74話 リアンナ長官と。
もしシエル殿下が亡くなった場合。
現状なら王位継承権はロハン・ミュッセンが最も高い。
王位継承問題のその前にロハンがヴィンセント・ゴルドールの正式な養子となっていたと仮定する。
そしてロハンが王位継承権を得ればその義父でもあるヴィンセント・ゴルドール家は当然王父となり今現在よりも高い権力を持つ事となる。
しかも以前リヒャインから聞いた話によれば、ヴィンセント卿がロハンを従者に迎えたのは七年も前だという話だ。
シエル殿下が魔力変異症を患ったのも七年前。
もしも、魔力変異症が人為的なものだとして、シエル殿下を最初から殺すつもりで練られた計画なのだとしたら。
「なあデレア。それってシエル殿下が継承しなければの話だよな? あんなに元気そうなシエル殿下が王位継承を蹴るとは思えないぜ?」
アレはそう思わせる為の大舞踏会だったのだろう。
だが、これ以上の事をリヒャインに伝えるわけにはいかない。魔力変異症の事も、シエル殿下の事も。
「ああ、その通りだ。まあ、ただの私の憶測だ。シエル殿下が無事王位を継承するなら、何も起きないだろう」
「だよな。となるとマグナクルス国王陛下を失脚をさせたがってるのはシエル殿下って事か。実の親父を王の座から引き摺り下ろしてさっさと王位を奪い取りたいって事かね。なんともおっかねえ話だわ」
そうだ。
シエル殿下の事を知らなければ当然そうなる。
だがリヒャインにはそう思わせておくのがいいだろう。
どちらにしても情報が足らない。
グラン様にも色々聞く事が更に増えてしまったな。
「っと、わりぃ、長居しちまったな。そんじゃデレア、俺様は仕事に戻るぜ。またな!」
「ああ……じゃあなリヒャイン」
複雑な心境で私は彼を見送った。
●○●○●
賢人会議まで残すところ三日となった夜。
私は中々寝付けずに、王宮内を散歩していた。
次の賢人会議、成り行きでナザリー先輩から押し付けられて私は書記をやる事になったが、どうにも嫌な予感がしてならない。
リフェイラ邸、カタリナお母様が囲っている少女、リビアとデイブ魔導卿との関係性。
賢人会議で起きるかもしれない事。
それらをハッキリさせる為にもグラン様に早くお会いしたい。
「グラン様……一体どこに行かれてしまったのですか……」
カイン先生に聞いてもわからないとしか言わない。衛兵らの詰所にも行ってみたが、仲間の衛兵らもグラン様は外出したきり帰ってきていないと言っていた。
彼に会わなければ、何もわからないままだ。
「私だけでは……なんて無力なんだ……」
グラン様に会いたい。
話がしたい。
それは果たして、多くの謎を解き明かしたいからなのか。それとも……。
「あら、デレアさん?」
私がそんな風に考え込んで夜月が見える回廊を歩いていると、不意に背後から名を呼ばれた。
「これはリアンナ長官。深夜にどうされたんですか?」
「それはこちらも同じセリフね。……もしかして賢人会議の事かしら?」
「……まあ、そんなところです」
「そっか。じゃあ少し気分転換に二人で飲みましょうか?」
リアンナ長官はニコっと笑って手に持っていたお酒を見せつけてきた。
「私も眠れなくてね。厨房から私のキープしておいたボトルを一本持ってきちゃったの。どう?」
たまには夜酒も悪くないか。
「お供いたします、長官」
私は頷いて、彼女の部屋へと付いて行った。
長官の寝泊まりしている寄宿舎の部屋は、私の部屋からはそう遠くない。同じ階層の一角だ。
造りも似たような寄宿舎だし、内装もそう代わりはないと思っていたが、存外、リアンナ長官の部屋にはある意味目を奪われた。
「これは……」
実に可愛らしく乙女、乙女していたのである。
ピンク色のカーテン、ピンク色のベッドに布団。子供が好きそうな刺繍やジュエリー、可愛らしいお人形のシリーズなどが所狭しと並べられていたりもした。
「あはは、どう? 驚いちゃったかしら?」
「はい、ギャップが……」
「私、可愛い物に目がなくてねー。こんな子供っぽい性格だから四十にもなって売れ残っちゃったんだろうけどね。さ、その辺、適当に座っちゃって」
リアンナ長官は独り者だったのか。というか四十だったのも驚きだ。見た目はまだ全然二十代にも見えるほど若々しいのに。
「いただきます」
「はーい、かんぱーい」
グラスに注いだワインを互いに重ね、私たちはそれを舌で味わう。
んー……渋みが少なめで、美味しい。
私は気付けばコクコクとワインを飲み干してしまっていた。
「あら、デレアさん、随分いけちゃうクチなのね。おかわり、注いであげるわ」
「ありがとうございます」
実は私は結構酒好きだ。
