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エンドロールから始まる異世界転生  作者: 明石
第一章 嫌われ者の少年と帽子の少女
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第二話 帽子のあの子


 水を汲みに行ったあの日から少し経った。相変わらず僕は変わらない生活を送っていた。

 庭の手入れをしたり、おじさんに弓を教わったり、おばさんの料理の手伝いをしたりして過ごしているうちに季節が変わった。


 「あつい、」


 ある日の朝方、あまりの寝苦しさに僕はいつもより早く目を覚ました。しっかり寝たはずなのになぜか体がだるい。しかも嫌な夢を見た気がする。

 キッチンの方からおばさんが朝食を作る音が聞こえる。眠い目をこすりながら、あらかじめ汲んできた水を使って顔を洗う。その水の冷たさで目が一瞬にして冴える。


 食卓には、すでにおじさんが起きていて朝食を食べていた。


 「おはようダニー、やけに早いじゃないか。」


 「暑くて目が覚めました、おじさんも早いですね。なにか予定があるんですか?」


 「あぁ、ちょっと町の方に用があってな。夜までには帰ってくるから、いつも通り俺の代わりにおばさんの手伝い頼むぞ。」


 「わかりました。気を付けて行ってきてください。」

 町に行ってみたい気持ちもあったがどうせそれを言っても断られるだけだ。それに朝から嫌な気分になりたくない。そう思って口にはしない。


 「ダニーも早く食べてしまいなさい、できてるわよ。」


 キッチンから出てきたおばさんが僕の分の朝食を持ってきてテーブルに置く。

 僕も言われた通り、朝食を食べることにした。



ーーーーーーー


 朝食を食べ、おじさんを見送った後、おばさんに頼まれた洗濯物を干す。


 「今日は晴れてるから、すぐ乾くわね。」


 おばさんの言う通り、太陽は既に出ていて外に出ただけで刺すような光が僕を出迎え、その眩しさに思わず手で光を遮る。

 慣れた手つきで洗濯物を干していく。外に出てたった数分しか経っていないが、額には大粒の汗が出ていた。

 洗濯物を干しているとおばさんが庭に出てきた。手には杖が握られている。


 「水よ、その偉大なる恵みを我らにも分け与えたまえ。」


 そういうと杖の先、正確に言うと先から少し離れた空間から水が出始めた。

 おばさんは杖の向きを変えながら、庭の植物に水をやり始めた。

 魔法というのはイメージが大切らしく、それをより具体的にするために言葉を唱えるらしい。前にこっそりおばさんの杖を使ってやってみたが水が出る気配すらなかった。


 魔法で水が出せるならわざわざ小川に水を汲みに行く必要ないと思っていたので、おばさんに水汲みを頼まれた時、聞いてみたことがあった。


 「おばさん魔法で水が出せますよね、それだったら魔法で出した方が早くないですか?」


 「なんでもかんでもできるってわけじゃないのよ、魔法は、」


 おばさんが言うには、魔法というのは体内の魔力というものを杖で変換して出しているらしい。魔力は体力と同じようなもので使ったら減るし限界もある。魔法も無限に出せるものではないということだ。


 「僕にも魔法教えてください。」


 そう頼むとおばさんは僕の髪をそっと撫で


 「大きくなったらね。」


 と言ってほほ笑んだのを覚えている。


 あれから一年は過ぎたが、おばさんはまだ僕に魔法を教えてくれない。また頼んでみるか。水をやるおばさんをみながら思った。


 洗濯物を干し、部屋の掃除を終えると昼になっていた。

 昼ご飯を作るのを手伝って二人で食べる。おじさんは今頃、町に着いただろうか。

 食器を洗って片づけるとやることがなくなってしまった。おばさんも一旦はやることがなくなったのかキッチンの椅子に座ってうとうとしている。

 部屋で過ごそうと思っていたが、家の中は蒸し暑い。小川にでも行って涼みにいこうか。


 「おばさん、ちょっと小川まで行ってきます、」


 「....小川の向こうには行かないでちょうだいね....気を付けてね...」


 おばさんは眠そうな声で言い、僕に向かって軽く手を振った。


 小川までの道をなるべく影に入るようにして歩く。空には雲が出ており、時折太陽を隠したりしていた。たまに吹く弱い風が木々や植物を揺らす。


 「やっぱり着替えを持ってきた方が良かったかな。」


 せっかく川に行くなら泳いだりするために替えの服を持ってくるべきだったのかなと考える。まあいいか、服が濡れても帰って着替えればいいし、おばさんは怒るかもしれないけれど。


