58話 特質魔力
眠っているシエル殿下の仮面を取り外し、彼の素顔を見させてもらい、身体も触診させてもらった。
頬骨が浮き出てしまい痩せこけているが、その表情は少しだけグラン様に似通っているように見える。
カイン先生の話では、最近は一日のほとんどをこうやって熟睡して過ごしているのだという。そのせいで筋力も衰えていってるらしい。
そして眠っていても両手からは魔力の具現化が起き続けている。特に多汗気味の様な右手の湿気は、この部屋にいる専属の侍女が定期的に拭ってやっているようだ。
この部屋に特殊な術式が施されていなければ、すぐにでも暴走した魔力が暴れ出してしまうだろう。
私がひと通りシエル殿下を診るとカイン先生はすぐに第六へ行こうと言ったので、私はグラン様と共にそちらへ向かう事にした。
「どう思うデレアくん?」
シエル殿下の部屋を出て、地下通路を歩く中、カイン先生に尋ねられた。
「衰弱が深刻ですね。このままだと数ヶ月持つかどうか……」
「そうか。私もそう見ている。だからこそ、キミの様な人材を待っていたんだ」
カイン先生が私を尚書官に推薦したのは、全てシエル殿下の為だったのか。
人前に姿を現さない殿下は、現さないのではなく、現せなかったのだ。
何年も姿を見せない殿下の安否に対し、ここ数年奇妙な噂が立っていた事は知っている。ヴィクトリア王家には世継ぎがいなくなってしまったのではないか、という噂話だ。
そういうのも払拭する為に元気な殿下の姿を見せるのもあって、あの大舞踏会は開かれたのかもしれないな。
だがしかし、あそこまで弱っている殿下に婚約者が出来たとしても、子作りなどさせられるのだろうか。
などと考え込んでいると、いつの間にやら第六蔵書室へと辿り着いていた。
「リアンナ長官からすでに鍵も貰ってある。すぐに入るとしよう」
私とグラン様はカイン先生に言われるがまま、その背について行った。
「うわあ……」
私は思わず感嘆の声色を出してしまう。
仰々しく施錠された鉄扉の内部は、まるで夢の国のようだったからだ。
見た事もない本が、所狭しと並べられているのである。
壁には特殊な紋様も刻まれている。おそらくこちらも封印の術式魔力が込められているのだろう。禁書と呼ばれる魔導書たちはその存在だけで外部に大きな影響を与えかねないからだ。
「こっちだ」
カイン先生に手招きされ、背の高い書架の隙間を奥へ奥へと進む。
「この棚だ」
そして辿り着いた一際大きな棚を指差してカイン先生は言った。
「この棚は一体なんですか?」
「ここに収められている本はその全てが禁書だ。強力な呪術や術式が記された魔導書。はたまた人が知ってはいけない歴史、罪、魔力、裏医学などが記録された文献ばかりだ」
そんな風に言われては、私の中のわくわくが止まらなくなるぞ!
だが、どうせ読んでも良い本は指定されるんだろうな。
「この棚の本全てを自由に読んでいい」
え? マジで!?
