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4話 おしおき

「……」


 私は私の顎を掴むドリゼラの手首をそっと掴んだ。


「お姉様のか細い腕じゃ私の腕を振り払うなんて無理ですわよ?」


 ドリゼラの言葉を無視し、私は彼女の手首の内側、中央付近にある筋を親指の爪で集中的にグググっと押した。


「あああああッー!?」


 直後、私の顎から手を離して大きな悲鳴をあげたのはドリゼラの方。


「う、腕が……腕が熱い! 熱いよぉ!」


 彼女はその場でうずくまり、自身の熱で痛む右手を左手で押さえる。


「いやぁッ! 腕が燃えちゃうぅうううッ!」


 彼女の叫び通り、ドリゼラの腕はまるでトマトのように真っ赤になって腫れ上がっている。


「熱い熱い熱いッ! いやぁああ! たす、助けて、助けて誰かッ!」


 よほど苦しいのだろう。彼女は恥も外聞なく泣き叫んで助けを乞いだした。


 しかしこの娯楽室は私が掃除の日は人払いされている。当然、誰もすぐに駆けつけては来ない。


「デレアお姉様ァァアー!」


 ついには私にまで助けを乞うて来たか。


「……ドリゼラ。お前には何度も警告したはずだ。ただでは済まなくなる、と。何故私の忠告を聞かなかった?」


「腕があ! 腕があああーッ!!」


「ドリゼラ。それが痛みだ。お前が私に与えようとした痛みだ。実に苦しいだろう?」


「お願い! お姉様! だ、誰か助けを呼んで! 私このままじゃあ……ああーッ!!」


「ドリゼラ。残念だが、誰もいない。侍女や使用人たちは皆、私が娯楽室の掃除の時は敷地内周辺の清掃や夕食の買い出し、準備などに回っている。そして母カタリナは友人の茶会、父ギランは宮廷の仕事に行っている。知っているだろう? お前が私をいびりたいが為に、そうやって侍女たちに命令して人払いさせていたのだからな」


 そう、周囲に人がいないのはドリゼラのストレス解消という名の私いびりをしたいが為だったのである。


「お願いよぉおおおー! 助けてお姉様ぁぁああアアーッ! 謝る、謝りますからぁーーッ!」


 ドリゼラは涙と鼻水を大量に流しながら私に懇願してきた。


 やれやれ、もう十分か。


「……ドリゼラ、よく聞け。まず意識を先程魔力を高めた右手ではなく、今その右手を押さえている左手に集中させろ」


「無理よぉお! こんなに熱くて痛くて、それどころじゃないですわッ!」


「いいから意識だけでもやれ。そしてこっちへ来い」


 私はうずくまる彼女の襟首を乱暴に掴み、娯楽室の窓を開けそちらに引っ張った。


「右手のひらを開いて、窓の外、空へと高く向けろ」


「ううう! 痛い、熱いよぉ!」


「さっさとしろ愚図が!」


「わ、わかりましたわよぉ。こ、これでいい? うううう!」


「左手に多少なりとも魔力を集中させたな? 今、その左手の魔力が右腕の暴走魔力を少しずつ正常魔力へと戻している。多少痛みが和らいできただろう? また更に、腕を高い位置に向ける事で暴走した魔力を身体に分散させているわけだ」


「そ、そうですけれど、まだとても普通じゃいられませんわ! 痛くて痛くて死んでしまいそう!」 


「馬鹿が、それくらいで死ぬわけがないだろう。そのまま時間を掛ければじきに熱も痛みも引く」


「ど、どのくらいかかるの?」


「そうだな、ざっと半日くらいか。深夜には元に戻る」


「そんな!? 無理よぉおお! 私、痛みでどうにかなってしまいますわ! お姉様お願い! 誰かお医者様かお父様たちを呼んで来て! お願いしますわ!」


「っち、仕方のないヤツだ。じゃあとっておきを教えてやるからひとつだけ約束しろ」


「なんでも聞きますわ! だからお願い、早くこの痛みをなんとかしてぇ!」


「今後、私にちょっかいを出すな。それと大舞踏会だけは参加させろ」


「それ、二つではありませんの!?」


 突っ込む余裕が出て来ているな。多少痛みがマシになってきたか。やはりこいつ、想像以上に優秀な魔力持ちみたいだ。おそらくこのままだと三十分にも満たずに回復してしまうな。今のうちにさっさと恩を着せるか。


「嫌なら知らん。このまま半日苦しめ」


「わかりましたわ! もうお姉様にちょっかい出しません! 大舞踏会にも参加して良いです! だからだから!」


「よし、約束だ。必ず守れ。もし破ったら」


「破りませんわ! だから早くぅうう!」


「わかった。手のひらを空に向けているな? その状態のまま、私の言葉を復唱しろ」


「わ、わかりましたわ」


「いいか、間違えるなよ?」


 ドリゼラはこくこくと涙目で頷いて見せる。


「数多にたゆたう微精霊たちよ、我が願うはその対価。顕現願うは炎の嵐。紅蓮の炎と蒼き風で織りなす汝らの結晶。其を我が魔力で糧とせん。火精霊サラマンドラと風精霊シルフィリアの加護を受けし汝らの力をどうか分け与えたまえ。イェラ、アマ、フレイア、ウィエリア、オン、フィル、イン、クウェイニギアス、グル、オプティ、ハフ、リブリスティア、ウィンドネス、ルブランファストリニーア」


