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エンドロールから始まる異世界転生  作者: 明石
第一章 嫌われ者の少年と帽子の少女
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第一話 ダニエル


  ある冬空の寒い日、日が出るか出ないかの時間に赤子を連れた一人の女が薄暗い森の中を駆けていた。


 ところどころ擦り切れたローブには血が付いており走るたびに乾ききっていない血が地面を赤く濡らす。フードを深くかぶっているため表情は読めないが動きからでも焦っていることがわかる。

 追手がいるのか彼女は走りながらも、度々背後を気にしていた。そんな状況もあってか、走るたびに木の根や地面の凹凸に足を取られて何度も転びそうになっていた。

 しかし彼女は足を止めることはなかった。むしろさらに走るペースを上げた。

 

 町から離れた場所に位置するこの森には昼間はともかく日の暮れた時間帯には近くに住む人でさえ近づかない。日が沈むと獣の動きが活発になりそこを通る人を襲うからである。


 彼女はその暗黙の了解を知っていたがあえて森の中を通る選択をした。普段ならそんな愚かな選択を彼女はしなかっただろう。だが今は追手に追われていてすぐにでも目的地にたどり着かなければいけないという状況だった。安全な道を通ってしまうと遠回りになり、たちまち追手に追いつかれてしまう。いわば賭けのようなものだったが今のところ彼女の選択は良いもののように思えた。

 実際森に入ってからしばらく経つというのに森には彼女の足音と息遣いしか聞こえないほど静まりかえっていた。


 「あと少し、もう少し、」


 心の中で思った言葉は自然と口に出ていた。

 この森を抜けてしまえば目的地の村は目と鼻の先だ。彼女は一心不乱に走り続ける。


 だが運命はそんな彼女をあざ笑うかのように待ち構えていた。

 あと少しで森を抜けるかという時だった。さっきまで静かだった森の中で目の前の木の上からなにかが落ちてきた、いや着地したというのが正しいだろう。


 結構な巨体にも関わらずその獣は少しの音で彼女の前に四足で立った。


 「ハイドウルフか、こんな時に、、」


 普段ならば彼女にとって取るに足らない相手だが、今の彼女は手傷を負って疲弊しており、手には赤ん坊を抱いている。無傷では切り抜けられないだろう。

 

 そんな彼女の焦りや不安を見透かしたかのように獣はじりじりと距離を詰めてくる。まるで自身が狩る側だと理解しているかのように。

 獣は近づくたびに前足の爪で地面に足跡をつけた。その尖った爪は飛びかかられればひとたまりもないであろう。

 さらに距離を詰められ彼女は後ろに下がる。背後には木しかない。下がりながらも空いている方の手で後ろの木との距離を確かめる。


 「……やるしかないのね、」


 彼女は覚悟を決め、背中に木が当たるぐらいぎりぎりまで下がり、抱きかかえている赤ん坊を少し強く抱き直し覚悟を決める。


 「あなただけでも守って見せる。」


 もう獣は飛び掛かれば届く距離まで来ていた。その距離で獣は足を止める。沈黙、聞こえてくるのは二者の息遣いのみだった。獣が呼吸するたびにギザギザの牙が顔をのぞかせる。二者が一歩も動かずに時間が流れる。 


 時間にしてほんの数秒だったが、永遠のように感じられる長さだった。


 最初に動いたのは獣だった。発達した後ろ足を使って飛び上がった。十分届く跳躍だった。

 その爪がもう少しで届こうかという時、彼女は赤子を抱いていない右手を前に突き出し叫んだ。


 「光よ、その広き体に我らを招き、獣の目から隠したまえ。」


 かすれた声とは裏腹に彼女の突き出した手のひらから眩い閃光が彼女らを包み、広がった。

 空中の獣は急な光に怯んだ。その結果狙いが逸れた隙を彼女は逃さなかった。

 飛び掛かってきた獣の脇を通り過ぎる。しかし完全に攻撃を避けきったというわけではなく、獣の横を避けて通る際、爪の先が彼女の肩あたりを切り裂いた。

 痛みに思わず声を上げて崩れそうになるが、寸のところで踏みとどまりわき目を振らずに走り続けた。

 獣は先ほどの閃光にやられたのか追ってくる気配がない。やがて森を抜けた。


 森を抜けると穀倉地帯が広がっており、時折吹く風が黄金色の絨毯をなびかせていた。

 少し遠くに点々と家がある集落が見えた。夜が明け始めていた。



ーーーーーーー


 

