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61話 望みは……。

 ――二十四時間以内に死に至る。


 そう結論付けられた後、そのページにはこう綴られていた。


『この謎の病は原因もわからないまま、その日のうちに罹患者を死においやる恐怖の病だが、幸い発症率が極端に低い。魔力の変異が起きてしまったら諦める他ないだろう』


 絶望的な一文だった。


 しかし理解してしまった。


 魔族にとっても魔力変異症という病に対して、原因も対策もわからないのだと。


 人間のシエル殿下がすぐに死に至らないのは、魔族とは身体の作りが違うから、なのだろうか。


「デレア、その、すまないが読んでくれないか? 私には古代エルフ語は難しすぎて僅かな単語しか読み取れないんだ」


「……ッ」


 私はなんて答えようか迷った。


「何かわかったなら教えてくれないか、デレア」


「……そ、その、グラン様はこの禁書、デモンズヒストリアを読んだ事があるのですよね?」


「ある、と思う。だがさっきも言った通り、私には読んだ記憶も内容も、それに関するメモも全てが無くなっていた。カイン先生にも試してもらったがやはり読ませた後、読んだ時に関する記憶が全て消えている。そこで調べたところ、この魔導書にはそういう術式が仕掛けられている事が判明したんだ」


 そうか。


 そうするともしかしてグラン様はすでに何度もこの本を読んでいたのかもしれない。それも読むのが困難な古代エルフを膨大な時間をかけて解読しながらじっくりと。


 しかしその都度、術式によって全ての記憶を消されてしまっているとしたら。


「……おそらくデレア、キミの想定通り私は何度もこの本を読もうとしている。けれど気づけば読もうとした直前の記憶までしかなくなっていた」


 やはりそうなんだ。


「……そうなると今、ここで私がグラン様にこの内容を伝えたとしても、グラン様の記憶にはおそらく残りませんよね」


「うん、そうだね。多分この状態では駄目だ。魔導書を閉じて術式が発動し、その後で仮にデレアが記憶を持ち越せた後じゃないと、おそらく消えてしまうだろう」


「……じゃあ全てを読み終えて、それでも私の記憶が残っていたらその時、初めて話します」


「何故、今は教えてもらえないんだ?」


「……言っても意味がないから、です」


「……そうか。記憶から消えちゃうなら言っても無駄だものな。わかった。デレアが読み終えた後で教えてもらうよ」


 先延ばしにしてしまった。


 だが、おそらくこの魔導書に解決案はない。


 何故なら、先程の文の続きにはこうあるからだ。


『この稀有な病を魔力変異症と名付け、不治の病と断定。空気感染等は知る限りではほぼ無い事から被害の拡大は考えにくい為、この病に関する記録はここまでとする』


 つまりこの魔導書を最後まで読んでも、もはや解決策はわからないのだ。


「もしデレアがこの魔導書の事を覚えていれば、シエル殿下をお救いできるかもしれない。私は何があっても殿下をお救いしたいのだ……」


 グラン様の言葉が私の胸に刺さる。


「グラン様と殿下は……仲がよろしいのですね」


「ああ……彼とは昔から一緒に遊んだ仲だからね。王家だの、後継など関係なく彼を助けてあげたいんだ……」


 凄く悲しい目をしている。


「親友、みたいなものでしょうか」


「親友……うん。そう、だね。むしろ自分の一部と言っても過言ではないかもしれない」


 それほどまでに殿下の事を……。


 できる事なら救ってあげたい。


 けれどこのデモンズヒストリアにはおそらくこれ以上は……。


 私はそれでももしかしたら何かしらの打開案のヒントになるかもしれないと考え直し、続きを読み進める事にした。


 一縷の望みに賭けて。




        ●○●○●




 難解だった禁書、デモンズヒストリアもいよいよ最後の十冊目。その後半に差し掛かった。


 九冊目と十冊目は八冊目よりも更に難解な解読方法になっていて、それまでの何倍も読み進めるのに時間がかかってしまった。


「もう深夜だな……」


「すみませんグラン様。疲れておりませんか?」


「大丈夫だ。私のこの魔法、魔力消沈(マギアブレイカー)はさほど大きなエネルギーを必要としない。むしろキミの方こそ大丈夫か? もう八時間近くは読みっぱなしだろう? 本に手さえ当てておけば仮眠くらいはできると思うぞ」


 幸い私は本の寄生虫とあだ名付けられる程に本好きだ。全く苦に感じる事などない。


 しかし尿意だけがそろそろ危ない。何せこの解読、手が離せない(グラン様とも)からだ。とはいえこれが最後の一冊だ。早く読み切ってしまおう。


「私も今はまだ大丈夫ですが、さすがにグラン様にこれ以上負担を掛けるのは気が引けます。残りのページも手早く読み進めますね」


「キミは十分すぎるほど早いよ。あの難解な言語を十冊も……しかも解読しながら読み進めるのは実に難儀だ。もし私一人でこの作業をしていたらきっと何日も掛かっていただろう」


「それだけが取り柄、ですから」


「それだけなんて事はないよ。キミには優れているところがたくさんある」


「ありがとうございます」


 褒めてもらえる事に慣れてきたのか、私は笑顔でグラン様の言葉に返した。


 そんなたわいもない会話をしながら、いよいよデモンズヒストリアの最終章に入る。


 このシリーズの歴史書、今の状況で思うのも不謹慎なのだが実に面白かった。


 私の知らない魔族の生活、歴史、営みが事細かに記載されていて、遥かな昔をより鮮明に想像し、思い描く事ができたからだ。


 そして同時に強く思った。


 やはり魔族はヴィクトリア王国の貴族の祖先なのだと。


 地名や地域ごとの風習など魔族の頃の名残りらしきものも読み取れたし、おそらく私の仮説は間違っていない。


「……これは」


 そんな風に考えていると半ば諦め掛けていた単語が再び出てきた。


 魔力変異症。


 もうこの病について触れられていないかと思ったが最後の最後にまたその単語は現れた。


 そして私は黙々と読み進める。


 しかしこれは……。


 私はグラン様の期待には応えられないかもしれない。


 魔導術式によって記憶が消されてしまうならそもそもどうにもならないし、仮に記憶が残されたとしても……。


 私はそんな歯痒い思いを抱きながら、ついに最後のページに手を伸ばす。




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