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73話 王位継承問題

 リフェイラ邸、カタリナお母様の書架を暴いてから数日後。


 王宮、尚書官業務室にて。


 私が今日もミャル先輩に監督されながら単語の書き取り練習をしていると。


「失礼致します。デレア尚書官は本日、いらっしゃいますか?」


 業務室に、ひとりの礼儀正しい衛兵が敬礼しながらやってきた。


「はい。私がデレアですが、どう致しました?」


「ああ、良かった。実は昨日から配属された見習い衛兵がずっと昨日からデレア様に会わせろ会わせろとしつこくて……」


 見習い衛兵……。


 まさか。


 と、私が嫌な予感に警戒するや否や。


「よおーッ! ははっ、本当にデレアだ!」


 礼儀正しい衛兵の背後から、馬鹿みたいな大声で現れたのは久しぶりのアイツ。


「ふう、リヒャインか」


「おう! 俺様だ、リヒャインだ! 覚えててくれて嬉しいぜー」


「お前みたいにインパクトの強い馬鹿、色んな意味で忘れるわけがないだろう……」


「ははは! そりゃそうか、なんせデレアだもんなあ!」


 私に遠慮なく近付いてきて、背中をバンバンと叩きながらリヒャインは笑った。


「あの……えっと、あなたは誰かしら?」


 ミャル先輩が当然の疑問をぶつける。


「あー、突然すんません。俺様はリヒャインってもんです。このデレアとはダチなんすよ」


「そうなのデレアちゃん?」


「いいえ、ただのクソ虫の一匹です」


「うぉぉおいッ! そりゃねーだろデレア!」


「ふん。いつ私がお前と友人になった?」


「相変わらずツンツンしてんなー。けど、その実、お前ってば、他人想いの優しい奴なんだよな!」


「な、何を……」


「俺様はよーくわかってっからな! デレア、お前がめっちゃ優しいお姉さんだってよ!」


 さてはドリゼラだな?


 アイツめ、余計な事をリヒャインに吹き込みやがって。


「ま、とりあえずお前のツラを拝めてよかったぜ。また暇な時遊びにくっからよ。ドリゼラにもよろしく言っといてくれよな!」


 リヒャインはそう言い残して、尚書官業務室からやっと去って行った。


 まったく、相変わらず騒々しい奴だ。


「なんだか変わった人と仲良しなのね、デレアちゃん」


「別に仲良しなんかじゃないです……」


「またまたぁー。それにしてもデレアちゃん、さっきの言葉遣いは中々迫力があったわね!」


 あ、やべ。つい素の口調で話してた。


 不味ったかも。


「デレアちゃんったら、いつもは猫を被っていたのねー?」


「い、いえ……そういうわけでは……。あの、できたらさっきの言葉遣いの事は内密に……」


「ふふふ、わかったわよ。でもこれ貸しひとつ、だからねー!」


 くそ、ミャル先輩みたいなタイプに貸しなんて作るもんじゃないというのに。


 あの馬鹿のおかげでまた面倒事の火種が生まれそうな予感しかしない……。




        ●○●○●




 リフェイラ邸から王宮に戻った後、私はグラン様にお会いしようと彼の居場所をカイン先生に尋ねたのだが、カイン先生もどこにいるかわからないと言っていた。


 グラン様は近衛兵なので基本は国王陛下の傍に付いている事が多い。しかしここ数日は何やら別件で外に出ていたらしく、王宮で会う事が叶わないでいた。


 王宮の医務室がカイン先生の常在場所なのだが、グラン様は頻繁にカイン先生のもとにはやってくるので、私が探していた事を伝えておくと言ってくれた。


「……早くグラン様にリビアの事とか伝えたいんだけどな」


 私はお昼休憩中、第三蔵書室内にて軽食のサンドウィッチを摘みながらぼやいていた。


 グラン様に会って、色々な事を相談したかったのに。


 どちらにせよ、賢人会議の日までもう間も無い。


 カタリナお母様の件よりも先にそちらに重きを置くかと考えていた時、第三(ダイサン)の扉が勢いよくバンッと開かれた。


「よ、デレア! また来たぜ」


「……リヒャイン。お前なあ、私は今お昼休憩しながらも仕事をしているんだよ。それと扉は静かに開けろ。本たちが驚くだろう」


「本が驚くってどういう事なんだよ……。いや、ちょっとお前と二人きりで真面目な話がしたかったんだ」


 リヒャインはそう言うと、第三の扉の鍵を内側から閉めた。


「デレア、話はある程度聞いてるぜ。お前んところの母君、妙な事してるかもしれねぇんだろ?」


「ドリゼラから聞いたのか」


「ああ。安心してくれ、もちろん誰一人他言はしてねぇからよ」


 まあドリゼラも馬鹿では無いし、コイツの事を信用して話したのだろうな。


「それでな、ちょっと俺様の方でも最近妙な噂を聞いてるんだよ」


「妙な噂?」


「とある公爵家の人間が謀反を起こすんじゃないかって話だ」


「なんだって?」


「現国王陛下、マグナクルスに対して反発心を強く持つ宮廷貴族がいるってのはお前も多少知ってるだろ? その一部がな、水面下で暗躍してマグナクルスを国王の座から失脚させようとしているんだと」


「……ふむ」


「それでな、近々行われるなんちゃら会議で国王の問題点や悪事を列挙して、その内容をもとに国王を王国裁判に掛けるんだそうだ」


 まさか次の賢人会議の日か?


