50話 一件落着
「グ、グラン様!?」
私が驚いて声をあげると彼は小さく拍手をした。
「一部始終は聞かせてもらっていた。実に見事で素晴らしい推察力だったよデレア」
「グラン様、何故ここに? これは一体どういう……」
「「おはようございます、グラン・リア様ッ」」
私が戸惑いを隠さずにいると、その場にいた私以外の全員が跪いた。
え?
グラン様?
確かグラン様って普通の近衛兵だったはずよね。尚書官たちが長官も含めてここまでへりくだるなんて……。
「おいこら新人! 図が高い! グラン様の前だ、跪け!」
ヤリュコフ先輩が声を荒げる。
「ああ、いいよいいよ、ヤリュコフさん。みんなも、リアンナ長官も顔をあげて。みんな私より歳上なんだからさ」
「で、ですが……」
「いいからほら、顔をあげてよ。そんな感じじゃ話しにくいだろう? みんな楽にしてくれ」
グラン様にそう諭され、皆はそれぞれ楽な体勢を取るが、それでも顔はこわばっている。
「リアンナ長官、あの……グラン様って……この方ってただの近衛兵、ですよね?」
「ただの、ではないわデレアさん。国王陛下付きの直属の近衛兵で陛下のご意向により、グラン様だけは宮廷内で王太子であるシエル殿下に次ぐほどの権限を持たせられている特権近衛兵なの。権力で言えばザイン宰相と同じくらいよ」
グラン様、そんなにど偉い近衛兵だったんだ。知らなかった……。本当にただの男爵家の子息なんだろうか。
「うーん、そこまでの権限はいらないよって陛下にも言ったんだけどね。陛下も言い出すと聞かないからなあ」
軽そうに言っているがこの人、実は大変に大変な人なのでは、と今更ながらに少し気後れしてきた。
「ともあれこの度の騒動、まさかほとんど答えまで全部出しちゃうんだからキミは相変わらずさすがとしか言いようがないよ、デレア」
まさかこの言い方。
今回の国璽紛失騒動は……。
「もうその様子だと犯人の目星が付いてるね?」
「……まさか本当に、グラン様が国璽を盗ったのですか?」
「「ッぇえ!?」」
私とグラン様以外の全員が声をあげた。
「正解だ。私が部下の兵たちと共に金庫ごと運び出してもらった。相当重かったみたいでみんな苦労していたよ」
「な、何故そんな事を!?」
リアンナ長官が声を荒げて尋ねる。
「すまないねリアンナ長官。これには二つの真意がある。ひとつは先程、そこの新人尚書官のデレア・リフェイラが説明した通り、尚書官たちの動きと本当に諸外国のスパイが紛れ込んでいないかの二重調査も同時に兼ねていた」
私も諸外国からのスパイの話はこの宮廷に務める前、ギランお父様から少しだけ聞かされていた。
そういう不審な動きがあるから宮廷内での行動には気をつけろと念を押されていたのである。
「その為だけにここをこんな風にわざわざ荒らしたのは正直すまなかったと思っているよ。ちゃんと私が後片付けをするから許して欲しい」
その荒らされ方にも最初から疑問があった。
賊にしては綺麗過ぎたのだ。
一見、乱雑に荒らされたように見えるこの部屋だが、壊してしまうと元に戻らないような荒らされ方はしていなかったのである。
だから私は最初から違和感を覚えていた。
「そしてもうひとつは国璽の回収だ。実は国璽の更新を数十年ぶりに行なう事が決まっていてね。もう新しい国璽は出来上がっているんだ。それで古い国璽は内々で処分する事になっていたんだよ」
「そうだったんですか。そんな話、私はちっとも……」
「本当にすまなかったねリアンナ長官。だけど、この国璽処分を利用すればキミたちの動向を見極めさせてもらうのにちょうど良いと思ったんだ。だからわざわざ私は昨夜、女装してまで尚書官業務室の出入り口付近を彷徨いていたんだからね」
それでか。さっきからこの甘ったるい香りの正体。
「それでグラン様から女性物の香水の香りがするんですね……」
