68話 リペルサーキュラー理論
私はカタリナお母様の部屋には入った事がなかったので、初めて見る室内には多少なりとも目を奪われた。
豪華絢爛な装飾品やアンティーク、見た事もないような分厚い絨毯と不思議な色彩画。様々な物で溢れかえっている。
そして壁側に設置されている大きめの書架。
「あれだな」
私の言葉にマーサが頷く。
「……ふむ。確かにこの棚の本は半分以上が魔導書だな。そして背表紙は確かに水属性の魔鉱石だ」
「それでデレアお姉様。一体これをどうやって解除するんですの?」
「ああ、それを今から説明する。ドルバトスもこっちに来てくれ」
この術式魔導書に込められている魔力は水魔力だ。
水魔力に反応して術式が発動する仕組みになっているのだが、魔力の量、流し方が文字通り鍵であり重要となる。
簡単に言えば棚の中のどの魔導書から順番に水魔力を流していくか、魔導書にどれだけ魔力量を込めるかという事だ。
それを解析する方法が大盗賊ガレファンドの秘伝書に載っていた禁じ手、反発吸引作用理論である。
「まずドリゼラからだ。火の属性魔力を右手に込めてくれ。ただし炎の具現化はするなよ。魔力のみを精製してくれ。その際の精製量は0.30mg/MHだ。少し大きな精製量だができるか?」
「はい、お姉様! そのくらいならもう余裕ですわ!」
「……うん、出来ているな。さすがだ」
「へへへー!」
「よし、じゃあ説明するから一旦魔力を抑えてくれ」
さすがはドリゼラと言ったところか。0.30mg/MHは手慣れた学院卒業後の三級魔導師クラスが扱う大きな魔力量だ。これが余裕なのはやはり優秀な証拠だ。
後は精製した反属性魔力、つまり火属性魔力で水属性の魔導書に触れるのだが、ここがポイントだ。
水属性魔導書として作られた魔導書は当たり前だが、水属性以外の魔力には反応しない。
しかし反属性である魔力に限っては、強く帯びた手で触れると反発反応といって、様々な現象を起こす事がある。その現象は属性次第なのだが、水と火の反発反応で最も危険とされるのは融解現象だ。
高い濃度で水魔力元素と火魔力元素がぶつかり合うとそこで強い反発反応を示し、元素周囲の物質を溶かし始めるのである。
つまり高濃度の水魔力を孕んだ魔導書に高い火魔力で触れると、本と人の手をドロっと溶かすのだ。
「ええ!? それではお姉様、私の手と本が溶けてしまうんですの!?」
「勿論高い魔力を帯びたまま触り続けたらな。数秒程度触るくらいならどちらも見た目では何も起きない」
「何も起きないんですのね? それでは一体何を……?」
「そこで重要なのが水属性を持つドルバトスの出番だ」
水魔力を孕んだ魔導書に、高い火属性魔力でほんの少し触れた直後、水魔力を一定量流し込む。すると、過剰吸引作用という現象が起こる。
反発作用という現象が起きた時、実は反発反応が起きてしまう前から両方の魔力は一気に消耗している。
それはある程度時間を置けば定常値に戻るのだが、その前に適性した魔力を流し込むと僅かな時間だけその魔力をぐんっと一気に吸い込むのである。
そして少し経つと吸い込みすぎた魔力の分を自然放出するのだが、その時に魔力反応が起こる。
その反応量は見た目と感覚でわかる。
見た目では僅かな蜃気楼が起こる。加えて魔力というものは第六感とも言われ、人なら誰しもその感覚を肌で感じ取る事ができる。
「術式として扱う魔導書に込められた水魔力というものは、順番通りに小さな魔力量から大きな魔力量を必要として組み込まれている」
つまり、水属性魔力をどのくらい、どの本から流すのかはその反応魔力量でわかるのである。
「なるほど、理解致しました。まずはドリゼラお嬢様が高い火属性魔力を帯びた手で魔導書を触り、その直後に私が一定の水属性魔力を流す。そして反応を見て、その魔導書が放出した魔力差分を見るわけですね」
「その通りだドルバトス。その差分の大小で魔導書に魔力を流す手順がわかるというわけだ」
「そんな方法があるんですのね……反発作用の危険性までは聞いた事がありましたけれど、過剰吸引作用、というのは初めて聞きましたわ」
「そうでございますねドリゼラお嬢様。このマーサめもこの歳になっても初めて聞く言葉にございます」
ドリゼラだけでなくマーサやドルバトスでさえ知らないのも無理はない。なんせこのレベルの魔導科学は貴族魔法学院卒業後、魔法専門大学か魔法研究所にでも行かないと学ぶ内容ではないからだ。
「ドリゼラお嬢様と私でそれを行い、魔力差分を覚えるのはわかりましたが、この書架にある魔導書はゆうに五十冊は軽く超えてあります。数冊程度なら魔力量の差分からその魔導書に流す魔力の量を感覚で覚えられるとしてもこれだけの量を覚えておくのは……」
ドルバトスの言う通り、普通の人間なら相当に困難である。
何故なら魔力というものは感覚で大きい、小さいとわかるとはいえ、見た目や数字でハッキリ判別できるものではない。
しかも魔力反応は数分経たずに霧散して消えてしまう。
だからこそ、私の出番なのだ。
「安心しろ。私は感じ取った魔力がどの程度なのか、完全に完璧に記憶できる。お前たちが魔力の反発作用を行い、自然放出された魔力の量は私が間違えずに覚えられるから任せろ」
「ほ、本当でございますかデレアお嬢様? この量の魔力感覚を全て覚えられる、と……?」
「ああ、余裕だ」
私は他人の魔力の量も周辺の魔力の量も、まるで数字のように頭の中に記憶されている。
おそらくこれも全ての事象を漏れなく記憶する完全記憶能力のおかげなのだろうな。
「さっすがはデレアお姉様ですわ! やっはりお姉様は天才ですの!」
「魔力のない私にはそれぐらいしかできないからな。だからお前たちは何も気にせず言われた通り魔力反応を起こしてくれ」
こうして私たちはついにカタリナお母様の書架の謎を暴くのだった。