リフェイラ邸にいた時も深夜で寝付けない時はこっそりと厨房から適当なアルコールを拝借していたからな。
「ところで、ミャルさんに監督されながら文字の練習をしているけれど、そっちの方はどうかしら?」
「うーん、多少マシになった程度ですね。相変わらず下手くそですよ」
「そうなのねぇ。デレアさん、尚書官として書類整理の仕事も蔵書の整理も人並み以上にこなせるし、記憶力がとんでもなくいいからすっごい新人だわって私も思っていたけれど、そこだけが残念だったわよね」
「まあこればっかりは仕方がないです。一応読める字で書くようには心掛けますよ」
「それは本当にお願いね。でもあれね、気に病んでる事はその事じゃなさそうね?」
「……まあ、色々ですね」
「グラン様、かしら?」
「な、なんでそこでグラン様の名前が出るんですか?」
「だって聞いたわよーデレアさん。グラン様の事大好きなんでしょ?」
クソボケ先輩のミャルーズだな。
やっぱりあいつ、いらん事言いふらしやがった。
「別に大好きとかじゃないです。ただちょっと話が合うので、話してるだけです!」
「えー、嘘よ。だってもう二人は色々あったんでしょ?」
「色々ないです!」
「だってキスしたって言ってたわよー?」
「し、しし、してませんッ!!」
「あー、その反応はしてるなあ? このこのー! 私だって最近ご無沙汰なのにぃ!」
「うひゃああ! ちょ、ちょっと長官! わ、わ、脇をくすぐるのはやめ、やめ、やあひゃひゃひゃひゃ!」
「白状しなさーい! グラン様とはどこまでいったのー!? これは長官命令だぞう!」
尚書官の奴らは基本権力を振りかざしてくるの、なんなの!? 本当に面倒くさいんだが!
散々にくすぐられて涙が出るほど笑わされてから、私はようやく解放された。
「……デレアさん。でも本当に何か悩んでるなら教えて欲しいわ」
「そう、ですね……」
言えるわけがない。
確かにグラン様の事で悩んではいるけれど、それは単純に異性としての恋の問題だけではないからだ。
……いや、別に恋してるわけじゃないけどね?
「私はねデレアさん。次の賢人会議、実はデレアさんにも出てもらえてホッとしてるの」
「え? 何故ですか?」
「最近の賢人会議はとても重苦しいし、何より重大な取り決めごとや法案がぽんぽん生まれてくるのに、それを漏れなくミスなく記録しなくちゃいけないという重圧がもの凄いのよ。ナザリーさんは前回、それで参っちゃっててね」
「でも私も上手くできる自信なんてないですよ……」
「ううん、そんな事ないわ。あなたには優れた頭があるもの。国璽騒動の時も、その他の記憶力に関してもね。おそらく現尚書官で一番尚書官として向いているのはあなたよデレアさん」
「そんな、買い被りすぎです……」
「そんな事はないわ。実はあなたがカリンさんと記憶力で競い事をしていたのも知っているの。あなたのその記憶力はとても素晴らしいわ。重要な会議の書記として最適な人材よ。だから本当に期待しているの。ううん、期待どころじゃない、私の方が胸を貸してもらうつもりでいるくらいよ」
リアンナ長官は責任感の強い、立派な尚書長官だ。普通に頭も良いし真面目だし優しいしとても気がきく。
私も王宮に来てから長官には幾度となくお世話になった。彼女はとても甲斐甲斐しく私の面倒も見てくれた。
そんな彼女でも賢人会議のプレッシャーにここまで気圧されているのだという事だ。
幸い、私の力ならどんな言葉も聞き取れさえすれば必ず漏れなく記録できる。
私は少しでもリアンナ長官の力になれるなら、と思い賢人会議、頑張ろうと思った。
「だから、どうかよろしくお願いします」
リアンナ長官はそう言って深々と頭を下げた。
「そんな、やめてください。私の方こそ長官にはたくさん感謝しているんですから。こちらこそよろしくお願いします、長官」
私も同じく頭を下げてよろしく返した。
「ありがとうデレアさん。でも本当にその胸を借りさせてもらうつもりよ」
「はい」
「その大きな胸を、ね。うふふ」
「ど、どこを見て言ってるんですか!?」
「デレアさん、本当に胸の発育がいいわよね。頭が良いとお胸も大きくなるのかしら……? というか基本的に全体的なプロポーションもいいわよね。尚書官の制服を着ていると胸のアンダーとくびれ具合なんかが際立っていて、とてもそそるものがあるわ」
いやいや、あんたおっさんか!?
「か、揶揄わないでください!」
「言ったでしょデレアさん。私、可愛い物には目がないって。うふふ、今夜は返さないわよぉー?」
どうやら私の貞操はここまでかもしれない。
などと、私は酒に釣られて付いてきた事に若干後悔しつつも、リアンナ長官と共にその晩は過ごしたのだった。