 目的地である村は夜明け前だからか人気もなく。閑散としていた。

 集落から離れたところ、小川を渡った先にその家はあった。

 屋根や壁の塗装はところどころ剥げかかっているが、整えられた庭やそこに生えている花、こだわったであろう玄関のドアや近くに置かれた花瓶から少なくとも空き家ではないことがわかる。

 周りに誰もいないことを確認しながらその家の玄関口まで歩く。そこまで歩いたところで力尽きたのか彼女は玄関の前でドアにもたれかかり座り込んだ。


 「…はぁ、疲れたなぁ、、」


 傷の痛みを和らげるために軽く息を吐いて立ち上がろうと思っていたが、どうしても体に力が入らない。

 明け方の静まり返った空間の中で動いているのはふたりっきりだ。吐いた息が空中で白くなって消える。

 

 今このドアを叩けば、この子と一緒に助かったりしないだろうか。彼女の脳裏にふとそんな考えが浮かぶ。

 いやそんなことは絶対にない。追手の標的は私だ。どれだけ時間をかけても探し当てるだろう、被害を増やすわけにはいかない。それに…、この子のことはまだ気づかれていない。もし、この子の存在がばれてしまったら、…想像したくない。

 抱いている子を見る。赤子はさっきの森のことなどなかったかのようにすやすやと眠っていた。


 「そういえばずっと眠ったままね、大きな音を立てっぱなしだったのに、、将来は、大物になるわね。」


 そういいながら彼女は子の髪を撫でる。この子の成長を見守ることができればどんなに幸せだったか。それが叶わないことがわかっているからこそ子の行く末を考えてしまう。


 「大きくなったら何になるのかしら、顔は父さん似だからイケメンに育つわね、きっとモテモテよ。魔術の才能もきっとあるでしょう。なんたって私の子なんだから。」


 湧き水のように言葉が次々と出てくる。


 「……でもこの子がどうなろうと幸せに育ってくれたら望むことはないわ…」


 遠くから人の声が聞こえた。どうやら追手が来ているようだ。あまり時間はない。

 彼女は両手で赤子を抱きしめると呟いた。


 「愛してるわ、私の愛しいダニエル。あなたの幸せを父さんと祈ってるわ。」


 ここで見つかってしまったら今までのことがすべて無駄になってしまう。ここから早く離れないと。

 朝日が彼女に当たり、後光のように照らす。疲れ切った体を起こし立ち上がろうとする。

 不意に赤子が目を覚まし、彼女の被っているフードを握って引っ張る。


 赤子は握ったフードを離そうとしなかった。彼女はそれが行かないでと言われているようでたまらなく嬉しかった。

 しかしそうもいかない。追手はもうすぐそこまで来ている。

 彼女はローブを脱ぎ赤子を包んでそっと置く。赤子は安心したのかまた眠り始めた。

 そんな様子を一度じっと見た後、彼女は動かない体で足を引きずって走り出した。我が子の幸せを祈りながら。

 二度と赤子の方を向くことはなかった。



ーーーーーーー



 数年後

 ある晴れた日の朝だった。村から離れたところにポツンと建つ一軒の家からある少年が勢いよくドアを開けた。


 「今日もいい天気だ、洗濯物も乾くはず、」


 そう言って庭に出る。庭には赤や紫といった様々な花や野菜が生えていた。


 「ダニー、ちょっと待って。庭の雑草を抜いといて、あと水やりもね」


 家の中から女性の声がする。


 「…はーい、わかりました。」


 少年はやや不貞腐れたような顔で返事をして庭へ出る。

 そんな少年を家の中から見送りながら女性は


 「はぁ、ちゃんとやってくれるのかしら。あの子は変に大人っぽかったりかと思えば子どもらしいところもあったり不思議な子ね、まったく。」


 と言いながらため息をつく。


 あの日母に連れられ森を抜け、この家に置いて行かれた赤子は、ここの夫婦に育てられて大きく成長した。名をダニエルといい、転生した″彼”が正体なのであるが、周りもましてや彼本人も記憶を持っていないため覚えていない。


 これはそんな彼の、ダニーの二度目の一生の物語である。



ーーーーーーー


 

