67話 書架を暴く
迫る賢人会議の日まで残すところ数日となったある日。
ついにドリゼラから書簡が届いた。
その翌日である今日から二日間ほどカタリナお母様が外泊するとの連絡があった為、またリアンナ長官に少しの暇をいただいた。
そして私は今、馬車でドリゼラと共にリフェイラのお屋敷に向かっている。
「それでお姉様。お手紙をくださったという事は……」
「ああ。私の方の準備は整った。おそらく術式魔導書は解く事ができるだろう」
「凄いですわお姉様! しかしそれは一体どんな……?」
先日、禁書庫で読んだ大盗賊ガレファンドの秘伝書を完全に暗記した私は、術式魔導書における理論を逆手に取った反発吸引作用理論という禁じ手を利用して、術式を暴く方法を理解した。
この理論を使って術式を逆算し、術式魔導書の流れ手順を導き出すには対象の魔導書の反属性が扱える人間も必要なのだが、それは火属性が扱えるドリゼラがいるので問題ない。
「ドリゼラとドルバトス。お前たち二人がいれば解読できる。ところでドリゼラ、お前火属性の具現化はちゃんと毎日怠らず訓練しているか?」
「ええ、勿論ですわお姉様。以前、お姉様に言われてから私はちゃんと授業でもお屋敷でも、基礎訓練を真面目に行い続けましたもの。魔力に関するお勉強もちゃんとしていますわ。だから前回の学院の魔力テストでは私は学年成績上位になりましたわ!」
ドリゼラは笑顔で答える。
私は以前に言ったのだ。
ドリゼラには本当に魔導師としての高い素養がある。現状の自分に満足しないでしっかりと基本を学び続けたなら、きっとリヒャインみたいな優秀な魔導師になれるぞ、と。
「っふ、そうか。さすがはドリゼラ。自慢の妹だ」
「え、え! お、お姉様……今、私の事、妹って……」
「そうだろう? お前は本当に凄いよ、ドリゼラ」
「あ、ありがとうございますわ、デレアお姉様!」
「うん、わかったからいちいち抱きつくな」
「へへへー」
っち、こいつ、本当に可愛くなったな。
「……あら? お姉様、もしかして何か香水を付けていらっしゃいます?」
「……ちょっと、な」
「抱きついたらお洋服からほのかに良い香りが……。それに最初から気になっていたんですけれど、その髪型、今日はとても整えられておりますよね?」
「……まあ、な」
「それにそれに、今日はメイクもされてますよね!? いつも絶対なさらないのに!」
「……少しだ」
「だから今日のお姉様、いつもより色っぽくてお綺麗なんですのね!」
「何を今更。お前、散々私の事をブス呼ばわりしていただろう?」
「あ、あれはまだ私が愚か者だったからですわ! 眼鏡を外されたお姉様が実はとてもお美しいの、私は最初から知っていましたもの!」
「なんだ、今更陳腐な世辞はいらんぞ」
「いえ、本当ですのよ。お姉様の瞳は大きくて透き通っててお綺麗で、私なんかよりとっても美人ですの」
「そうやっておだてても、今晩の夜一緒には寝ないからな?」
「あーん、そんな事言わないで、寝るまで一緒にお話ししてください、お姉様ぁー」
「嫌だ。お前はなんかやっぱり怖いから」
「ぶー」
ドリゼラは素直な良い子になったが、なんか本当にちょっと危ない気配もするんだよな。
義理の妹に貞操なんかを奪われたらたまったもんじゃない。
「それにしてもお姉様。もしかして、誰か好きな殿方でもできました?」
「ぶっ、ごほ! ごほ!」
「急な変化はだいたい女が精神的に成長する時と言いますもの。デレアお姉様、さては王宮で素敵な事がありましたのね?」
「ないぞ、ないない」
「あ、珍しく視線を逸らしましたわね! お姉様、王宮で何がありましたのー?」
「言わん!」
こいつにだけは絶対に言わない!
ただでさえミャル先輩にあれからも弄られ続けててうんざりしてるんだからな。
「それにしても今日のお姉様は身なりも格好良くて……それが尚書官のお制服なんですの?」
「ああ。以前は着替えてから出たんだが、今日はギリギリまで仕事をしていたから面倒でこのまま出て来たんだ」
これは本当で、スパルタのミャル先輩から命じられた単語の書き取りを今日も直前までやっていたからである。
「そのお胸に付けているバッジみたいなもの、ギランお父様と一緒ですわね?」
「ああ。宮廷官の証、徽章だ」
「へえー……凄く立派な大鷲を模していらっしゃいますのね」
「ドリゼラ……お前な、徽章を触るふりして私の胸をさりげなく触るのはやめろ」
「え!? だ、だってお姉様ったらそのお制服がボディラインをよく浮かび出してて、美しくてつい……へ、へへへ……」
やっぱこいつ怖いんだけど。
「そんな身体のラインがはっきり出てしまうお制服できっと殿方を魅了したのですわね。一体誰と恋仲になられたんですの!? 大人の階段をお登りになられてしまったんですの!?」
「だ、だから何にもないって言ってるだろう!」
それからもドリゼラから執拗に男の事を聞かれたが、適当にはぐらかし、私たちはリフェイラのお屋敷へと帰って行った。
●○●○●
「さて、揃ったな」
リフェイラ邸、私の私室にて。
ドリゼラとドルバトス、それにフランとマーサの四人で集まった私は早速これからの流れを説明する。
「私の方は術式魔導書の強制的な解読、解呪手順を把握してきた。皆は準備できたか?」
「ええ、デレアお嬢様。奥様の部屋を開けるマスターキーも準備済みでございます」
「了解だ、マーサ」
侍女頭のマーサがマスターキーを持つ事は日常的にもなんらおかしくもないのでこれは問題ない。
「私も今日の日の為に水魔力の精製に尽力しておりました。大した魔法は出来ませんが、水魔力の精製量や速度なら三級魔導師以上くらいにはできるかと」
「ああ、十分だ。ドルバトス」
「デレアお嬢様、私は他の使用人たちが入らないように、カタリナ奥様の部屋の前で見張りでしたよね。その際の言い訳もしっかり考えてありますので、人払いはお任せください」
「助かるフラン。ありがとう」
これで用意は整った。あとはカタリナお母様の部屋に隠された書架を暴くだけだ。
「……再確認だが、みんな本当にいいんだな? カタリナお母様の闇を暴く事で場合によっては大変な事実を知る事になるかもしれない。後戻りはできないぞ」
私の言葉に全員が頷く。
すでにここまで話を進めている段階で、カタリナお母様の闇を暴かずにはいられないだろうが。
「デレアお嬢様。私は家令として今はリフェイラ家の為に尽力しているつもりです。その私の勘が告げています。このまま放置すればリフェイラ家にとって望ましくない、と。ゆえに、この行為がリフェイラ家の為になると信じておりますから」
ドルバトスの言葉にマーサとフランも頷く。
「……ドリゼラもいいんだな?」
「私も覚悟を決めましたわ。カタリナお母様がもしやましい事をしていらっしゃるなら止めたいんですの」
私たちは静かに頷き、行動を開始した。
今夜ついに、カタリナお母様の闇を暴く。
その結末に大いなる闇が孕んでいるとも、まだ知らずに。




