66話 好きとか恋してるとかないんでッ!
禁書庫でグラン様と過ごしたあの日から数日。グラン様とはあそこで別れて以来お会いしていない。
シエル殿下の事も勿論ずっと気には病んでいるのだが、同じくらい考えていた事。
それは――。
「……はあ」
「七回目ねデレアちゃん」
私はミャル先輩に命じられ、今日も単語の書き取り反復練習をしていると不意に彼女がそんな事を言ってきた。
「え? な、何がですかミャル先輩?」
「ため息の数よ。そんなに単語の書き取りが嫌かしら?」
「いえ、そういうわけでは……というか私はそんなにため息吐いてましたか?」
「自分でも気づいていないのね。なるほどねえ……」
ミャル先輩はニマニマと不敵な笑みを浮かべて私の顔を覗き込んでくる。
「グラン・リア様、かっこいいものねえ」
「んっなッー!?」
「わかるわあ。私もあと十年若かったらグラン様の虜になっていたもの」
「な、な、なんでグラン様の名前が出るんですか。関係ないですよね?」
「あら、そう? だってデレアちゃん、グラン様の事、好きよね?」
「は、は? はぁあぁあぁああああッッ!?」
「違うの?」
「全っ然違いますけどぉ!? 私は別にグラン様の事なんてなんとも思っていませんけどぉおお!?」
「その割にはいつもとキャラ違うけど、大丈夫?」
「私はいつもこんな感じですけどぉ!?」
「……アイデンティティが崩壊するほどの衝撃なのね。うふふ、デレアちゃんったら、かーわい」
「何言ってんですか! 揶揄わないでください!」
「別に隠さなくてもいいじゃない。グラン様、超イケメンだし、優しいし、度胸もあって、品もある。まるで王子様みたいじゃない?」
「そ、そりゃあグラン様は凄いと思いますよ。でも、それとこれとはなんの関係もありませんよね? だから私はグラン様の事なんて、なんとも、これっぽっちも考えてなんかいません!」
「えー。でもさあ、デレアちゃん。なんとも思ってない人とキスなんてしないと思うわよ?」
「んっなー、ななななななななななななッ!?!?」
「あっれぇー? もしかして適当に言ったら当たっちゃった? あはッ。もしかしてその先もすでにいっちゃってたり……? 大人の階段、登りすぎちゃってたりー!?」
「ないですないです! それだけは本っ当の本当にないですッ!」
「あ、じゃあキスだけは本当なんだねー! デレアちゃんったらー、あはは!」
「ふああーーーーーーーーーーーーーーーーくッ!!」
私は思わずペンと紙をぶん投げて、顔を隠した。
あかん、恥ずかしすぎて死ぬ。
「ねえねえデレアちゃん! グラン様とはどんな雰囲気でキスしたの? 彼から男らしく迫られちゃった? それともデレアちゃんの方から誘惑しちゃったのかしらー!?」
「ゆ、ゆゆ、誘惑なんて! 私からそんな事するわけ……」
「あ、じゃあやっぱりグラン様からなんだー。へえー!」
「ああー! 違くてッ! 何もしていなくてッ!」
「いいじゃない、別に恥ずかしがらなくても! あなたも乙女なんだから恋のひとつやふたつ、当たり前でしょ?」
「そそ、そんな事より文字の練習しないとッ! ほら! 私の下手くそな字をよく見てくださいミャル先輩! これどうすれば直りますか!?」
「そんなんどーでもいいわよー」
いや、どうでも良くねーだろ!?
私はその為にここにいるんだろうが!?
「それよりさ、あなたってサバサバしてる感じだったから男っ気ないかと思ってたけど、まさかのお相手はグラン様だったとはねー! いやぁ、なんだかお姉さん、楽しくなってきちゃったわあ」
駄目だ!
私の言う事など聞いてもらえそうにないぞ!
「でもねデレアちゃん。競争率、高いのよー。ほら、グラン様って見た目だけでも素敵じゃない? 貴族令嬢からは隠れたファンも多いし、宮廷女官の中にも彼を狙ってる子、結構いるんだからね」
「ふ、ふーん! 別にどうでもいいですけど!? 興味ありませんけど!?」
「何を隠そう、あのナザリーちゃんもグラン様の虜なのよ」
「え!? ナザリー先輩が!?」
「そうなの。彼女ね、グラン様に振り向いてもらいたくって、結構頑張ってるのよー。だから、あなたたち恋敵になっちゃうわね。あ、余計な事言っちゃったかしら?」
「ナ、ナザリー先輩は何を頑張ってるんですか?」
「あらあらぁ? 興味ないって言ってた癖に知りたいのおー? んっふふふ」
この人めっちゃ楽しんでる!
私をおもちゃにしてる!
「だからねー、デレアちゃんもグラン様が好きなら好きってハッキリ公言しておかないと、ナザリーちゃんや他の子に取られちゃうかもしれないわよー?」
「べ、別に! そんなの私には関係ありませんし、大体そういうのはグラン様の意志次第なので私にはどうにもなりませんけど!」
「んー、まあそうねえ。まぁでも、デレアちゃんも乙女って事がわかってよかったわー。んっふふふ」
「だから! 何度も言いますけどッ! 私はグラン様の事なんかなんとも思っていませんッッ! 好きとか絶対ないんでッッッ!」
私は必死にミャル先輩へ説得を続ける。
「絶対、なの……?」
「絶対です! 私に限って男を好きになるとか、そんなんないんで! 特に貴族の男なんてまっぴらごめんですから!」
「デ、デレアちゃん……」
「あんな人の事なんかなんとも思っていませんから! グラン様なんてただの宮廷貴族のひとりとしか見てませんから! 好きとか恋してるとか絶対にないんで、そこのところよろしくッ!」
「あ、あのねデレアちゃん……その、ね……?」
「なんですか!? グラン様の事なんてなんとも――」
私が声を荒げて必死にそこまで言っていると。
「……それじゃあこの書類、ここに置いておくよミャルーズ尚書官」
背後から聞こえたその声に私が振り向く。
「……やあ」
「グ、グラン……様」
「今日も元気そうでよかった。話は聞いているよ。賢人会議の為に筆記の練習をしていると。邪魔しちゃ悪いから私はこれで失礼するよ、デレア尚書官」
いつの間にか室内にいたグラン様はそそくさと尚書官業務室から出て行ってしまった。
全部聞かれていた、らしい。
「あの、ね。デレアちゃん……」
「……はい」
「だ、大丈夫だからね? グラン様はそんなの気にしないから。ね?」
「別に私は大丈夫ですけど?」
「そ、そーお?」
「それよりくだらない話はもうやめましょうね、ミャル先輩」
「う、うんそうね。っていうかデレアちゃん、顔が怖いわよ……?」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「ご、ごご、ごめんねえ? お詫びにあなたがグラン様の事すっごく好きな事、さりげなくグラン様に伝わるようにしておくからね? ね?」
「もうそんなのいいからしばらく黙っててもらえますか」
「あ、はい。すみません……」
今まで感じた事のない様な煮えたぎる感情を抑えて、私は再び筆記の練習にせいをだした。




