86話 グランの決断
「で、ではグラン様はシエル殿下を……」
「そうだ。私はシエルを喰らったんだよ。キミに教えられた禁術、アストラルイーターでね」
私は目を見開いて彼から告げられた衝撃の告白を聞く。
それはつまり、シエル殿下は病で亡くなったのではなく、グラン様が殺したという事に他ならない。
「……全てはシエルの望みを叶える為に、私はそれを施術した」
「シエル殿下の望み……?」
「ああ。実はもうシエルは……満足に言葉を話す事すらままならないほどに衰弱していたんだ」
それはわからなくもなかった。
彼はリビアよりも魔力変異症による衰弱が顕著だったから。
「なので最近ではシエルと筆談で話す事が多くなっていた。もはやシエルに残された時間は想像以上に長くはなかった。だからこそ、キミの知識にすがり、禁書庫で共にデモンズヒストリアを紐解いたが、結果は駄目だった」
「……」
私は黙ったまま彼の言葉を聞き入れる。
「キミと禁書庫に入った数日後だ。シエルの体調が急激に悪化した。いつ危篤状態になってもおかしくないほどに。だから私はシエルに尋ねたんだ」
グラン様はその瞳に陰りを見せた。
「シエルを喰ってもいいか、と」
グラン様はシエル殿下に筆談でアストラルイーターという禁術について説明した。
するとシエル殿下はこう答えたそうだ。
『自分の精神が兄上の中で生きられるのなら、今すぐにでもお願いしたい』
と。
「シエルは……シエルはその他に、もう辛い、早く楽になりたいと……続けていた……ッ」
グラン様はその瞳に涙を浮かべて右手拳を力強く握りしめていた。
「アストラルイーターは被術者を苦しませずに天国へ送れるともキミから聞いていた私は悩みに悩んだが、シエルを無念のまま逝かせたくはなかった。だからこそ、事前に用意しておいたアストラルイーターの術式を施す事にした」
「そう……だったのですね。では今もシエル殿下の意識はグラン様の中にあるのですか?」
「ある。と言っても、シエルと会話をしたりはできない。シエルの体験してきた事、知識、想い、考え方、そういうものが自分の中に足された感覚だ」
「そうなのですね……」
「私が見聞きした事を私は二つの感覚で捉えられるんだ。私が感じる感覚とシエルが感じる感覚として。意識は私のものだが、しかし確かにシエルの意思も感じられる。とても不思議な感覚だ」
「それでシエル殿下は苦しまずに天国へ還られたのですね」
「おそらくは。シエルのその最期はとても安らかだったから、そうだと信じている」
治せないのなら、せめて苦しまずに逝けるのならそれに越した事はない。
「しかしおかげで私は理解できたんだ。シエルの魔力変異症が他者の魔力をねじ込まれた事によって人為的に引き起こした事をな……!」
ギリギリ、とグラン様は悔しそうな顔をして見せた。
「シエルの精神を取り込んだ事でシエルの潜在意識すらも私の中に目覚めたようでね。その時、私は知ったんだ。七年前、シエルの身に何が起きたのかを」
グラン様の話では、シエル殿下は七年前、深い眠りに落ちている時に何者かに奇妙な魔力を注ぎ込まれていたらしい。おそらくそれがリビアの混合魔力なのだろう。
その翌日から徐々に体調を崩し、気づけば魔力変異症を患っていたのだという。
「シエルの精神を取り込んだ事によってその事実を知った私は、すぐに国内外の魔力変異症に関する罹患者を調査したが、全く発見できずにいた。そんな折、キミからリビアの存在を教えられたんだ」
「そしてリビアを悪用していたのがザイン宰相とデイブ魔導卿であった、と」
「うむ。そこで全てが繋がったというわけだ」
結果としてシエル殿下をお救いする事は叶わなかったが、シエル殿下の無念はグラン様へと引き継がれ、そして晴らす事ができたのかもしれない。
「ところでグラン様。その髪色はもしかして……」
「そうなんだ。これまで嘘をついていてすまなかったが、私も本来は赤髪なんだ。逆に青色にはわざと染めていた。キミのお父上であるギラン卿と同じ髪色の青に、ね」
「え? ギランお父様と同じ……?」
「……本来ならギラン卿から伝えるべき事なんだが、もうこうなってしまっては話さざるを得ない。私はね、ギラン伯爵が父上になるんだ」
「え!? な、何を言って!?」
「そして私の母上はローザ、という名だ」
「ロ、ローザって……まさか、まさか……」
「そうだよ。キミの本当の母君の事だ」
「グラン様、それは一体どういう事ですか!?」
「……キミの両親が、私の両親でもあるんだよ」
グラン様は意味深にそう告げた。




