83話 迫る不安
――そうしてひと月近くの月日が流れた。
リフェイラ邸から王宮に戻った後、私はグラン様にカタリナお母様の事について相談してみた。
グラン様が言うには、まだザイン宰相や関連者からの情報収集中や先日の賢人会議後のごたごたで王宮内も色々と余裕がない為、カタリナお母様については保留という形となった。
地下に幽閉されているリビアについては、カイン先生の弟子であるサーメイルという青年が人目のつかない深夜、密かにリフェイラ邸にやってきて、彼女を深く眠らせた後に王宮の地下室、つまりシエル殿下の居たあの部屋へと連れて行ったらしい。
彼女は王宮にて密かにカイン先生たちが管理する事になったそうだ。
それから何度か私は様子見でリビアに会いに行った。
彼女の体調はやはり回復はしないが、デイブ魔導卿に怯えずに過ごせる事で多少は精神的に安定してきているようだった。
ちなみにそのデイブ魔導卿だが、彼は行方をくらましていた。
おそらくザイン宰相が捕まった事により、ガルトラントにそのまま逃げたのだろう。ヴィクトリア王国内にある彼の屋敷ももぬけの殻だったそうだ。
「それよりも私は純粋に楽しみだよ。キミと一緒に大舞踏会に出れる事がね」
グラン様は笑顔でそう言うが、私も満更ではなかったりするのだろう。内心では結構ソワソワしている。
「カイン先生に言われて仕方なく出るだけです」
と、表面上では強がってしまったけれど。
とはいえ、本当に私なんかと一緒に舞踏会に出てしまっても良いのだろうか。
グラン様は誰がどう見てもイケメンだ。
ナザリー先輩然り、彼の事を密かに想っている者も多いと聞いているし、そんな彼とこんなブスな私が派手な大舞踏会で一緒にいて良いのだろうか。
……不安しかない。
だいたい私はこれまで満足に異性とそういう感じになった事がないんだ。
晴れやかな舞台に出る事さえ、本当なら忌避するような性格だと言うのに。
それにしてもあれからグラン様はシエル殿下の事について全く何も言わなくなった。
私からは聞き辛い感じがして、触れない様にしているが、いつかはきちんと教えてもらえるだろうか。
なんにせよ様々な不安は尽きないまま、私は舞踏会の日まで落ち着かない日々を過ごした。
●○●○●
「近々、この王宮のホールを利用しての大舞踏会を再び開催する、というのは皆さんもう知ってるかしら」
リアンナ長官が私たち尚書官五人を尚書官業務室に呼び出して、そう言った。
「ええ、軽く噂程度には……」
と、ナザリー先輩が返し、他の尚書官たちも少し小耳に挟んだ程度だと答える。
「その大舞踏会、尚書官の皆にも可能な限り出席してほしいの」
リアンナ長官の言葉に全員が不思議そうな顔をする。
「長官、それは何故ですか?」
ナザリー先輩が尋ねる。
「とても大事な告知が行われるらしいの。だから宮廷官の多くはなるべく出席するように言われているわ」
「賢人会議でのアレの事ですか?」
「多分それに関する事ね。だから暇があるなら出席お願いね」
「そんな事言われてもパートナーも無しに出るのはちょっと……ねえ、デレアさん?」
ナザリー先輩が不意に私に話を振ってきた。
「ああ、デレアさんは大丈夫よ。ちゃんとお相手がいるもの」
と、リアンナ長官は勝手に答えた。
「ええ!? 誰なのデレアさん!?」
「デレアさんみたいな人にそんな相手がいるというの!?」
ナザリー先輩とカリン先輩が妙に食い付いてしまった。
「そんなの決まってるわよ、ナザリーちゃん、カリンちゃん。グラン様よ」
そして今度はさらっとミャル先輩が勝手に答える。
「「ぇぇええええーッ!?」」
と、ナザリー先輩とカリン先輩が声を揃えた。
「賢人会議の時からおかしいと思ってたけどデレアさん、やっぱりグラン様とそういう関係なの!? うう……私も狙ってたのにぃ」
ナザリー先輩は涙目にそう言い、
「デレアさんは勉学だけでなく色恋沙汰も天才的だと言うの……? 私に勝てるところなんて何もないわ……」
カリン先輩は勝手に落ち込んでいる。
というか、ここまで私は何も言っていないんだが。
「お前たち、少し騒がしいぞ。長官の言葉を大人しく聞け」
ヤリュコフ先輩だけは平常運転で助かった。
と、思いきや。
「あら、なーに言ってるのよヤリュコフくん。あなただってリアンナ長官を誘ってたじゃない?」
「ちょッー!? ミャ、ミャル先輩! それは内緒にしといてくださいって言ったじゃないですか!」
「デレアさんだけ辱められるのはおかしいでしょー。ねえ? ちょ・う・か・ん?」
「わ、私は別にそういうつもりは……。ヤリュコフくんがどうしてもって言うから一緒に出るだけで……」
「そ、そうだぞ! 私は先日の国璽の件で長官にご迷惑をおかけしてしまったお詫びに舞踏会へと誘っただけで、別に深い意味なんて何もないッ! 好きだのなんだのと浮かれた話ではなくてだなッ!」
「え……そうなのヤリュコフくん……?」
長官が少し寂しそうに尋ねる。
「あ、や、ち、違いますよ長官! 私はですね、長官の事を人としても異性としても尊敬していると言いますか、なんというかですね」
「うふふ、ごめんねヤリュコフくん。わかってるわよ、誘ってくれてありがとう」
「リアンナ長官……」
いつの間にやら二人の世界になっていた。
「ヤリュコフ先輩たちが一番浮かれてるじゃないですか……」
そんな中、さらっとナザリー先輩が突っ込んでいた。
どうやら長官とヤリュコフ先輩も良好な関係が築かれているようだ。
国璽騒動の時はどうなるものかと思ったが、むしろそれをきっかけに仲が進展したかのように思える。
「とりあえず私たちもパートナー探さないとよね」
「ええ……一人で舞踏会に出るのはさすがにね……」
ナザリー先輩とカリン先輩はそう言うが、私は前回ほとんど一人でいたようなものだぞ。
と、まあそんなこんなで我々尚書官も皆、大舞踏会に出席する意向を決めた。
●○●○●
マグナクルス国王陛下が退位される事は、今現在王宮内の一部の宮廷官たちのみが知りうる情報とされ、いまだ王宮内の多くの者や国民には知らされていない。
全ては次に開かれる大舞踏会の日に告知するそうだ。
それにしても即位させる者は一体誰になるのだろうか。
シエル殿下の代わりは、やはりロハンなのだろうか。
「それは……私の口からは言えない」
事情に詳しそうなカイン先生に深く尋ねてみても、それしか教えてくれなかった。
グラン様にも同じ様な言葉ではぐらかされたので、おそらく二人は何かを知っているのだ。
しかし何故私には教えてくれないのだろう。
私は彼らにとって、まだ信用に足らないのだろうか。
「ま、別に深く考えなくていいんじゃねーか? どうせもうすぐわかるんだしよ」
と、リヒャインは軽い感じだった。
確かに次の大舞踏会までもう数日だ。その日にはわかる事なのだが……。
どうにも落ち着かない。
何か妙な、嫌な予感がする。
そんな不安感に駆られながらも、私は迫る大舞踏会の日に備えるのだった。