「お、さすがデレアだ。わかるんだね?」
「だってこの香水、いつも長官が付けている物ですもん。今日はグラン様からも香ってくるから変だなあと思いました」
「リアンナ長官と体格の似通った私が、長官と同じ髪型のカツラとリアンナ長官の香水を付けて、尚書官業務室の出入り口付近を彷徨いていたんだ。わざとヤリュコフさんに見てもらう為にね」
「そ、そんな……では私が見たのはグラン様だったのですか!?」
「そうなんだ。すまない、ヤリュコフさん。あなたに目撃してもらい、どう判断するかを見させてもらっていた」
「な、なんて事だ。本当に新人の言った通り、我々は試されて……」
ヤリュコフ先輩は脱力して、項垂れた。
「ただまあデレアが言ったような非道な事はしないよ。どんな結果であろうとヤリュコフさんとリアンナさんには最後に全部説明して、お咎めとかは一切無しにつもりだったんだ。二人が本当に無実なら、ね」
「そう……だったんですね……は、はは」
リアンナ長官は気が抜けたのか、腰から砕け落ちるように尻もちをついた。
「当然だけど、ザイン宰相とナーベル法官はお互いに今回の件を知っているよ。何故ならこの提案は彼ら二人から打ち出されたのだからね」
となると、これはやはり陛下の意向か。
「鋭いデレアの事だから察していると思うけど、これはマグナクルス国王陛下のご意向だ。このようなスパイ調査は他の部門においても密かに進められている。とりわけ尚書官は重要な官職だからね。少し大袈裟に仕掛けさせてもらった」
「それにしてもやりすぎですグラン様。もう少しで魔法を撃ちかけた先輩もいるんですよ……」
ヤリュコフ先輩は気まずそうな表情をしている。
「さすがにあの場面は少々焦ったよ。まあでも、デレア、キミがいればなんとでもなるだろうと思って様子を見させてもらったよ。ははは」
いや、はははじゃないよ全く……。
グラン様の屈託のない笑顔を見て、私は少し呆れてしまった。
しかし同時にグラン様の冷酷さも感じ取っていた。
おそらくこの人は尚書官たちへの疑惑が晴れたからこのように全てを打ち明けてきたんだ。もし、僅かにでもスパイ容疑が残されていたなら、きっと……。
果たしてそれは彼の意思なのか、それとも陛下の意向なのか。そこまではわからない。
「新人……いや、デレア・リフェイラ。すまなかった……お前が私を諭してくれなかったら、私は大変な事をしでかしていたかもしれない……」
「それを言ったら私だって悪戯に皆を疑って、疑心暗鬼にさせて……本当にごめんなさい……」
ヤリュコフ先輩とリアンナ長官はすっかり落ち込んでしまっている。
「もういいじゃないですか。結局国璽は盗まれて悪用されるわけでもなく、私たち尚書官の誰もが裏切り者でもなかったわけですし」
「そうね……デレアさんの言う通りだわ」
リアンナ長官はそう言って笑った。
「とんでもない記憶力、洞察力、それに推察力……デレアさんって本当に何者なの……? 私なんてわけがわからないままだったのに……」
「ええ、ナザリーちゃんの言う通りね。私なんて何年も先輩の尚書官として何も出来なかった自分が恥ずかしいわ……」
ナザリー先輩とミャル先輩が難しい顔をしている。
新人の癖にでしゃばり過ぎたか。また面倒な事にならなければいいが……。
「やはり私の目に狂いはなかったね。デレア、キミは案の定、その才覚を現してくれた」
「グラン様、まさか私も試す為に?」
「……さて、部屋の片付けに私の部下を呼んでくる。次の賢人会議での活躍も楽しみにしているよ」
私の問いには笑顔でしか返さず、そう言いながらグラン様は出て行ってしまった。
こうして国璽紛失騒動はなんとも言えない脱力感を私たち尚書官全員に残し、一件落着となったのである。
次話より第三章となります。
更新は同じく毎日3〜5話のまま続けますので引き続き、『貴族嫌い』をお楽しみください。




