87話 陰の協力者
「誤解させる様な言い方をしてすまない。正確には私がグラン・リアとして生きる為の書面上の両親、という意味だ」
つまりはリア家、という架空の男爵家を演じるのにあたって、その父母となる者たちがギランお父様とローザお母さんだという事か。
「ギラン卿の青い髪色にならって、私もグラン・リアとして生きている間はずっと、青い髪色に染めていた。もし何かの流れで家族などを調べられたり人に遭わせたりする時、ギラン卿を父上として紹介する為にね」
「そうだったんですね。でもギランお父様は外交官として王宮に勤めているからお顔が知れているんじゃ……」
「ギラン卿が地属性に適性を持つ一級魔導師である事は知っているだろう? 上級の地属性魔法のひとつにソイルコート、という魔法があるのを知っているかな?」
「……なるほど、理解致しました」
「さすがはデレアだ」
私はすぐに察した。
ソイルコートは地属性魔法のひとつで対象部分を土や泥でコーティングし、そのコーティング部位を念じた通りの形に型どる魔法だ。
ソイルコートの使い方次第では顔の整形も容易と言える。それを使えば顔の形を変えてグラン様の父上だと言い張って表を歩けるというわけだ。
ただ、ギランお父様がソイルコートを使えるかどうかまでは知らなかったけれど。
「そしてグラン・リアとしての私の母上は、私が幼い頃に亡くしてしまったローザ・リアという人物としているんだ」
確かに偽物の親なら一人だけの方が都合が良いから、か。
それにしてもローザ・リアだなんて……なんて偶然だろう。本名はローザ・メモリアという名前なのだから。
「……それでグラン様はギランお父様と繋がりが深かったのですね」
「そういう事だね」
「何故、ギランお父様はこの事をちっとも教えてくれなかったんでしょう?」
「ギラン卿は外交官としてとても優秀だ。彼は宮廷内派閥争いなどにも無縁で、その寡黙で誠実な姿勢が売りだからね。口下手というのもあるのだろうけど、彼は実の娘に余計な心配を掛けさせたくなかったんじゃないかな」
それもそうか。
今回だってグラン様が私の事をこうして認めてくださっているから全てを打ち明けてくれているわけだし、私たちがここまで通じ合っていなければ、グラン様も余計な事は言わないつもりだったのだろう。
「ああ。ただ幼い時、図書館で出会ったキミがまさかギラン卿のご令嬢だとは思いもよらなかったよ」
「いつ、気づいたのですか?」
「あの最初の大舞踏会が開かれるほんの数日前だ。あの寡黙で自らの家族の事をほとんど話さないギラン卿から珍しく、娘二人の動向に注意を払って欲しいと頼まれていたんだ」
それでギランお父様はマナグラスの靴を私たちに履かせていたんだ。
何かトラブルがあっても魔力消沈という特殊な魔法が扱えるグラン様を御守りとして。
「そして会場で久しぶりにキミを見つけた瞬間に思い出したんだ。あの図書館にいた完全記憶能力を持つ彼女だってね」
そういう事だったんだ。
それでグラン様は私の事をよく知っていたんだ。
「……私は昔からキミの事ばかりを気に掛けていた。図書館でキミと話してから、ずっと」
「な、何故そんなにも私の事を……?」
「私はシエルの陰として生きるだけで、人を好きになってはいけないと父上……マグナクルス国王陛下から言われていたんだ。私の血筋を残してはいけないと……」
忌み子として生まれてしまったグラン様を可哀想に思ったマグナクルス王はせめてグラン様をそれなりに不自由なく生きさせてあげた。
しかしそれでも、その王家の血筋を公ではないグラン様という存在から受け継がせてはいけない、という事らしい。
「だが……私はキミを愛してしまった。人を好きになるなと言われ続けてきた私は、自分の感情を抑えれば抑えるほど、キミへ恋焦がれてしまったんだ」
「そんな……どうして私なんかを……」
「私が初めて話した近い世代の異性だった、というのもあるが、キミのその心優しい内面、そして隠された美しさに惹かれたんだ」
「……ッ!」
あまりにストレートな好意をぶつけられて私は思わず顔を伏せてしまった。
恥ずかしすぎる。
「キミを愛しているデレア。これはまごうことなき私の本心なんだ」
「……そ、そんな急に……わ、私、そういうのに慣れていなくて……その……」
私もずっと気に掛けていた異性はグラン様だけだ。
しかしそれでも彼とこんな風に、貴族間恋愛小説みたいな展開になるだなんて思いもよらなかったし、私はまだ自分の感情を理解できていない。
私は彼の事をどう想っているのだろうか。
「……唐突にすまない。話を少し戻そう」
私があまりにも顔をほてらせて俯くものだから、グラン様も瞳を泳がせて流れを変えてくれた。
「シエルは全ての想いを私に託してこの世から去った事をマグナクルス国王陛下も受け入れざるを得なかった。しかし突然殿下が亡くなってしまっては国が不安定になりかねない。そこでマグナクルス国王陛下は秘密裏に私をシエル殿下の代わりとする事に決めた」
「そんな……そんなの、陛下の勝手すぎます!」
「いや、デレア。これは私とシエルの意思でもあるんだ。この国を守りたい、より良くしたいというね」
「え?」
「このままではヴィクトリア王国は内側から崩されてしまう。それを打破するには改革が必要だと私とシエルは考え、私がシエル殿下に成り替わろうと決めたんだ」
シエル殿下とグラン様は本当にこの国の未来を案じているんだな。
「元よりガルトラントに情報を流し、密かに内側からヴィクトリア王国を支配し乗っ取ろうとする輩の存在をマグナクルス国王陛下も長年危惧していたんだ。このままではいけない、と。だからこそ、一気に改革を起こすべく陛下は自ら退位し、王位を私に譲る事でザイン宰相に関連するしがらみから解放されようと考えたんだ」
「それが今回の賢人会議での結果だった、と」
「そういう事だね」
これで全てが繋がった。
ギランお父様とグラン様の書面上の親子として関わっていたからこそ、私の事をよく知っていたのだ。
「でもグラン様。グラン様が王太子となり、近々即位するのだとして、どうしてあの場で……その、私の事を婚約者などと発表したのですか?」
「……ヴィンセント卿に急かされてね」
ヴィンセント・ゴルドール公爵。
そういえば彼の事についてまだ教えられていなかった。
「そもそもザイン宰相の企みを打ち崩せたのはヴィンセント卿の大きな助力があってこそだったんだ」




