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42話 賢人会議

 ヴィクトリア王国最大の聖教の代表者、教皇。


 王国内で大きな領地を持つ各諸侯。


 王宮内で働く各部門の長官ら。


 そして王家ゆかりの者とマグナクルス王。


 そんな国の代表各とも言える者たちだけで集まり、国の方針、財政や税、外交、そして法案などについて細かく話し合い、様々な取り決めごとなどをまとめる会議を賢人会議(けんじんかいぎ)と言う。


 そこでの会議内容や決定事項を漏れなく議事録としてまとめ上げるのが書記であり、賢人会議における書記は書記長含め二名以上で行なうよう定められている。


 そして基本、書記は文字に強いとされる尚書官だけが必ず任命されるのである。


「少し前までは賢人会議なんて年に一回しか行われなかったのに、ここ最近毎月のように行なうのよ。それで先月はリアンナ長官と私が出たんだけど……その……」


 ナザリー先輩は妙にもじもじとし始めた。


「何か失敗でもしたんですか?」


「ち、ちちち、違うわよ!? ちょっと聞き取れない言葉とか難しい単語が多すぎて議事録を上手くまとめられなかったとか、そういうんじゃなくてね! 私には少し不向きというか、文字を書くのが苦手というか!」


 そういうのか。


「……えっと、その賢人会議、他の尚書官じゃダメなんですか? リアンナ長官は必ず出るとして、他のカリン先輩、ミャル先輩、ヤリュコフ先輩はどうなんです。新人の私よりよほど適任では?」


「駄目なのよぉ……カリンは数日前から実家に帰ってていつ帰るかわからないから頼めないし、ミャル先輩には断られちゃったし、ヤリュコフ先輩に至っては最近ピリピリしてて怖すぎてそんなの頼めないんだもの」


 それで私に来たのか。


 うーわ、マジめんどくせー。


 ってか、カリン先輩は本当に帰ったのか。


 それより私は蔵書整理(という名の読書)にクソ忙しいんだぞ。そんなクソ虫会議になど出たくはないし、そもそも私は読み書きできるが、書くのが早いわけじゃない。決して書記には向いていないのだ。


「私も嫌ですよ」


「ええ!? どうして!? 賢人会議といえば尚書の花形よ! 名前を売るチャンスなのよ! 新人のデレアさんがやって損はないわよ!?」


「そんな上手い事言って……それならナザリー先輩が出ればいいでしょう?」


「だからぁ……私は駄目なのぉ……あのね、ここだけの話、私はすごく物覚えが悪いの! 会話の内容をすぐ忘れちゃうのよぉ……」


 結局この人、自分の欠点を素直に認めてるな。


「そんな事言われても私だってそんなの出来ませんよ。責任持てないですし」


「大丈夫よ! いざとなればリアンナ様の議事録だけでなんとかなるし、あなたはそれなりに書いてくれればいいんだから!」


「でしたら尚のことナザリー先輩でもいいじゃないですか」


「だから私は苦手で……んもう! こうなったらこれは先輩命令よ! やりなさいデレアさん! 強制的に指名するわ!」


「嫌です」


 きっぱり。


「ええー……なんかすっごい強気なんだけど……」


「そもそも任命されてるのはナザリー先輩ですよね。それを自分勝手な都合で後輩に押し付ける行為をなんというか知っていますか? パワーハラスメント、というんです。法整備が日々厳格化していくヴィクトリア王国の主軸でもある王宮で、そのようなハラスメント行為は不敬罪に次ぐ大罪であると昨今噂されているのを知っていますか?」


 もちろんほとんど嘘である。


 パワーハラスメントという単語がごく最近生まれたのは事実だが、いまだ法的にはなんの力もないし、権力を誇示して弱い者に圧力を掛けるのは今の時代当たり前だ。強者こそ正義の時代はまだまだ続いているのだ。