 庭の手入れと水やりをソニアおばさんに頼まれたため仕方なく行うことにした。

 いつもはアルバートおじさんがしているが、おじさんは早朝から狩りにでかけているためいない。

 まずは雑草を抜く。前も同じことを頼まれたけど、おばさんが大事に植えていた花の苗も一緒に抜いちゃって怒られたんだっけ。気をつけないと。

 花か雑草か意識しながら抜いていく。おばさんはこだわりの強い人だが特に庭にこだわっている。前におじさんがうっかり苗を育てていた花壇を崩してしまった時、おばさんはものすごく怒っておじさんに魔法で水を浴びせた。それ以来、おじさんは庭を通る時つま先立ちで歩いている。


 「はぁ、僕もおばさんみたいに水が出せたらなぁ。」


 おばさんは魔法で水が出せるため、水やりは魔法でやっているが僕にはできない。だからバケツを持って小川に水を汲みにいかないといけない。

 

 雑草をあらかた抜き終わったので、僕はバケツを持って少し離れた小川に水を汲みに行くことにした。


 「おばさん、水汲んでくんできますね。」


 「気を付けて行きなさいよ、あと寄り道しないように。」


 「はーい」


 おばさんに釘を刺されて僕は返事をする。どうやら考えていることはお見通しらしい。

 バケツを持って庭の戸口を開けて僕は外に出た。


 外を歩くのはやはり気持ちがいい。手に持ったバケツを振りながら小川までの道を歩く。


 僕はあまり外に出たことがない。つい最近まで一人で小川までの水汲みでさえ、許されてなかった。

 おばさんは僕が外に出るのをとても嫌がった。なにかと取ってつけて家かもしくは庭で過ごさせようとした。

 それは僕が少し変わっているからだと思う。例えば新しいことを習った時、変に飲み込みが早かったり、習う前から知っていたり。自分でも不思議に思うがなぜかはわからない。ただふと頭の中に自分が知らないことが浮かんでくることがあったりするのだ。


 おばさんは僕の家の外に出てみたいという願いを認めようとしなかった。ここまでおばさんが反対することは今までなかった。真っ向からの言い合いになってしまった。

 そんな僕を見かねてかおじさんがおばさんを説得した。それ以来、僕は小川まで外に出ることができるようになった。

 でも、おばさんは僕にルールを守るように言った。森に入らないこと、小川の橋を渡って向こう側にいかないことの二つだ。森にはいるなというルールはわかる。おじさんが狩りで森によく入っていてしょっちょう僕に森は危ないと言っているからだ。

 ただ、橋を渡って向こう側には行かないというルールはよくわからなかった。橋の渡った先、向こう側で林に沿って下っていくと村があるらしい。一度、おばさんに訊ねたことがありその時に教えてもらった。  

 おじさんたちのこの家は村から離れた位置にあるらしい。だからか滅多に村の人など他人に会うことがなく、おじさんやおばさんを訪ねて来たことは数えるほどしかない。

 ともかく、なぜ橋を渡って向こう側に行ってはいけないのか気になったのでおばさんに理由を尋ねた。


 「それは…、小川よ向こう側に行かれるとダニエルに何かあった時、私たちがすぐに駆け付けられないでしょ。だからよ。」


 おばさんは一瞬言葉が詰まったが、すぐにいつもの調子で僕に言った。村には少し行ってみたい気持ちがあったが仕方がない、小川まで行けるだけでも十分だと思ったからだ。

 歩いて十数分の距離、たったそれだけでも楽しかったし、僕の目には同じ景色でも新鮮に映った。

 意味もなく道端に生えている草を触りながら歩く。


 やがて道は小さい木立に入った。枝や葉の間から入る木洩れ日が地面に縞模様の影を作る。

 時折吹く風が枝を揺らし、影の形を変化させる。気分が良く、いつのまにか歩きながらリズムを取って歩いていた。鼻歌でも歌おうかな。


 しばらくそうして歩いていると木立を抜け、小川が見えてきた。

 川のそばによってバケツに水を汲む。


 「つめたい、!」


 小川の水は冷たくて汲む時に思わずバケツの持ち手を放してしまう。

 バケツは川の流れに乗って下流に流されていった。


 慌てて立ち上がり、川に沿ってバケツを追う。川の流れは速く、走って追いかけているものの少しずつ離されていく。全速力で走っていたので息が切れてきてやがて足を止めてしまった。