 くそ、これは本当に厄介な事になりそうだ。


「何故そんな事を……。そもそも私はマグナクルス国王陛下の事をほとんど知らないし、だいたいそれで国王陛下を陥れたら次の王位継承者はどうなるんだ?」


「ん? そんなの、シエル殿下に決まってんだろ?」


 ……なるほど、そういう事か。


 マグナクルス国王陛下を失脚させる事ができたなら当然、王位継承問題になる。

 

 しかしシエル殿下は今現在、あのように伏せっている。


 となれば王位継承権は側室の子かヴィクトリア王家ゆかりの親類になる可能性が高い。


 そうなるとだいぶ絞られてくるな。


 側室の子といえば……確か。


「……ま、まさか」


 私は重大な事実に気づいてしまう。


「あん? どうしたんだよデレア?」


「おいリヒャイン! 以前開かれた大舞踏会の主催者である公爵のヴィンセント・ゴルドール卿には確か子宝に恵まれないと言っていたな!?」


「あ、ああ。それでロハン・ミュッセンのようなマグナクルス国王の側室の子らを数人従者として雇って、養子にする予定らしいって話だな」


 見えてきたぞ。


 まず、この国の法は根本的に王家に甘くできている。


 その為、国王だけは幾人もの側室を持つ事が許され、そして側室たちだけの後宮もある。


 後宮はこの広大な敷地を持つ王宮に隣接して建てられているが、大きな壁で仕切られており外部から中は見えない造りになっている。


 マグナクルス国王の正妃であるエリザベート様は、この王宮にいるのだが、シエル殿下をご出産された後、身体を壊してしまい、ほとんど表舞台に出る事はなくなっていた。


「ヴィクトリア王国民法令第二百七十六条を知っているか?」


「あん? そんな俺様が知るわけねーよ。それがどうしたんだ?」


「二百七十六条。王位と家督の継承権は基本的に長子相続および代襲相続の序列となり、直系に子孫がいない場合は傍系に継承される」


「へぇー? で、それがどうかしたのか?」


「現王位継承権の序列は当然長子のシエル殿下だ。だが、もしシエル殿下が継承しない場合、次の序列は誰になる?」


「んん……確か正妃エリザベート様との子はシエル殿下しかいねえはずだから、次の継承権は……側室の子供とか、か?」


「ああ、そうだ。マグナクルス国王の側室は九人はいると聞いている。そして側室との子は七名もいるともな。その七名の側室の子らの序列はどうなると思う?」


「そういうの詳しくねぇんだよな。どうなるんだ?」


「歳の順だ。そしてロハン・ミュッセンはその中でも一番歳上でシエル殿下と同じ十六歳だ」


「じゃあシエル殿下が継承しないならロハンだな。ってか、仮にシエル殿下が王位を継承しないならロハンはゴルドール家の養子にはならないんじゃないか? マグナクルス王の子として表舞台に出すだろうし」


「ああ、シエル殿下が継承しなければ、な。だが、現状ではシエル殿下が王位を継承する予定だ。だからロハンら側室の子は高い身分の家柄の養子になる方が将来的に安定する。このまま行くならおそらくロハンは近々ゴルドール家の養子になるだろう」


「まあ、それはそうだな」


 これはカイン先生らに聞いた話だ。


 マグナクルス国王陛下は非常に愛情深いお方らしく、特にエリザベート様との間に生まれたシエル殿下をとても大切にしていらした。


 王位継承権もシエル殿下以外にはありえないと考えているらしく、それは今も変わっていないのだという。


 そう、マグナクルス国王陛下は魔力変異症を患ったシエル殿下が必ず回復すると信じているのだ。というより、カイン先生らはあの病が必ず死に至るという事は話していないのだという。


 王は側室の子らも愛してはいるそうだが、エリザベート様が忌避する為、王宮には置いておけず後宮に住まわせている。後宮暮らしの子らに関しては自由な暮らしをして良いと放任しているが、それでも王家の資産を自由に使えるわけではないし、金銭的な格差はハッキリとある。


「んー、デレア、お前の言いたい事がよくわかんねえよ? つまりどういう事なんだ?」


「つまりだな、これは王位継承問題の可能性があるという事だ」



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