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52話 ドリゼラの想い

「スパイ、だって? それはどういう意味だ、ドリゼラ?」


「……私が産まれるよりも前から、カタリナお母様には薄暗い繋がりがある事は私も知っていました」


 カタリナお母様は確かに得体の知れないところがある。


 例の大舞踏会においてもシエル殿下の特徴を予め知っていた。ギランお父様ですら知らない情報を一体どこから仕入れて来ているのかは確かに謎だった。


「私、お母様に尋ねた事があるんですの。どうやって殿下の髪色を知ったのですかって。そうしたら、あなたは知る必要がないと言われてしまいましたわ」


 私だけではなくドリゼラにすら話していないとなると、余計に怪しさが際立っているな。


「以前、お姉様がリヒャイン様の件で色々とお母様に進言してくださいましたよね。あれ以来、お母様は妙に外出する事が増えましたの。今日の小旅行だって、突然言い出して……」


 外出が増えた、か。


 つまりは外で何者かと密会する機会が増えたと考えるべきだな。


 それは何故か。


 考えられるのは私の吐いた嘘の真偽を確かめる為だろう。


「ドリゼラ。リヒャインの件でカタリナお母様からはなんと言われた?」


「彼とは自由に会いなさいって、それだけですわ」


「……それだけか」


「リヒャイン様の件に関してはそれだけですが、貴族学院において公爵家の者とは親しくするなと言われました。以前まではむしろ逆に自分の家系よりも上位の爵位を持つご家庭には積極的にコミュニケーションを取れと仰っていたんですけれどね……」


 それも私の吐いた嘘のせいだろうな。


 しかしそうなるとあの私の作り話は、完全なる事実無根ではないという事になるのか。


 それはそれで不味い気がする。


「そんな事よりも、もっと大変な事を知ってしまったんですの。お母様は……」


「諸外国のスパイかもしれないというやつか。それは誰から聞いたんだ?」


「はい。家令のドルバトスです」


「ドルバトスが? リフェイラ家に最も忠誠心の高そうなあいつがカタリナお母様の事を……?」


「あ、ごめんなさい。正確にはドルバトスはこう言いました。カタリナお母様のお金の出所が不明だ、と」


「金……?」


「カタリナお母様は昔から派手に高級品を買い漁ったりしていますが、最近は更にお金の使い方が荒くなっているようなのです。帳簿はドルバトスが全てまとめているのですけれど、どうも帳簿の収入と支出のバランスが合わないと言っていましたわ」


「なるほど。その事、ギランお父様は?」


「ドルバトスは話したそうですの。ギランお父様はただ一言、わかったとだけ仰ったとの事でしたわ。ですが不審に思ったドルバトスは独自に調査して……」


 その結果、どうやらカタリナお母様は隠れて何者かと密会し、その者から金銭を受け取ってきているらしいとの事がわかったそうだ。


 問題なのはその相手だ。


「お母様が密会していた相手というのが、ヴィクトリア王国の者ではなかったそうですの」


「それは何故わかったんだ?」


徽章(きしょう)ですわ。お母様の密会した相手の男が着用していた衣服の胸元に、大河川を挟んだ隣国、ガルトラント公国の一部の貴族が付ける徽章(きしょう)が付けられていたそうなのです」


「ガルトラントか……あまり良い噂は聞かない国だな」


「ええ、そうなんですの。非人道的な人体実験をしたり、ヴィクトリア王国から逃亡した犯罪者や不正を働いた貴族たちの亡命先であったりともっぱらの噂の国ですわ」


 王宮でのスパイ騒ぎも実はガルトラント公国からの密偵が一番有力視されている。


 経済力、軍事力だけで言えば一級魔導師も豊富に滞在しているヴィクトリア王国が圧倒的な力を誇っているが、ガルトラント公国には豊富に取れる魔鉱石があり、大量に輸入も受けている為、ガルトラント公国に対して強くはでないそうなのだ。


 もちろん武力をもってすればガルトラント公国に勝ち目などないのは一目瞭然だが、ガルトラント公国にはたくさんの原子力魔鉱炉があり、それに比例して原子力魔導石を用いた武器を量産している。


 もしヴィクトリア王国がガルトラント公国に対し戦争を始めるとなれば、向こうはおそらく命を顧みない特攻兵を大量に仕掛けてくる。


 そうなってしまえば、いくら最終的にはヴィクトリア王国が勝つとはいえ、多大な損害を受けるのがわかりきっている。


 だからこそ、ヴィクトリア王国はガルトラント公国に対し、平等な立場で取引を行っているのだ。


「カタリナお母様はまさか謀叛の手助けでもしているのか?」


「わかりません……」


 そんな中、ガルトラント公国が密かにヴィクトリア王国を内側から崩そうとしている動きが昨今見られているという噂が横行していた。


 なんでもヴィクトリア王国から追放されたとある公爵家の者が、その怨恨でガルトラント公国に入れ知恵をしているのだとか。


 あくまで噂程度であり、真意のほどはわからない。


「ねえお姉様! カタリナお母様は……犯罪者になってしまうのでしょうか……ッ」


 ドリゼラは涙を浮かべ悲痛な表情で私に尋ねてきた。


 彼女にすればカタリナは唯一無二の母親なのだ。心配なのだろう。


「わからない。だが……」


 私はスッと立ち上がり、窓ごしに夜空の星々を見上げる。


「甘い幻想のまま真実を知らずに生きるか、辛辣な事実であっても全てを知ろうとするかはドリゼラ、お前次第だ」


「お姉様……?」


「私ならきっとどんな残酷な事実であってもとことん追求し、必ずその罪を贖わせるだろう。ドリゼラ、お前ならどうする?」


「……カタリナお母様は確かにデレアお姉様にとってはあまり好ましくない人だとは思います。けれど私にとってはとても大切なお母様なのです! 私にとっては優しいお母様なのですわ!」


「ドリゼラ、勘違いするな。仮にカタリナお母様ではなく、私の本当のお母さん……ローザお母さんが同じ誤ちを犯していたとしても、私は同様にその罪を暴き、白日のもとに晒しだそうとするだろう」


「デレアお姉様……」


「だから決めるのはドリゼラ、お前次第だ」


 私は眼鏡を外して振り返り、ドリゼラの瞳をジッと見据える。


「お前の意思次第で私はお前に協力してやる。カタリナお母様の闇を暴かずに、このまま知らないふりをしたいのなら私もそれに合わせよう。そうでないのなら、私は全力でお前に助力してやろう」


「デレアお姉様……私は……」


 しばし俯いて考え込むドリゼラの返答を私は沈黙で待つ。


 そしてついに意を決したドリゼラは私の目を見て、



「全ての真実が知りたい、です」



 力強い瞳でそう答えたのだった。




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