「長いですわ!? それに後半何を言っているかわかりませんでしたわ!」


「後半は火の神を崇拝するサラマンダー族と風の神を崇拝するシルフ族の言葉だからな。多少発音が難しいが、私のように言えば問題ない」


「で、でも確か詠唱って間違えると魔力反発で更に暴走してしまう事もあるんですのよね!? もし私が今、間違えてしまったら……!」


 へえ? いつも勉強はサボっている癖に、そんな事だけは知っているのか。


 そうかこいつ、魔力には自信があるから魔法の知識だけは多少あるようだな。詠唱に関する授業は高等部以上になってからのはずだしな。


「大丈夫だ。この詠唱はしくじっても暴発せず不発になるだけだからな。私が細かく分割して言ってやる。それに追従して復唱しろ」


「う、ううう! わ、わかりましたわ……」


 私が単語ひとつずつ魔法の詠唱を言い、少し間を置いてドリゼラがそれを復唱する。


「よし。右手を空高くに向けて構えろ」


「さっきから構えていますわ! 何も起きませんわよ!?」


 こいつ、さっき中級魔法を扱えるなんて言ったがアレは嘘だな?


 さては家庭教師か学院の教師に中級魔法を扱える程の魔力がある、くらいに褒めちぎられたのだろう。


 だからこんな中途半端な知識で魔法を扱おうとしたのか。こいつが使えるのはせいぜい詠唱不要な属性魔法の具現化くらいか。簡単な炎を手のひらに浮かばせる程度だな。まあ、それでも歳の割には十分凄いがな。


「馬鹿かお前は。今のはまだ儀式だ。最後にトリガーワードを言わなければ魔法は発現しない。いいか、空に向けてこう言え」


 そうして私は彼女に最後のワード。つまりはその魔法名を教える。


「さあ、放て。早くしないと儀式詠唱のやり直しになるぞ!」


 私が鼓舞すると、ドリゼラは意を決した顔をし、


「フィル・フレイタービュランスッ!」


 その魔法を発現させた。


 ゴウッと熱気が立ち込めて炎の竜巻となり、ドリゼラの手のひらから大きな炎の渦が空高くに向かって放たれた。その熱気は周辺の気温すらまるで真夏の猛暑日のように上昇させ、おまけに背の高い木々の天辺を少しだけ炭化させてしまった。


 全く、末恐ろしい魔力を秘めているな、こいつは。


「はあ……はあ……い、痛みが引いた……」


「うん、上出来だ。よくやったドリゼラ。さすがの魔力量だ」


「あ、ありがとうございますわ……でも今のって……」


「なんだ知っているのか? 上級合成魔法だ。風と炎のな」


「そんな魔法、どうして私が……」


「万物の魔法には様々な性質や意味がある。ドリゼラ、お前は火属性にしか適性がないが、火属性が暴走している時限定で大気中の風の微精霊もその魔力に引き寄せられるという性質があるんだ」


「性質……そんなの知りませんわ……」


「大気の風精霊の援助を借りてお前の暴走した魔力をああやって放出させたというわけだ。だが、この方法はあくまで緊急措置。魔力の合成など下手に扱えば本当に死ぬ。絶対に今後やろうと思うな。死にたくなければな」


「は、はい……」


「あ、それともう今更だが、私のこの粗暴な口調の事、絶対にカタリナお母様とギランお父様には言うなよ。破ったら、今日の事、お父様に話すからな?」


「それじゃ約束は三つですわよね……」


「わかったな?」


「はい、お姉様……」


 ドリゼラは落ち着きを取り戻し、その場でしばらく腰を抜かしていたが、多少は良い薬になっただろう。


 ちなみにこいつが聞いてこなかったからあえて言わなかったが、私がしたのは単なる()()()()()だ。


 魔力は基本、体内の神経系を通りそこを魔道という。魔法を扱う際、手首の内側に位置する正中神経には大量の魔力の通り道ができるが、魔力精製中に限り、そこをピンポイントで物理的に圧迫されるとすぐに魔力が暴走する。


 私がしたのはそれだ。


 魔力を本格的に扱うようになるのは高等部からで、その前に危険予防の授業と共に通常は手首にレザー製のリストバンドを装着する義務が課せられる。それはこういった物理的トラブルを防ぐ為なのだが、多くの生徒は実際、それを知らない。


 授業ではその危険性を当然教えるのだが、あまり深くは説明しないから誰も気にしないのだ。



 とにかく、こうして大舞踏会前の姉妹喧嘩はこの件で一旦落ち着きを見せたのだが、これがきっかけとなってまた多くの面倒ごとに巻き込まれてしまう事を今の私は知る由もなかった。




この作品をご一読いただき、ありがとうございます。


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