63話 最後の抗い
「……え?」
グラン様がきょとんとした表情で私を見ている。
「ふざけるなって言ったんだ。読む価値はない? 時間の無駄!? ふざけるのも大概にしろッ!」
「デ、デレア……?」
私は我慢できずにグラン様の胸ぐらを思い切り掴み上げていた。
「お前が言ったんだろう!? デモンズヒストリアが駄目なら他の禁書を読み漁ってみるしかないって! 私にここの本を可能な限り読んでもらいたいって! そう言ったのはお前自身だろう!?」
「そう……だが……」
「だったらやれる事をやれッ! やる前から諦めるな! グラン様がそんなんじゃ私は……私は一体、どうしたらいいんだ!?」
「デレア……」
「私だってなんとかしたい! シエル殿下を助けられるならどんな方法も試してみたい! だが、それにはどんな些細な情報だって集める必要があるだろう!? 知識が必要だろう!? 読む価値がない本などこの世には存在しないッ!」
「それは……」
「期待していた本が駄目なら全ておしまいか!? ちょっと躓いたら絶望するのか!? そんな……そんな捻くれたグラン様なんか大っ嫌いだッ!!」
気づけば私は目頭を熱くして、涙を流していた。
悔しくて、悲しくて、どうしようもなくて。
彼の気持ちがわかるだけに、自暴自棄になりかけてるその気持ちがわかるだけに、感情が抑えられなかった。
「デレア……私は……」
「う……ふぐ……うぅ……うううぅぅぅぅぅ……ッ!」
「デレア……すまなかった……」
「ううううぅぅぅ……」
私はどうしたらいいかわからなくて、ただうめいて、泣いて、彼の胸元を叩いていた。
「すまなかったデレア。私が悪かったよ、本当にごめん」
「ひっく……うぅ……うぅ……」
「ごめん、デレア。許して欲しい」
「……うぅ」
「キミの言う通りだ。私は記憶の消されてしまうデモンズヒストリアに過度な期待をしすぎていた。元々キミの記憶にすら残らなければどうしようもなかったというのに……」
私は彼の胸元に顔を埋めて、黙っていた。
「本当にすまない。この通りだデレア、許してくれ」
彼はぐいっと私を引き離し、そして深々と頭を下げてくれた。
「……ぐす」
私は涙を拭いながらそんな彼を黙って見据える。
「……つむじ」
「え?」
「つむじーーーーッ!」
「わ、わあああ!? い、いたたた! か、髪が抜けるぅ!」
私は頭を下げていたグラン様のつむじを指差して、そしてその指先を当てて、ぐるぐると巻いてやった。少し髪の毛が絡み付くように。
それからプイッと彼から背を向けて、
「これで……許してあげます」
「デレア……」
「もうあんな風にならないでください」
「はは、わかった。許してくれてありがとうございます姫様」
グラン様の前で怒って、泣き喚いた事が恥ずかしすぎて、私は彼に背を向けたまま、そして頷いた。
どうしてグラン様の前だとこんなにも感情が色々抑えられないのだろう。
でも、あんなグラン様の姿を見ているのはとても苦しくて切なかったのだ。
「デレア、キミは強いな」
「私は強くなんか……」
「まるで、野に咲く草花のようだ」
「む。それ、雑草って事ですよね?」
ようやく平静さを取り戻してきた私も、彼の方へと向き直す。
「そうだね。誰に媚びる事もなく、誰に見られる事もなく、気高く強い可憐な一輪の華だ。キミはその強さが魅力的だよ」
「うーん……それは喜んでいいやら悪いやら……」
「はは、褒めているつもりだよ。それにさっきまでの素の口調が何よりもキミらしかった」
は……ッ!
そういえば私さっき、敬語ではなく素のまま怒ってしまっていた。
『ふざけるな!』
『お前が言ったんだろう!』
そんなような事を口走っていた。
さ、さすがに不味いかも。お前呼ばわりしちゃったし……。
「そ、その……先程は無礼な物言いをしてしまって申し訳ございませんでしたグラン様」
「いや、なんだか嬉しかったよ。私はどちらの口調のデレアも好きだからね」
「好ッーー!?」
「おや、また照れてるね。やっぱりデレアは可愛いな」
「んー……! もう!」
私は再びぷいっと彼から背を向けた。
●○●○●
それから私とグラン様は残り二日間にも渡り、禁書庫内の本を手当たり次第に読み漁ってみた。
寝不足になるほど読み続けた。
たくさんの本を読む合間に、大盗賊ガレファンドの秘伝書も拝見させてもらった。そこで私はようやく術式魔導書を鍵とした場合における術式の強制解除法を学ぶ事ができた。
その他にも信じられないような知識や真実、物理学や数式、魔導学をたくさんに知る事ができた。
しかしたったの三日間では全ての本を読む事は叶わず、最終日の今日にはこの部屋から出されてしまう事に寂しく感じていた。
「なんだかあっという間の三日間だったね」
「そうですね。でも、とても楽しかったです」
「うん、私もだ。何よりキミとこんなにも一緒に入れた事が一番嬉しかったよ」
グラン様はあれから、一度たりとも私に魔力変異症について尋ねてくる事はなかった。
私もその話題を出せずにいた。というのも、ここまで読んできたが案の定魔力変異症に関する情報はそれ以上得る事はなかったからである。
「このままキミとここで、何も考えずに本だけを読んで過ごせればどれだけ幸せだろうな」
グラン様は笑って言ったが、その言葉に私は胸が痛んだ。
おそらく彼は張り裂けそうな胸の内をしまいこんでいるのだろう。
「……グラン様。お願いです、聞かせて欲しいんです」
「なんだいデレア?」
「シエル殿下とは本当は一体どういうご関係なのですか?」
「……」
しばし彼は黙ってしまった。
だが、どうしてもただの親友なだけには感じられなかったのだ。
「……殿下とは幼馴染でね。ずっと兄弟のように過ごしてきたんだ。私と殿下は同い年でさ、彼とはずっとこの国の将来、未来についてよく語り合っていたんだ」
「そうだったんですね」
「殿下はとても思考が柔軟で、斬新な考えを持つ方だった。この国の在り方、法律をいちから見直すべきだとよく私に豪語していたんだよ」
「だからグラン様はそんな風に国民の事を想うシエル殿下の意思を引き継いで、様々な法改正や差別を無くそうと尽力されているんですね」
「そうなのかもしれないな。だからこそ、私はシエル殿下には生きててもらいたいと、心から願っている……」
話の行き着く先はやはりそうなってしまう。
だがしかし、魔力変異症に対する有効な手段はない。
常時魔力が変化していく事に内蔵系への負担が大きく、体力を奪われていく。
あの様子では近いうちに別の合併症を引き起こすだろう。
そうなり始めたら、余命は長くない。
「……グラン様。ひとつだけ、伝えていない事があります」
私は意を決してグラン様に伝える事にした。
それはデモンズヒストリアの最終章に記されていた禁術。
最後の手段。
「伝えてない事、とはなんだ?」
「魔力変異症への最後の抗い方です」
「な、なんだって?」
「原因も治療法もわからないこの病。確実に死に至らしめる難病。何もかもをその病によって奪われてしまう前に、彼を喰らうのです」