 小川に着く。さっそくそばで靴下と靴を脱ぎ、川に入る。深さはひざぐらいであり、今日は短パンを履いてきたのでズボンが濡れる心配はない。

 奥の方に行かない限りはこれ以上深くならないだろうし心配はないだろう。やっぱり小川の水は冷たい。足裏の石のゴツゴツとした感覚が痛いはずなのに何故かちょうどいいくらい気持ちがいい。


 下を向いた時にちょうど僕の足の間を小さな魚が通り過ぎる。掴もうとして手を川に突っ込むが寸でのところで逃げられてしまう。

 

 僕は魚を追って小川を下った。

 水の中を歩くというのは案外疲れるものだ。普段歩くよりも何倍も疲れる。

 疲れて立ち止まった僕を馬鹿にするかのように川を泳ぐ魚は後ろから僕のそばに近づき、悠然と先に泳ぎ去っていく。


 魚を見て僕は羨ましいと思う。水の中を自由に泳ぎ、どこへでも好きなところにいける。それに比べて僕は決められた場所で生活している。

 もちろんおじさんとおばさんのことは嫌いじゃない。でもいろんな所に行ってみたい。見てみたい。その気持ちは以前からずっとある。


 小川の橋を渡ろうとしたことはあったが、あれから橋に近づくことすらしていない。駄目だとわかっていてもふとしたことで渡ってしまいそうで、怖くて近づけない。


 背後で音がして振り返ると、川で泳いでいる魚を狙って鳥がくちばしを突っ込んでいた。一瞬の後、鳥はくちばしに小魚をくわえて飛び立っていった。

 魚は水の中以外では生きていくことはできない。そういうところは僕と少し似ているのかもしれない。


 足元を泳ぐ魚に狙いを定める。さっきの鳥のように、素早く一瞬で。水面ギリギリまで手を近づける。

 「いまだ!」

 捕まえようと川に突っ込んだ手は魚をすり抜け水を掴んだ。勢いよく手を伸ばしたため反動でバランスを崩す。なんとか体勢を保とうとするが、足場の不安定さと足が半分水の中ということもあり難しい。。やがて完全にバランスを崩し頭から水の中に突っ込んだ。


 汗をかいていた全身が急激に冷やされていくのを感じる。

 つぶっていた目を恐る恐る開く。視界が少しぼやけているが、川の中の景色が見えた。大小さまざまな石、水草、ただの川の景色だったが、きれいだと思った。


 息が続かず、顔を上げる。いつのまにか僕は橋の方まで歩いてきていたらしい。目の前には橋があった。

 ぼやけた目で橋を見るとそこに人が立っているのがわかった。顔の水を手で払い、よく見てみる。          

 どこかで会ったことがあるような気がしていたが、この前川に流されたバケツを拾ってくれた人だということに気づく。


 「あ、あの時の。」


 大きすぎる帽子に、この季節に暑くないのか手首までの長袖、長ズボンとあの時と同じような服を着ている。


 「....。」


 その子は橋の上にたったまま何も喋らない。僕のことを覚えていないのかもしれない。


 「ほら、あの時、バケツをそこで渡してくれた、、」


 いつ会ったかを説明する。なんか変な感じだ。その子はわかったのかどうかよく分からない顔をしていた。

 僕は小川から上がって濡れて重くなった服の端を絞る。靴を置いている場所から離れたところに来てしまったので裸足で歩く。

 変わらず橋の上で立ちすくんでいるその子の前まで行き、僕は挨拶をした。


 「僕はダニエル、川の向こうの家にソニアおばさんとアルバートおじさんと暮らしてるんだ。あ、でもおばさんたちはホントの家族というわけじゃなくて....あ、ごめん。話しすぎだよね」


