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8話 フランの真実

「デレアお嬢様に……マーサ、様?」


「フラン、どうだ!?」


「ええ……いきなり身体が軽くなって……息がしやすくなりました」


「そうか。やはり私の想定通りだったな」


 とは言うものの、初めての経験だったので私も上手くいった事に正直安堵していた。


「マーサ様が治してくれたのですか……?」


「そうだ。マーサにフィジカルブーストをかけてもらったんだ」


「フィジカルブーストを? な、何故そんな魔法を私に……?」


「それはだな」


 私が意気揚々と説明しようとした瞬間。


「デレアお嬢様」


 マーサが私の名を呼んだ。そして。


「なんですかその言葉づかいは」


 笑顔のまま、私の方を見てそう尋ねて来た。


 しまった……ついフランの前でだけの素の口調が……。


「マ、マーサ、これは、その……」


 クソ、良い言い訳が思い浮かばん!


 直後、マーサは鬼の形相になった。


「デレアお嬢様。普段から言葉づかいにも気を配らないからそうやって素が出てしまうのですよ。いいですか、デレアお嬢様はリフェイラ家のご令嬢にあらせられるのです。名家リフェイラではその誇り高き名に恥じぬような装いや振る舞いを常日頃から心掛けねばなりません」


「はい……」


 久々にマーサの超長いお小言を貰ってしまった。


 彼女のお説教はフランすらも上回るほどにしつこい事で有名だ。


「……で、あるからして、デレアお嬢様には一日も早く立派な伯爵令嬢としてのご自覚を持たれて欲しいのです。だからこそフランを付けているのですよ。ご理解されましたか?」


「はい……申し訳ございませんでした」


 な、長い。説教が長すぎる! しつこい!


 クソ虫め! やはりクソ虫はクソ虫だ!


「うふふ、デレアお嬢様もマーサ様の前では可愛らしいものですね」


 顔色のよくなったフランが笑って言った。


 クソ虫め。お前のせいで私は怒られているんだぞ。


「フラン、あなたもですよ。普段からデレアお嬢様の教育がなっていません。今後、より一層厳しくデレアお嬢様を教育なさい」


「はい、マーサ様」


「……でも、すっかりよくなったみたいですね。よかったわフラン」


 お小言をフランに言ったとおもったら、今度は途端に顔を綻ばせてマーサは彼女の頭を撫でた。


「これも全てマーサ様とデレアお嬢様のおかげです。本当にありがとうございました」


「デレアお嬢様。私の大事な部下を助けてくださり、まことにありがたく存じ上げます」


 マーサはそう言うと、その場に跪いて私に礼を告げた。


「いえ……私は別に……」


「ご謙遜をなさらないでください。デレアお嬢様がいなければフランは死んでいたかもしれません。本当にありがとうございました」


「デレアお嬢様。私もそう思います。デレアお嬢様の知識があったからこそ、私は救われました。ありがとうございます」


 ……クソ虫たちめ。そんな真っ直ぐに私を見るんじゃない。


 そんな風に礼を言われたら、どんな顔をすればいいかわからなくなるだろうが。


「ところでデレアお嬢様。何故、私にフィジカルブーストをかけようと考えられたのですか?」


「私もそれが気になりましてございます。よければこの不肖な侍女たちに、デレアお嬢様のお考えをお聞かせ願えますでしょうか?」


 やはり気になるか。


 フランが当然の質問をしてきた。マーサも同じく尋ねて来たので私は少し面倒だったが説明してやる事にした。


「フランはキク科植物のアレルギー持ちだったようです。随分前にキク科のマリーゴールドでその症状の一端があったと聞きました」


「そうですね。その話は随分前に私も聞いた事があります。あの時、フランが妙に手を痒がったので私はマリーゴールドには触らないようにと命じました」


「ええ、マーサ。その判断は正しかったです。しかし、フランには全てのキク科の植物に触れないように命じるべきでした。アレルギー反応というのは同等の成分がある植物などに対して同様に反応を示します」


「なるほど、それでハーブのカモミールにも反応してしまった、と。ですが以前マリーゴールドで痒みを訴えたフランにこのような重篤な症状は見て取れませんでしたが?」


「近代医術の学術書を紐解くとわかるのですが、アレルギー反応というものは同じ成分に対して、二回目以降には非常に強く、より過敏に反応してしまうのです。それをアナフィラキシーショックと言います。このショック症状は非常に危険なもので、そのまま死んでしまう事すらあるのです」


