91話 エピローグ②
二年間で色々な事がめまぐるしく変わった。
私自身を取り巻く環境もそうだが、国の在り方自体が変化しているのがわかる。
これまでザイン宰相によって都合よく作られていた法案や税政などを少しずつ改善していっているからだろう。
「……デレア。こんなところで会うとは珍しいな」
「これはギランお父様。ご機嫌麗しゅうございますわ」
「ふっ。相変わらずお前のカーテシーはぎこちがないな」
第三蔵書室を出て、次はお妃教育の一環でもあるダンスの練習をしに先生がいる王宮のホールへ赴こうとしていると、回廊の一角でギランお父様に出会った。
外交官として頑張り続けているお父様だけは昔から変わっていない。
この二年間で最も何も変わらなかった人物だろうな。
「外出ですか?」
「うむ。ガルトラントへな」
「という事はデイブ魔導卿の……」
「ああ。ガルトラントが引き渡しに応じるかどうかの交渉だ」
ザイン派は二年前のあの日以降、次々にこれまでの悪事を掘り起こされ続々と捕らえられていたが、デイブ・グリエンドール・ウラジイル魔導卿だけは中々尻尾を掴めずにいた。
それが最近、ガルトラントで問題を起こした為にあちらの国で捕縛されたという情報が入り、国際指名手配されていたのもあって外交官のギランお父様がデイブ魔導卿の引き渡しの交渉に赴いている。
「ところでカタリナお母様の方は?」
「ああ、問題ない。最近は以前よりも笑う事が増えた」
カタリナお母様はデイブ魔導卿から不正に受け取っていた金銭が税収から流れていた金だという事もあり、少しずつ王宮へ返還せよという命令だけがくだった。
が、それ以外に強いお咎めは無しとされた。これはグラン様の温情が働いたのだろう。
この判決にカタリナお母様は涙を流して感謝を述べていた。
そして後に私のもとへ来て、
「デレアさん、本当にごめんなさい。そして、ありがとう……」
そう謝罪の言葉を残していった。
その行為が人の道に外れるかもしれないとわかりつつも、ドリゼラ可愛さの為にお金を受け取り続けてしまったカタリナお母様は、ギランお父様にも頭を下げていた。
そして自ら離婚を申し出たが、ギランお父様がそれを止めた。
「私に二度も愛する者を失えと言うのか」
そう言っていた。
ギランお父様はカタリナお母様の事も、きちんと愛しているのだ。
カタリナお母様は泣きながら崩れ落ち、何度も謝罪の言葉を繰り返していたのが実に印象的だった。
これはごく最近ドリゼラから聞いた話なのだが、カタリナお母様と私の実母であるローザお母さんはその昔、とても仲の良い友人同士だったらしい。
二人は貴族と平民という関係であったが、親友とまで呼べるほどに互いを信頼していた。
ある時、ローザに恋人ができたという知らせを聞き、それをカタリナ喜んだ。
それがギランお父様であった事をその当時のカタリナお母様は知らなかったらしい。
そのすぐ後にカタリナお母様は親同士の縁談によってギランお父様を紹介され、婚約関係になった。
カタリナお母様はすぐにギランお父様の事を気に入った。
しばらくして、カタリナお母様はギランお父様が別の女性と密会している現場を見てしまう。その相手がローザお母さんだったとわかるとカタリナお母様は激昂したが、ゾルフォンス家の意向により事を荒立てず結婚しろと命じられていた彼女は、それらを黙認したまま結婚まで耐えたそうだ。
彼女は何があってもローザお母さんからギランお父様を勝ち取りたかった為に、近々行われる賢人会議にて新法案の提案をしてもらうようデイブ・グリエンドール魔導卿にお願いしたそうだ。
その法案こそ、この二点。
『ヴィクトリア王国民法令、第二百三十八条。故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者、一族は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。金銭によってこれを賄い切れない場合、死をもって贖わせる場合もある』
『ヴィクトリア王国民法令、第二百三十九条。夫婦となった者らは国王を除き、互いが性的に純潔を保ち、配偶者以外と性的行為を行ってはならない』
――である。
これを利用すれば様々な不貞トラブルの際、賠償金を請求できる。カタリナお母様が提案したその新法案の考えを聞いたデイブ魔導卿は、これを利用する事を思いついた。
それが昨今流行りの、『貴族間恋愛小説』の正体である。
デイブ魔導卿はカタリナお母様の提案した法案を賢人会議にて議題にあげてもらうようザイン宰相に頼み、そしてこの法案を通す。
それからなるべく『不貞行為がロマンチック』であるような描写を多く含んだ恋愛小説を、国民に流行らせる。
その影響によって発生したリアルな男女間トラブルにより賠償金問題が発生した場合、宮廷官に相談せよと国は謳っている。
その時に動く金の一部がデイブとザインのもとへと流れていたというわけだ。
全く、女の執念、そして金というものは実に恐ろしい。
そして当時、その新法案を知ったローザお母さんはギランお父様と別れる話をしていたらしい。
ローザお母さんを諦めきれなかったギランお父様は、なんとかローザお母さんと結ばれようと様々な試みで奮闘したが、それは誰もが不幸になる道にしか繋がらない事を理解していたローザお母さんはヴィクトリア王国から逃げるように、ガルトラント公国へと隠れ住んだのである。
私を身籠ったままで――。
この話は、最近落ち着いてきたカタリナお母様がようやく昔の事を話す気持ちになったらしく、ドリゼラに語ったらしい。
そしてその事をドリゼラから私へと伝えて欲しいと頼んだそうで、最近私も聞かされたのである。
なんとも難しいすれ違いだったな、としか思えなかったが、カタリナお母様も本心では亡くなったローザお母さんの事を哀れんでいたのかもしれない。
もし本当に憎かったのなら、私をリフェイラ家の娘として屋敷に居させる事すらさせなかったんじゃないかなと今では思う。
「デレアさんを本当の姉のようにいつまでも仲の良い関係性でいなさい」
と、ドリゼラはカタリナお母様からそう言われたそうだ。
「……お前の方は順調か?」
「はい。お妃教育もそれなりにこなせているかと」
「まあ、お前にできない事はないだろう。だが、ここまでよく頑張ったな」
ギランお父様はふっと小さく笑った。
「座学は楽しいのですけれど、やはりダンスや音楽、お裁縫のお勉強の方が大変です」
「そうだろうな。何せお前は昔から不器用だ」
「記憶力だけなら誰にも負けませんけれど?」
「くくく、言うようになったな。ところで殿下とはどうだ?」
「どうも何も普通です。特に揉めたりなどしておりませんよ」
「まあ、お前のその口調すら受け入れるようなお方だからな。どんなにお前が悪くても彼ならうまくやれるだろう」
「む、お父様。それでは私が悪者ではないですか」
「お前は悪者ではなくて、ただのわがままな娘のままだ」
「酷いですわね」
「だが、まあ上手く行ってるなら何よりだ。夜の方はどうだ?」
「……そういうの、娘に聞きます?」
「はっはっは。お前を困らせるには多少下世話な話の方が面白いのだと、最近私は知ったのでな」
リヒャインの入れ知恵だな、とすぐに察した。
私はぷいっと顔を背けて無視した。
「だが、本当によく成長した。死んだローザも今頃天国でお前の活躍を安心して見守っているだろう」
「……そう、ならいいですけれど」
「そうに決まっている。アレは私が愛した女なのだからな」
そうして私とお父様はそこで少しの間談笑し、別れた。




