93話 エピローグ④
魔力変異症の正体、その大きな手掛かりを私はリビアの記憶から得る事が叶った。
魔導術式、アストラルイーターの不思議は喰らった精神の根底の記憶や経験を引き出すのにも役立つ。
つまり本人には曖昧だった記憶や経験をより正確に引き出せるようになるのだ。
この禁術は本来、死にゆく者が得た様々な経験値を残された者へと託す為の魔族の技術なのだろう。だからこそ、魔族は脅威的な知識と知恵で豊富な魔法を扱えたのかもしれない。
私はリビアから知り得た情報をグラン様に伝えた。
「なんて事だ……魔力変異症の正体がまさか異種族間交配による産物だったとは……」
「ええ。しかも着目すべきなのは、基本的に人と交配した魔族にしか発症しないのに、発症した魔力や血液を投与すると人間にも簡単に感染させられるという点です」
「ああ……。もしその血液サンプルが大量にガルトラントにあるとすれば……」
「はい。大変な薬物兵器となるかと……」
「これは早急に賢人会議を開き、皆で相談せねばならない。取り急ぎ、会議の日程を決めよう」
「それがよろしいです」
本当に恐ろしい事実を知ってしまった。
幼い日に私を救ってくれたあの老紳士、ブライアン卿がまさかこのような非人道的な行為に身を染めていたなんて。
『ただの年寄りの気まぐれだ。もしくは……ワシも最後の最後に人らしい事をしたくなったのかも、な』
私を助けてくれたあの日。彼はそんな事を呟いていた。
それはきっと、それまで自分が犯してきた罪への自責の念だったのかもしれない。
「だがデレア。先のリビアの記憶の通りならば、魔力変異症を抑える方法がある、という事だな?」
「はい。きっとそれを施されたからこそ、リビアはシエル殿下より病の進行が遅く、数年長生きしたのかと」
「シエルは救えなかったが、もし悪意ある何者かが魔力変異症を利用しないとも限らない」
「はい。だからこそ、私たちはブライアン卿の研究データを集めるべきです」
「ああ。やる事は決まった。シエルの無念を……必ず果たすッ!」
こうして私たちは二名の犠牲を得て、新たな事実を知る事となった。
●○●○●
――それから更に年月が過ぎ去った。
ブライアン卿はすでに亡くなっていたが、彼の研究施設と隠された研究成果を無事発見する事ができた私たちはそこで新たな事実を知る。
魔力変異症を抑える為に必要な魔力は、六属性魔力ではない特別な魔力が必須であるという事だ。
つまり私やグラン様などのような特質魔力持ちが重要不可欠なのだと判明。
ブライアン卿の隠された資料にはこうある。
『特質魔力の一部に魔力消滅という魔力持ちがいる。その者の魔力を、直接魔力変異症を発症した者に流し込めればおそらくは魔力変異症を根治させられる』
と。
グラン様の魔力消沈に近しい特質魔力のように感じられるが、魔力消滅は施した相手の魔力自体を完全に消し去り、平民と同じ様に魔力無しにしてしまうものだ。
ブライアン卿がリビアに施したのは術式はその特質魔力に似せた術式だったらしいが、成果はそれほど高くなかったのがリビアの結果でわかっている。
問題はその特質魔力、魔力消滅の使用者を確実に死に至らしめる点だ。
『魔力消滅を行うと術者は漏れなく死に至る。魔力変異症の者を救えば、その代わりとなって魔力消滅の術者が死んでしまうのでは意味がない。ゆえに私は魔力消滅について研究を進める事にする』
このブライアン卿の資料を読み知って、私たちの行動は決まった。
私たちは更なる研究を進めるべく、まずは魔力消滅という特質魔力持ちを探し出す事に決め、その為には特質魔力について大々的に国民へと公表する事を決意した。
グラン様の魔力消沈。
私の完全記憶能力。
まずはこれらについて公表すべきだと私は提案し、そしてグラン様はそれをすぐに実施すると返答してくれた。
無論、その際に聖教や宮廷貴族たちとは多くのいざこざがあったが、結局グラン様の一存を貫き通す形となり、特質魔力の存在を多くの国民に知らしめた。
結果、ヴィクトリア王国には多くの隠れた特質魔力持ちがいる事が発覚。
そういった人材を集め、魔力変異症に関する研究の他、新たなる政策や魔導研究も進められ、より一層、魔力、魔法による発展が加速していった。
また特質魔力持ちは稀に平民にもいる事もわかり、それから階級制度問題にもグラン様は次々と着手していった。
こちらの方は中々に難題ではあったが、グラン様の強い意志もあり、特に貴族と平民以下との差別による横暴は法的にも強く罰する事を大々的に告知してからというもの、世論は大きく変わっていった。
そしてその数年後――。
結果として私たちはついに魔力変異症やその他、様々な病に対する有効な対処療法などを知っていく事になった。
グラン様は後になってから少しだけ後悔していた。
聖教などに怯えず、権力などに屈せず、もっと早くから特質魔力について大々的に広めていたらシエルやリビアは死なずに済んだかもしれない、と。
だが代わりに救えた命もあった。
これまで不治の病とされてきた難病持ちの人々だ。
研究が順調に進められ、多くの病が治療になっていったからである。
こうしてグラン様は諸外国に名を轟かす名君として讃えられていく事になる。
人を惹きつけ、魔力を沈静化させる事で魔力によるトラブルなどを率先して解決できる類い稀なる賢王として。
そんな彼を私はずっと隣で支え続けていく事が、自分の幸せなのだと最近では理解できる様になった。
グラン様と結婚し、この国の王妃となって早五年。
階級制度について着手し続け、みるみると差別による横暴や弊害を取り除いていったこの国は、諸外国から多くの人が憧れ、移り住むほどに変わっていた。
そして貴族が嫌いだった私も考え方を大きく変えていた。いつの間にか貴族や平民などの垣根を超えて全国民を愛していた。
「私はキミたちとこの国に住む者、全てを愛しているよ」
グランシエル・ヴィクトリア様の毎日の様に発せられる口癖とも言えるその言葉が、私の考え方もその通りへと変えていったのだろう。
だからこそ、私は今も日々国を思って本を読み続ける。
たくさんの想いが込められた本を読み、人を知り、そして全てを知り続ける事を私はこの命尽きるその日までやめないだろう。
私は一度見た事、聞いた事を忘れる事は二度とない。
私の知識はもはや図書館だ。生ける図書館である私にしかできない知恵や応用力がある。
それをどう役立てるのか。
「あ、ねえグラン様。今、動きましたわ」
私たちの愛の結晶であるお腹の中の子と愛する彼の三人で、永遠に学び続けていくのだ。