79話 閉幕
そしてマグナクルス国王陛下は言った。
自分にも大きな責任がある。
数えきれない罪を背負い、自分は王から降りる、と。
「な、何を勝手な……そんな事、軽々しくこの場で決めてしまうのですか!?」
「そうですぞ! それはあまりに身勝手ではありませんか、陛下!」
「突然王を降りるって、それでは次期国王はどうされるのです?」
ガウレル徴税官や他の宮廷官や各諸侯も当然、大騒ぎし始める。
「皆の反応もよくわかる。これまで余は何もできず、何もして来れなかったからな……」
陛下は遠い目をして、力弱くそう言った。
「そんな他人事みたいに……!」
「ガウレル徴税官!」
グラン様が声を上げた。
「だからこそ、どうか聞いてあげて欲しい。マグナクルス国王陛下、最後の国王陛下としてのお言葉を」
「グラン殿……」
グラン様が悲痛な声色で叫ぶと、場が一斉に静まり返る。
「すまぬなグラン」
「いえ、陛下。では続きを」
グラン様に促され、陛下は頷いた。
そして陛下は再び語り始めた。
「余は、随分と前から脅され続けていた。家族を人質に――」
マグナクルス国王陛下は随分昔から、ザイン宰相に脅迫まがいの事をされ続けていた。
それは王妃エリザベート様と、御子息のシエル殿下についてだ。
陛下の話によれば、身体の弱いエリザベート様はシエル殿下を御出産後、いつ死んでしまってもおかしくないぐらいにお身体を壊されてしまった。高度な医療を続けなければ延命が非常に難しい状態となってしまった。
その為には王宮の医療施設だけではどうにもならなかった。
そこでザイン宰相に持ちかけられたのが、隣国ガルトラントでの延命治療だ。
エリザベート様への深い愛情故に、マグナクルス国王陛下はその延命治療を受けると決めるが、それをネタにザイン宰相に頭が上がらない状態となってしまったのである。
何故ならガルトラントはエリザベート様の延命治療をする代わりにザイン宰相を通してヴィクトリア王国の内政や資金の横流しを要求していたからである。
それを陛下は黙って認めたのにはわけがある。
「全ては余の愚かな寵愛のせいだ……」
エリザベート様の延命治療はある意味非人道的であった。
何故なら彼女はすでに人としては死んでしまっているからなのである。
シエル殿下をご出産後、エリザベート様はすぐに昏睡状態に陥り、そして一度は心停止となり亡くなった。
それを無理やり魔導技術で蘇生させ、身体だけは生き返る事が叶った。
しかし大脳の機能は損なわれ、目を覚ます事はなく、生ける屍、つまりは植物人間状態となってしまったのである。
それでも彼女を生かし続けたかった陛下は愚かな選択を取り続けしまった。
それがザイン宰相の傀儡となり続けた理由であった。
「だが先日、私は知ってしまった。もはや私の希望は……潰えていた事を……」
陛下は月に一度、ガルトラントへ赴いてはエリザベート様が目を覚まされるかの確認をしに行っていた。しかし彼女は変わらず目覚めぬまま、生ける屍となっていた。
それでも彼女は生きてくれているという希望だけが陛下の心の支えであったが、ある日から突然、エリザベート様に会わせてもらえなくなったのだという。
ザイン宰相が言うにはエリザベート様に新たな新薬を試して目を覚まされるか臨床的に実験している為、しばらくは隔離しているとの事だったらしい。
だがそれが一年近くも続きエリザベート様の姿すら見れなくなってしまった陛下は、信頼する者をガルトラントへと送りエリザベート様の容態を調査させに向かわせた。
そこで発見されたのはすでに事切れていたエリザベート様の姿だったのである。
「それを知った余にはもはや生きる希望も無くなったのだ……。だからこそ、これまでの断罪も兼ねて今日この日を、余とザイン宰相の終わりの日にしようと決めたのだ」
「何を仰っているのです!? シエル殿下がいらっしゃるではありませんか!? 陛下とエリザベート様の大切な御子息が……!」
ガウレル徴税官が声を荒げる。
「もはや隠し立ても無意味だからこの場で言おう。シエルは……死んだ」
「「!?」」
その場にいたほとんどが私も含め、その言葉に目を見開いて驚愕させられた。
「シエルはある日から難病を患い、そしてその回復すらも見込めなくなった。魔力変異症という難病を……」
そう。
その事は宮廷官たちの多くにも知られていない事実だ。
知っているのはごく限られた者たちだけ。
それをこうして発表すると言う事は殿下は本当に……っ!
「シエルは先日、眠るように息を引き取った。全ての想いを余に託して……な」
「シエル殿下が……そんな……」
リアンナ長官や他の事実を知らされてなかった宮廷官たちも悲痛な表情を浮かべている。
おそらくそれは……私もだ。
「だ、だとしたら尚更陛下が退位されては困るではありませんか!?」
ガウレル徴税官の言葉を聞いて私はまさか、と思いヴィンセント・ゴルドール卿を見た。
彼は相変わらず黙したまま、成り行きを見守っている。
もしやこのまま陛下は、ロハンに王位を譲ると宣言するのか?
それを見守る為に、ヴィンセント卿は初めて賢人会議に参加したのか?
「大丈夫だ。もう即位させる者は決まっている。シエルの強い意志を汲んでな」
「そ、それは……!?」
ヴィンセント・ゴルドールに仕える従者であり、マグナクルス国王陛下の側室の子、ロハン以外にはあり得ない。
シエル殿下が死んだという事は側室の子ら以外他に王位継承権のある者などいない。
ふっ、と小さく笑うヴィンセント卿の横顔が目に入った。
もしそうなると、ここまで全てヴィンセント卿の策略である事も考えられなくもない。
そしてザイン宰相とヴィンセント卿が裏で繋がっていて、この流れになるように仕組んでおけば、結局はザイン宰相の一人勝ちという事に……。
私は自分のこの想像に嫌悪感を催した。
もし本当にそんな事になれば、この国は……。
「即位させる者の発表は後日、行なう。その決定はもはや揺るがない。余はもう疲れた。余が退位し、新たな王の即位式についても後日改めて発表する。後の事はグラン近衛兵とナーベル法官、それにガウレル徴税官に任せる……」
マグナクルス国王陛下の顔からはすでに生気を感じられない。
きっとエリザベート様とシエル殿下のお二人を亡くされて絶望の淵に立たされているんだ。
「最後にこれだけは守ってくれ。シエルが亡くなった事をここにいる者ら以外に口外する事だけは硬く禁ずる。シエルの事は……グラン近衛兵の言葉に従うように」
そう言い残し、マグナクルス国王陛下は力無くこの場から退出して行った。
賢人会議はこうして、多くの信じ難い事実と変革をもたらして終わりを告げたのである。
次章が最終章となります。