 おじさんたち以外でしかも同い年くらいの人と話したのは初めてだったので思わず聞かれてないことまで話してしまう。

 その子は少し戸惑ったような表情を見せた。やっぱり困らせてしまったな。その子が何か話すのを待つ。


 「.....。」


 しばらくの沈黙が続いた後、その子は小さな声で


 「エメット、それがボクの名前」


 と少し恥ずかしそうに答えた。

 それが僕が彼女と話した最初の会話だった。



ーーーーーーー



 僕とエメットは二人で橋べりに座っていた。何をするでもなく、二人で並んで川を眺めていた。空には大きな雲がかかり、日を隠していた。


 この気まずい空気に耐えられず、僕は自分から話を始めた。


 「こないだは言いそびれたけど、バケツひろってくれてありがとう。」


 「うん…」


 「流されて失くしてたりしたら、おばさんに怒られただろうからほんと助かったよ。あ、結局あの時は帰るのが遅くなっちゃって少し怒られたんだけどね。」


 「…そうなんだ。」


 彼女は僕の話に短く返す。


 「そういえば、前は橋の向こうに走って行ったよね。君は村に住んでるの?」


 途端にさっきまで何かを話すたびに返してくれていたエメットが黙り込んだ。あんまり自分のことを話したくないのかもしれない。


 「ごめん、余計なこと聞いちゃったね。」


 慌てて謝る。


 「……うん。気にしないで。」


 また沈黙の時間が流れた。今度は喋るようなこともせず、座っているだけだった。

 どれくらい時間がたっただろうか。やがて日が傾き、夕方になった。日を覆っていた雲はいつのまにか流れ、夕日が出ていた。そろそろ帰らないと。


 「遅くなるとおばさんが心配するからそろそろ帰るね。」


 そう言うとエメットは小さく頷いた。うなずく前に少しだけ寂しそうな表情が見えたのは気のせいだろうか。

 こうして僕らは橋の上で別れた。


 別れ際、僕は振り返って橋の向こうへと歩き出す彼女の後ろ姿を見た。夕日によって伸びた影が地面に映っている。何故かその姿は小さく見えた。


 「待って!」


 別れておいてなぜか呼び止めてしまった。エメットは振り返って不思議そうな顔をした。


 「えっと.....、また今日みたいに話しようよ。」


 詰まって出てきた言葉は思っていたものとは違うものだった。違う、本当は、


 「.....。」


 エメットは最初に会った時のような表情で固まった。余計なことを言ってしまったか。


 「....わかった。」


 しばらくの沈黙の後、彼女はうなずいて言った。彼女の表情は心なしか今日話した中で一番和らいでいるように見えた。こうして僕らは橋の上で別れた。

 

 家に帰るとすでにおじさんは帰ってきていた。

 「ダニーお帰り、どうしたんだその服は、ずぶ濡れじゃないか。」


 「暑かったので川で泳いできました。おじさん町はどうでしたか。」

 

 「ああ、いつも通りさ。それより早く着替えてきなさい。もうすぐ夕食だぞ。」


 「わかりました。」


 自分の部屋へ向かう。部屋に向かう途中にキッチンで夕食の準備をしているおばさんにも声をかける。おばさんは忙しそうに、キッチンで動き回っていた。もしかしたら聞こえていないかもしれない。


 部屋に戻り、濡れた服から着替える。今日はいつもよりぐっすり眠れる気がする。

 ベッドに座り、ぼんやりと考えていると


 「ダニー、夕食の時間だぞー。」


 とおじさんが呼ぶ声がした。


 「はーい、」


 そう返事して僕は部屋を出た。



ーーーーーーー



 それから僕とエメットは時々会って話すようになった。

 僕が小川まで行くとたまに彼女が橋にもたれかかって立っている。別に会う約束をしていたわけでもないのに。


 最初、彼女はほとんど話さずに、僕だけが話してそれを聞いていることがほとんどだった。僕が話す内容は日常の話がほとんどでおばさんの料理が美味しい話やおじさんの弓の教え方が下手という話などだ。他愛もない話だったが彼女は時々小さく頷いたり返事をして聞いていた。


 何度か会って話しているうちに彼女はたまに自分の話をしてくれるようになった。

 彼女によると村に母と二人で暮らしているらしい。それから少しして僕らは話すだけじゃなくて一緒に遊んだりするようになった。今度はちゃんと約束するようにして。今まで同い年くらいの子どもと遊ぶことが無かった僕は何をしても新鮮で楽しかった。


 エメットは僕に色々な遊びを教えてくれた。中でも二人でよくするようになったのが、水切りだ。川辺の石を拾って川に投げてどこまで飛ばせるかいつも競っていた。僕らは基本、小川の橋で出会って遊ぶのと、エメットはあまり川に入るのが好きじゃないらしいので自然と水切りをしがちになったのだ。