 「はぁ、はぁ、はぁ、」


 肩で息をする。どうにかどこかで引っかかって止まっていればいいのにと祈る。じゃないとまたおばさんに怒られてしまう。

 川に沿って歩いていると例の橋が見えてきた。


 橋の上には人が立っていた。手には川に流してしまったバケツを持っている。


 近づくにつれて立っている人が女の子だということがわかった。身長は僕と同じか少し高いくらいか。同い年だろうか。初めて会った。


 「すいませーん、それ僕のです!」


 遠くからその子に向かって声をかける。

 どうやら声が届いたようだ。こちらに向いた。

 耳が隠れるくらいの少しくせのある髪、頭に被っている大きすぎるくらいの帽子、こんなに暑いのに長袖、長ズボンを着ている。帽子でよく顔が見えないが大人びた表情をしている。同い年ぐらいと思ったが僕より歳上かもしれない。

 女の子はこっちを見て僕をみると体をビクッとさせた。驚いたのだろうか、そのままバケツを持って固まってしまった。初めて見る顔だからだろうか。だからといってそんな反応をされると若干傷つく。


 「すいません、そのバケツ僕のです、拾ってくれてありがとう。」


 改めて拾ってくれた子に礼を言う。しかしその子はまだ固まったままだった。


 「あ、返してもらってもいいですか、、」


 再び声をかける。そんな反応を続けられるとこっちまでなにかしてしまったかと不安になってくる。


 女の子は手に持っているバケツと僕の顔を数回交互に見て、僕の方に向かって小走りでやってきた。そして僕にバケツを押し付けるようにして渡すと橋を渡って向こう側へと走って行ってしまった。


 「あ、待って。……お礼言いそびれたなぁ」


 また会うことがあればその時に言おう。心に決める。

 それより、あの子は橋を渡って向こう側に走っていった。村の人だろうか。自分と同い年くらいの人と会ったのは初めてだ。


 橋を渡って向こうに行ってみたくなった。おばさんに止められているのはわかっているが行ってみたい、ちょっとだけならいいよね。小さい橋だがやけに大きく見える。

 橋の真ん前にきた。ちょっとだけなら、すぐ戻ればおばさんも気づかないよね。そういって一歩目を踏みだそうとした時、


 「おお、ダニーじゃないか。こんなところでどうした?」




 僕が向かおうとしていた向こう側の端から離れた所から誰かが話しかけてきた。

 声のした方を見るとそこにはアルバートおじさんが立っていた。後ろには狩りでとってきたであろう獲物を担いでいる。

 まずい、橋を渡ろうとしてたのがバレたら怒られる。とっさに橋から川を眺めていただけという風に装っておじさんに話しかける。


 「おじさん、お帰りなさい。実は川で水を汲もうと思ったらバケツが流されてしまって、、」


 「そうか、でも手に持ってるってことは拾えたのか。よかったな、流されずに済んで」


 「はい、これでおばさんに怒られなくて済みそうです。狩りはどうでしたか。」


 「そりゃあ、この通りよ。」


 そういっておじさんは背に背負った獲物を自慢げに見せる。


 「もうそろそろ、お昼だ。早く帰って食べよう。」


 「はい!」


 僕はおじさんと家に帰ることにした。


 


ーーーーーーー



 家に帰るとおばさんが庭の前で仁王立ちで立っていた。


 「ダニー、小川に水を汲みに行くのにどれだけかかってるのよ。」


 おばさんは少し怒っていた。当然だ、水を汲みに行ってから大分時間が経っている。慌てておばさんに遅くなった理由を説明する。


 「実は水を汲む時にバケツを流しちゃって、、追いかけていたら遅くなりました。」


 「バケツはどうしたの?手に持ってるじゃない。」


 「途中で人に拾ってもらったので、無くさずに済みました。同い年くらいの子でしたが、お礼を言いそびれました、」


 そう言うとおばさんの顔がさらに険しくなる。お礼を言えなかったことがまずかったのだろうか。


 「まあまあ、何もなかったんだしいいじゃないか。それよりお昼できてるんだろ、冷めないうちに食べてしまおう。」


 見かねたおじさんが助け舟を出してくれた。


「…そうね。アルバートもその獲物を置いてきて。ダニーも早く水を上げてしまいなさい。お昼にしましょう。」


 なんとかなりそうだ、そう思い胸を撫で下ろす。おばさんをこれ以上怒らせないように水をやろうとバケツを見て僕は一瞬で固まった。


 「どうしたの?お昼冷めてしまうわよ、早くしなさい。」


 「…実は、バケツは拾えたのですが、水を汲むのを忘れてしまって…」


 恐る恐る正直に話す。怒られるだろうか。いや、そうに違いない。


 「……、もうダニー...何してるのよ。」


 おばさんは一瞬怒る素振りを見せたが、ため息をつき諦めたように笑った。

 それに釣られて、僕もおじさんも笑った。



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