「えええー……? そ、そんなの知らないわ……」


「それは不味いですよナザリー先輩。先程の私への発言、全てがパワーハラスメントに相当しています。この事をリアンナ長官に相談すれば、あなたは間違いなく王国裁判にかけられてしまうでしょう……」


「ぇぇええー!? そ、そんな馬鹿な事あるわけ……」


 ない。


 こんな戯言で王国裁判を起こしていたら王宮はそれだけで毎日疲弊してしまう。


「ナザリー先輩。私はまだナザリー先輩を獄中暮らしになどさせたくありません。せっかく暖かく迎えてくださった私の先輩にそんな思いをさせるなんて心苦しい」


「デ、デレアさん……」


「お願いですナザリー先輩。私は大切な先輩をこんな形で失いたくない。だから先程の発言は取り消してください」


「う、ううう……はい、わかりました……ごめんなさいデレアさん……さっきのは全部取り消します」


 この先輩なんだか可愛いな。ちょっと可哀想だけど。


「わかってもらえてよかったです。用事がそれだけなら、私は仕事に戻りますので」


「う、う……でもでも、私本当に書記は苦手で……ふぅぅぅ……ま、またリアンナ様に怒られちゃうよぉ……」


 ナザリー先輩はその場でめそめそと泣き始めてしまった。


 だが、私だってそんなのやりたくない。ここは心を鬼にして彼女を無視だ。


「嫌だよぉ……もう失敗したくないよぉ……」


 無視だ無視。


「次失敗したら私、今度こそ本当に王宮追放されちゃうよぉ……」


 私には関係ない……。


「そんな事になったら、お父様とお母様にあわせる顔がないわ……きっとお屋敷からも追い出されちゃうわ……うぅ……ひっく……」


 ……。


「そうなったら死のう……私ひとりだけじゃ生きてなんかいけないもの……王宮の前で自殺してやるんだ……」


 ナザリー先輩はそう呟きながら、ようやく第三(ダイサン)から出て行こうとした。


「あーーーッ! もう! わかりましたよ! 私がやればいいんでしょう!?」


「え? デレアさん、やってくれるの?」


「もうやらないわけにはいかない流れじゃないですか。自殺なんてされても困りますし」


「本当に? いいの?」


「嫌ですけど、やらないとナザリー先輩本当に死んじゃいそうだから、仕方なくです!」


「うわぁ! ありがとう!」


 彼女は満面の笑みで私に飛びついてきた。


 クソったれめ。あんな言われ方をする方が断りにくいっての。


「はぁ……。でも、私だって初めての事なんです。失敗してもしりませんからね。失敗したらそれは結局はナザリー先輩の責任になりますよ。わかっていますよね?」


「う、うん。それはわかってるわよぉ。でも、本当にデレアさんなら絶対上手くできると思うの! 十四歳でこれだけの言語が覚えられる天才なんだもの!」


 書記なんてやった事も見た事すらもないというのに。


 私はこう見えて本当に学院では授業と読書以外何もしてこなかったんだぞ。


「今度の賢人会議は今の宮廷官の見直しや外交に関する大事な約定なんかが主な議題になってるらしくてね、特に議事録にミスは許されないって脅されてて……それで私、凄く不安で……」


 そんな大切な役を私に押し付けるなんて、どんな先輩だ。


「おまけに今回は法官のナーベル様や徴税官のガウレル様、更には宰相のザイン様という王国三大宮廷官と呼ばれる怖い人たちが出るから、私じゃ震えて仕事にならないのよぉ……」


 まあ確かにこの気の弱そうな先輩じゃ、そんな大変な会議で書記は重すぎるかもしれないな。


「それじゃあ私、早速リアンナ様に伝えてくるね! 賢人会議の日にちとか詳細はまたその後に教えるね!」


 そう言って彼女はうきうきで第三(ダイサン)から飛び出て行った。


 はあ。面倒くさいが仕方がない。


 今のうちに賢人会議に関する事や書記のやり方などを予習しておくとしよう。


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