「カイン先生、それはさすがに危ないんじゃ? ここの禁書の強い魔力に当てられると……」
「ええ。ですからグラン様が付いてあげて欲しいのです。その為に今日はお二人を呼んだのですから」
「……なるほど」
グラン様は納得したように頷く。
「グラン様を……?」
反対に私が不思議そうな顔をすると、カイン先生も不思議そうな顔をしてみせた。
「ん? デレアくんも聞いてるだろう? グラン様は世にも珍しい魔力消沈という異色な魔力を持つ、特級魔導師だという事ぐらいは」
「え? ま、魔力消沈? な、なんですかそれ?」
私のその反応を見てカイン先生はグラン様の方を向き直す。
「……もしかしてグラン様、その事デレアくんに話しておられなかったのですか?」
「話す機会も必要性もまだなかったからね」
「なんと……てっきりグラン様がお気に入りのデレアくんにはすでに話されているかと思って……」
「ちょうどいい機会だし今話そうか。デレア、私はカイン先生が言った通り、魔力消沈という魔力、魔法を保持している。これは言うなればキミの完全記憶能力と同じように、一般的な六属性魔力の外側にある、特殊な魔力状態だ」
グラン様のお話によれば、グラン様の持つ魔力はその手から具現化させようとすると、手の周囲の魔力を瞬時に失わせていくというとても変わったモノらしい。
対象の付近へと魔力を込めたその手が近づくだけで、対象の魔力を消失させるのだそうだ。
ただ、それ以外に何もできない。
魔力にだけ反応し、消失させるのである。
「デレアとの違いは私の場合、それが自分の外部に及ばせる魔法だからか、この魔力を他人に感知させられるところだ。私の魔力はとても高く感じるだろう?」
グラン様の言う通り、グラン様の魔力は出会った頃から他の人と比べても一際大きく感じていた。
「ようやく納得いきました。だから大舞踏会の時、あの一級魔導師のリヒャインに対して強く出れたし、私の暴走しかけた魔力も鎮静化できたのですね?」
「まあ、そういう事かな。私の魔力消沈は暴走した魔力も失わせ、強制的に正常に戻せてしまうからね。ついでに少し補足するとね……」
グラン様は私やグラン様のような特殊な魔力を持つ者について説明してくれた。
基本の六属性と呼ばれる火、水、地、風、闇、光の六種類の魔力が存在している。そしてそれは貴族として産まれた直後に必ず適性検査ですぐに調べられ、わかる。
貴族として産まれたにも拘らず稀にその六属性に反応を示さない者がいて、そういう者は魔力なしとして産まれたか、特殊な魔力持ちとして産まれたかの二択になるのだという。
「ここで多くの者は魔力なしと判定される。キミのようにね。ただ、私のように高い魔力があるにも関わらず六属性のどれにも適性していない者の事を、特質魔力と呼ぶんだ」
特質魔力持ちがどんな魔法、魔力を扱えるのかは長い年月をかけてその者を調べなければわからない。
そして特質魔力を持って産まれた者は十六歳で成人すると同時に漏れなく特級魔導師という資格を与えられる事になる。
「……謎が解けました。ヴィクトリア王国にて特級魔導師となった者は、王宮にてその存在を管理、監視させられるのですね」
「そうだデレア。何故なら特級魔導師は非常に優れた存在となるからだ。とまぁ、普通の特級魔導師はそれだけなのだが、その中にも更に禁句とされる特質魔力がある」
禁句とされる特質魔力の種類はこの第六に保管されている禁書のひとつに記されており、これは絶対に他言してはならないとされている。
そのひとつが私の完全記憶能力であるとグラン様は教えてくれた。
「だから私の力を誰にも言うなと仰ったのですね。そして私が仕官を推薦された理由もこれで合点がいきました」
理由は二つ。
禁句とされる特質魔力を持つ私を王宮内にて管理、監視する事と、シエル殿下を治す為の知識、知恵を得る事だ。
「そうだデレアくん。キミの類い稀なる力は世のバランスを崩してしまう。キミはその気になれば、その力で如何様にも悪用できるし、キミを利用して悪用する輩も現れる。だからこそ、キミの力は基本知られてはいけないものとされ、そういう特質魔力の存在自体が公にされてこなかったのだ」
「でもリヒャイン様には知られてしまいましたよね、グラン様」
「ああ。あの場では成り行き上仕方なくね。まあ仮にリヒャインがキミの力について口外しようとも、そもそも誰も信じないさ」
確かにその通りなのだ。
仮に自分でそういう力があるんだと言っても、魔力を外部に感じさせないので根本的に信じてもらえる根拠がない。だから私にしてもリヒャインにしても、特別、強制的に口を封じる必要性もないのだろう。
「ついでに言うとリヒャインもじきに王宮での仕事が決まっているんだよ」
「え!?」
「それも後で言おうと思っていたんだけどね。リヒャインは数日後から王宮の衛兵として就任し、私直属の部下になってもらうんだ。元々本人が騎士団希望だったから、まずは見習いの衛兵からだけどね」
なんて事だ。王宮でもまたアイツと会うのか。
「そんな事いつの間に……」
「私の独断と偏見で、勝手に決めた。ははは」
グラン様は笑いながら言ったが、この人、本当にとてつもない権限を持っているんだな……。
「話が逸れた。デレアくんとグラン様のお二人には、ここでしばらくの間この書架の禁書を徹底的に読み解いて欲しいのだ。特にデモンズヒストリアについてな」




