなことで。なにもしてないのに。僕に原因がないのに嫌われていることに怒りを覚えたし、それ以上にどうしようもない無力感と悲しさがあった。


 「私たちもなんとか説得しようとしたんだけど、どうしようもなくてね。だから、あなたが村の人に会って傷つかないようにってあまり外に出したくなかったの。」


 理由がわかって少し安心した。やっぱり二人は嫌っていたのではなく、自分が傷つかないようにしてくれていた。ちょっと考えれば、わかったかもしれないことなのに、あの時の自分はいつも通りじゃなかったんだなと改めて思う。


 「だから、あなたに同じ年くらいの友達ができたって聞いた時、驚いたわ。いや、友達ができないって思ってたわけじゃないのよ。ただ、村の人もあんなだから友達を作って遊ぶのは難しいかなって。だからその話を聞いて嬉しかった。やっとあなたが子どもらしく過ごせるって。」


 「もう、むこうは友達と思っているかわからないけど...」


 思い出して呟く。


 「また、会えば自然と仲直りできるさ。子どもってのは気づいたら一緒に遊んでて喧嘩したことも忘れてるもんだよ。」


 おじさんが僕を励ますように言う。


 「そうならいいんだけど、」


 「少し、話が逸れたわね。今まで同じくらいの年の子と遊ばせることはおろか、外にも出さなかったから..ダニエルは賢いからちゃんと説明すればよかったのに、それを隠して、知らないで村に行って傷ついたでしょ。ごめんなさい。」


 おばさんはそう言って僕に謝った。


 「僕の方こそ、おじさんとおばさんが僕のことを大事に思ってくれているのがわかっていたのに傷つくようなことをいってごめんなさい。」

 

 改めておばさんたちに謝る。僕が言ってしまったことは取り消せない。だから、ちゃんと言葉にして謝らないといけない。そう思ったからだった。


 「もう、あなたにあまり外に行かないように止めるのは辞めるわ。そうやってきて今日のようなことになったし。もちろん、森の奥の方に行くのは危ないから駄目よ。でも、私たち、いや私はあなたにあまり村の方には行ってほしくない。例えそこに友達がいるとしても。あなたが今日のように傷つくのはもう耐えられないの。」


 そうおばさんは僕を見て言った。その目や表情から悲痛な思いが伝わってくる。自分以上に。


 「俺もソニアと同じでお前が傷つくのは見たくないし、できれば何事もなく過ごしてほしい。...でも」


 おじさんはそこで言葉を切った。そして


 「お前が、自分の意思で村に行くというのならば、それを無理やり止めようとは考えてない。前と違ってな。」


 と言った。おばさんは何か言いたそうにおじさんの方を見ていたが、結局何も言わなかった。


 「これまではお前を縛って、自分のしたいようにさせてやれなかったからな。ダニエル、お前は賢いからもう自分で判断できるだろう。何が大事で自分がどうしたいのか。ちゃんと考えての判断なら俺は止めない。なんせ我が家自慢の子なんだからな、その判断を信じるよ」


 おじさんの言葉に胸が熱くなる。こんなにも自分を認めてくれていたのかと、普段のおじさんなら言わない言葉を聞けてとても嬉しかった。


 「もちろん、村に限らずなにかあったりしたらすぐ頼ってくれていい。ダニエル、お前は俺とソニアの子どもなんだから。どれだけ賢いといっても、まだ弓が下手な子どもなんだからな。」


 「...弓が下手なのは、おじさんが教えるのが下手だからですよ。」


 「それは否定できないわね。」


 「ソニアまで、そこまで言わなくてもいいだろ。」


 小さな笑いが起き、場が少し温まる。少しして僕は意を決して口を開く。


 「おばさんの気持ちもおじさんの気持ちもわかりました。僕のことを考えてくれてて、その、嬉しいです。」


 思っていたことを言葉にすると少し照れくさい。


 「僕はまだ、自分がどうしたいのかわからないです。今日の村でのことを全部飲み込めたわけじゃないですし。...でも、今日のように二人に何も言わずに行くことはこれから絶対にしません。僕だけじゃなく、二人にもつらい思いをさせることがわかったから。」


 おじさんとおばさんは僕の話を最後までこっちを向いて聞いてくれた。そして


 「わかった。」


 と頷いてくれた。やっと胸につっかかっていた重たいものが取れた気がした。


 「そういえば、ダニエル。あなたに渡そうと思っていたものがあるの。」


 おばさんがそういって席を立った。渡したいものってなんだろうか。しばらくするとおばさんは一枚の布をもって戻ってきた。一目でみてわかるぐらいボロボロだ。ところどころ別の色の糸で縫ってあり穴が開いていたことがわかる。


 「これは?」


 「あなたに渡そうと思っていた物なの。ボロボロで上手く直せたとは言えないけど、あなたがこの家に来た時に、包んでいたタオルケットよ。あなたの、本当のお母さんの物だと思う。」


 「え、そうなん、ですか。」


 なぜか上手く話せない。そんな物が残っていたのか。嬉しいのか悲しいのかもうよくわからない。

 おそるおそるタオルに触れて受け取る。感触は普通の物と変わらない、少し使い古していて柔らかいタオル。でもやっぱり懐かしい感じがした。


 「ごめんね、もっと上手く直せればよかったんだけど。私あまり裁縫が得意じゃないから。あなたのお母さんの唯一の物なのに...」


 「いえ、直してくれただけでも嬉しいです。おばさん、ありがとうございます。」


 「喜んでくれてよかったわ。」


 おばさんはほっとしたような表情になる。


 「長く話し込んでしまったな。もうこんな時間だ。ダニエル、そろそろ寝なさい。」


 おじさんが寝るように促す。おじさんに寝るように言われてから急に疲れと眠気が出てきた。


 「わかりました。僕も疲れたので寝ることにします。おじさん、おばさん、おやみなさい。」


 「おやすみ。」


 二人はそう言って僕の頭を撫でた。



ーーーーーーー




 自分の部屋に戻ってベッドに寝転がる。さっきまで眠気と疲れがあったはずなのにすぐには眠れそうにない。目が冴えている。

 さっきおばさんからもらったタオルケットを手で広げてみる。自分が赤ん坊の時に使っていた物なので当然ながら今の自分には少し小さい。少し前までは自分の親のことなんて考えたことがなかった。無意識に避けていたのかもしれない。


 「母さん...」


 そう呟いてみる。自分には馴染みのない言葉。口に出したことも数少ない。

 広げていたタオルをぎゅっとする。タオルは少し温かった。

 今日、一生分流したと思った涙が頬を伝う。


 「お母さん...」


 再び呟く。前よりも馴染み深いように感じた。タオルを抱きしめながら僕は静かに泣いてそのまま眠りに落ちた。

 

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