 意外だったのだが、エメットは石を飛ばすのがとてもうまかった。


 「どうやってそんなに遠くに飛ばせるの?」


 何度目かの遊びの時に僕は彼女に訊ねた。僕の投げた石は大きく弧を描いた後、一、二回ボチャンと音を立てて水しぶきを上げて沈んでいった。


 「…そうだね、ダニエルは一回で石を遠くにいかせようとしてるのがいけないのかも。」


 この頃になると彼女は以前とは違ってよく喋ってくれるようになった。


 「石が跳ねやすいようにこうすると、」


 そうやって彼女は手頃な石を拾い上げて川に向かって投げた。彼女の投げた石は信じられないくらい何度も跳ねた後、吸い込まれるようにして川底へと消えた。何度見てもすごいや。自分が彼女に勝つようになるのはどれだけ先だろうか。一旦諦めて河原に座り込む。

 僕が川の向こう岸に行けないのもあって、遊ぶ場所が限られるため内容が同じものになりつつあり飽き始めていた。


 「ごめんね、僕が村の方に行けないばっかりにわざわざ、、」


 僕が彼女におばさんとの約束のことを話してからエメットは家から遠いのに、僕が村の方へ行けないことを気遣ってくれたのかいつも小川の方まで来てくれた。


 「...いいよ気にしないで。ここに来るの楽しいし。」


 いつもの帽子を被った彼女が答える。

 暑くないのかと聞いたことがあったが、気に入っているからいつも帽子をかぶっているらしい。それを聞いても不思議に思っていたが、本人も話したくなさそうにしていたのでこれ以上聞くことはしなかった。


 「あーあ、僕もおばさんたちから止められていなかったら村まで行けるのになぁ。そしたらもっと楽しいのに。おばさんもちょっと心配しすぎなんだよね。」


 座っているそばに落ちていた石をなんとなく投げながらため息をつく。おばさんの愚痴を話すのはこれで何回目だろうか。

 最近、河原に遊びに行くことが多くなっておばさんは心配しすぎなくらい僕にあれこれ言い聞かせることが多くなった。おばさんが心配しているのは僕がエメットと遊ぶことを言ってないからだろう。

 おばさんやおじさんにはエメットのことをバケツを拾ってもらって以来、何度も会っているのに話していなかった。

 別に悪いことをしているわけではないのに、なぜか二人に彼女のことを話すのをためらった。それはたぶん気恥ずかしさからだと思うけどよくわからない。

 おばさんから心配されるたびに僕は頷いて、いい子に見えるようにしていた。まあ、実際言いつけを破ったことはないからいい子ではあるんだけど。

 

 投げた石はさっきより手前に落ちて情けない音を立てて小さい水しぶきを上げた。


 「.....村に来てもなにもいいことないよ...」


  彼女はもう一度石を投げた後、背を向けながらそう返す。投げるのを失敗したのか彼女の投げた石はさっきより跳ねずに川の真ん中付近で沈んだ。


 「エメットは村に住んでるから見慣れてるかもしれないけど、僕は一回も行ったことないから、何を見ても楽しいだろうな。」


 次に投げる石を探しながら僕は話を続けた。

 

 「村には多分僕と同じ年の子もいるよね多分。そうだ、エメットの知り合いも誘ってみんなで遊ぼうよ、村に行ったらもっといろんな人と会えるだろうし。なんとかおばさんを説得できればなあ。」


 「...ここで遊んでた方が楽しいよ、」


 彼女はいつのまにか石を投げるのをやめていた。


 「そうかな。でも僕は行ってみたいな。」


 「...ダニエルは行ったことがないからそんなことが言えるんだよ...」


 しばらくしてエメットは消え入りそうな声で呟く。明らかに気分を下げてしまったことがわかる様子に困惑した。なにかまずいことを言ってしまっただろうか。


 「ごめん、でも僕はここから先に行ったことがなくてただ見てみたいだけで、、」


 すぐ謝ればいいものの、出てきた言葉は言い訳じみたものだった。

 

 「...ダニエルはいいよね、美味しい食事を作ってくれるおばさんと優しいおじさんがいて楽しく暮らしているのに、何を望むの?いいじゃんこのままでも。ボクは羨ましいよ...」


 彼女は明らかに冷めた口調で話し始めたが、最後は振り絞るような声になった。


 何か言おうとしたがなんて言ったらいいかわからなかった。明らかに彼女が言ってほしくないと思っていることを言ってしまった。こういう時はすぐに謝らないと。そう頭は考えたのに言葉が出てこなかった。

 僕たちの周りだけ時間が止まったかのように、お互い何も喋らない沈黙の時間が続いた。

 しばらくして、


 「.....ごめん。」


 そう言ってエメットは僕の方を振り向かずに走っていってしまった。

 呼び止めることすらできなかった。僕はその場に立ちすくんでしばらく動くことができなかった。

 

 

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