「そんな病名が……。ではフランは大袈裟にではなく、本当に死んでしまうところだったのですか?」


「それはわかりませんがアレルギー反応に対する医術的研究はまだ未知の部分も多いとあります。運がよければ助かるかもしれませんが、とても危険な状態ではありました」


「そんな……」


 マーサも私の言葉を聞いて改めて顔を青ざめさせた。


「マーサ様。おそらくデレアお嬢様の言う通り、私はあのまま死んでしまってもおかしくなかったと思います。本当に苦しくて苦しくて、息が全然できなくて……今思い出しても身体が恐怖で震えそうです……」


 フランも本当に怖かったのだろう。今もカタカタと小刻みに震えている。


「それでデレアお嬢様は何故、私の魔法を? 私の魔法ならフランを治せるとわかっていたのですよね? それ以前に、私の魔法の事はデレアお嬢様に話した事はなかったと思うのですが」


 マーサが一番の疑問を尋ねて来た。


「……マーサは普段から声が掠れておりますよね。それは地属性の身体向上系魔法の使い手の特徴。身体向上系魔法は喉元のリンパあたりに魔力の溜まり場を生成しやすく、多くの者が掠れ声になります。だからマーサが身体向上系の魔法を扱える事を知っていました」


「……なんと。お嬢様は私の声の事、ご存知でしたのね。しかしそれだけで私の魔法まで見抜くとは、恐れ入ります」


 無論それだけではなく、マーサが普段から侍女たちにフィジカルブーストを掛けて仕事の効率をアップさせ、支援しているのを私は幾度か見た事があったからだ。


「ただフィジカルブーストは体の疲れを一時的に忘れさせ、筋力を全体的に向上させる魔法です。それが何故、フランのアナフィラキシーショックとやらを回復させたのですか?」


「アドレナリンです。アナフィラキシーショックを早期回復させるには抗ヒスタミン剤となるアドレナリンの早急な投与が確実です。ですがアドレナリン薬剤はすぐに手に入るものではありませんでした。そこで同様の効果のある魔法を考えた時、それがフィジカルブーストでした」


「こ、こうひす……? アドレナリン……?」


 フランが理解に苦しむ表情で単語を復唱している。


「細かな単語の説明は省きます。身体向上系魔法のフィジカルブーストには疲れを忘れさせるという効能があります。それは実際に疲れを回復させる治癒魔法ではなく、疲れを忘れさせる作用によって身体が軽くなったと錯覚させているのです」


 私の言葉にマーサが頷く。


「デレアお嬢様の言う通りフィジカルブーストは癒しではなく、ドーピングに近い魔法です。だからこそ使用法を誤れば被術者を危険に晒す事もあります」


「ええ、そうですマーサ。しかしだからこそ今回役に立ちました。疲れを忘れさせるというのは錯覚ですが、その効果はとある体内物質の増加によって引き起こされています」


「なるほど……それが先程デレアお嬢様が仰られたアドレナリン、というものなのですね?」


「そうですマーサ」


 フィジカルブーストをかけられた被術者はその効能により、体内のアドレナリンが急激に増加する。アドレナリンはアレルギー反応を過敏にしている元凶であるヒスタミンの活性化を防ぐ。それによりフランは回復したのである。


「アレルギー反応は時間経過で治まるので、キク科の植物に触れたりしなければ、もうフランが危機的状況になる事はないでしょう」


 私の説明に二人は難しい顔をしながらも、どうやら納得してくれたようだ。


「デレアお嬢様、申し訳ございませんでした」


 フランがベッドの上で上半身だけ曲げ、私に頭を下げた。


「いえ……私は別に大した事は。フランが治ってくれてよかったわ」


「そうではありません。デレアお嬢様の事を誤解しておりました」


「誤解……?」


「はい。私はギラン旦那様に命じられ、デレアお嬢様の専属侍女を務めさせてもらっておりましたが、内心ではもう専属をやめたかったのです」


「フラン……そうよね。侍女たちは下流とはいえ皆、貴族民。それが元平民である私に仕えるのには抵抗があると思うわ」


 クソ虫どもはいつもそうだ。


 平民を見下し、自分たちだけが正義だと思っている。


 フランもマーサも、所詮同じクソ虫なのだ。


「……平民なんて、魔力の欠片もないゴミ当然だものね」


 私は顔を伏せて呟く。


「違うのです。私は……実は私も平民以下の娘なのです」


「え?」


 フランの唐突な告白に私は思わず目を丸くした。


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