41話 ナザリー先輩のお願い
私が王宮に仕官してからちょうど十日目。
本と戯れながら尚書官として宮廷で過ごす日々にも慣れ始めてきていた。
ちなみにあれからカリン先輩とは何故か顔を合わせなくなったが、果たしてどうしているやら。
「それにしてもここは楽園だな……」
尚書官。第三蔵書室の書物、文献の再点検、整理。
それが私の今の仕事だ。
端の方の本から順に読みながら点検を重ねていくと、すぐに気がついたのは本の並びが順不同である事だ。
この第三蔵書室は尚書官たちから通称第三と呼ばれ、主に歴史に関する文献、資料、などが置かれている。
しかし年代も地域もバラバラに収められていて実に管理がしにくいので、まずは全ての書物を読んでは床に広げていこうと考えた。
なので、今現在私はまさに文字通り本に囲まれている生活しているのである。
なんにせよ尚書長官のリアンナ様も温和そうな人だし、本は読み放題だし文句無しどころか幸せだ。学院生活には飽きていたし、本を読む時間が授業の合間しかなかったからな。
と、今日までは思っていたのだが。
こんこん、と第三の扉がノックされた。
「失礼するわよ……ってうわ!? 何これ!?」
そう言って声を荒げたのは同じ尚書官の仲間の一人であるナザリー先輩だ。
「ちょっとデレアさん。これは一体何をしているの? 王宮の書物や文献は大切な物なのよ。床に直置きなんてしたらダメじゃない」
ナザリー・クレセント。子爵家の令嬢で、私よりも五つ年上、十九歳の先輩尚書官だ。
「すみません。この方が本を整理しやすくて」
「気持ちはわかるけど他の宮廷貴族に見られたら何言われるかわからないわよ」
「わかりました。できるだけ片づけます」
「……ねぇデレアさん。今、床に広げられている本、凄い量だけど、それ、どういう基準で広げているの?」
「この国に在住している人種ごとに分けています」
「あ、やっぱりそうよね?」
私はこの乱雑にしまわれている本たちをまずは人種ごとに仕分けすべきだと考えた。
この国、ヴィクトリア王国のその大陸内には様々な人種が住んでいる。人族、エルフ族、ドワーフ族、シルフ族、サラマンダー族、ドラゴニュート、獣人族……その他にもまだ細かい人種があるが、これらを皆全て『人間』と我々は呼んでいる。要は魔族以外の知性を持つ生物を人間とカテゴライズしているのだ。
姿形、文化など多少の違いはあれど、どの種族も皆知性を持つ生き物だ。
私たちが住んでいるこの都は王都ヴィクトリアと呼ばれている大都市だが、ここにも人族以外にいくつかの人種が住んでいる。ちなみにどの人種においても貴族や平民などの階級は平等にあり、獣人の貴族もいればドラゴニュートの平民もいる。とはいえ、この王都に最も多いのは人族だ。
つまり、人種差別は概ねないが階級差別はハッキリとあるのだ。
そして人種ごとにその歴史があるわけで、そういった歴史の文献などもここには保管されているわけだ。
しかしあまりに適当で乱雑すぎたのでこうして整理整頓をする為、私は本たちを床に並べているのである。
「それで気になったんだけど、その重ねられている本は同じ人種の歴史書って事よね?」
「はい、そうです」
「……確かデレアさんってお父様が外交官だったわよね。もしかしてお父様に他種族言語の英才教育でも施されたのかしら?」
ああ、そういう。
「いえ。私は特に家庭教師とかもつけられていなかったので、勉学に関しては学院の授業だけですね」
「えっと……言語翻訳に関する本ってこの第三にはなかったわよね?」
「そうですね」
「……信じ難いのだけれど、もしかしてそこに並べられている七種の人種の言語、理解しているの?」
人種ごとに様々な言語がある。
基本的にこの世界で最も人口の多い人族の言語が標準言語とされているので、他種族の人間もそのほとんどが人族の言語を話せるし、読み書きもそれが基本となっている。
が、歴史に関する文献は古い物も多いため、その書物のタイトルもその種族の言語でまとめられている物も多い。
「一応、まあ……」
「そうよね。そうとしか考えられない。むしろあなたにそういう能力でもなければリアンナ長官もこの部屋の尚書官としてあなたを任命しないわよね……。で、でも正直信じられないわ」
ナザリー先輩が驚くのも無理はない。
人族は人族の言語のみを、そして他種族は自分の言語と人族の言語の二種類のみを覚えるのがヴィクトリア王国における基本だ。
他種族の言語を覚えるのは仕事でどうしても必要性がある場合のみだ。だから貴族魔法学院においても他種族の言語はそれを専攻しない限り、教わる事もまずない。
つまり私が異端なのだ。
私はこれまで見た物、読んだ物は意図的に思い出そうとすれば必ず全て鮮明に思い出せる。今となってはわかっている事だが、グラン様に教えてもらった完全記憶能力のおかげなのだろう。
「私は何かを覚える事が大好きなので、貴族魔法学院図書館の本を読んでいたら自然と覚えてしまったんです」
「し、自然と……これだけの人種の言語を……?」
逆に不自然だったか。
あらぬ詮索をかけられるのも正直面倒くさいな。ま、私の魔法は魔力として感知されないらしいし、なんとでも言えるけどね。
「もしかしてデレアさん、あなた……」
ナザリー先輩が私の眼鏡超しに目を見据えてくる。
ごくり。
「あなた、めっちゃ頭いいんじゃない!?」
「へ?」
「そうよ、絶対にそうに決まってる。だって、最も難解だと言われているサラマンダー族とシルフ族の文字や単語まで理解しているんでしょ? そんなの、天才以外無理だもの!」
確かに一般的にサラマンダー族とシルフ族の言語は非常に難解だと言われている。言葉の繋がりや文法、意味の解釈などが人族の言語と大きく違う為だ。
「そ、そうなのでしょうか。ぐ、偶然では」
「偶然なんかで覚えられるものじゃないわ。あなたは天才よデレアさん!」
天才なわけがない。私は魔法の力で記憶能力が突出しているだけなのだから。
もし私が本当に頭が良ければ、もっと前から自分の暮らしをよりよく改善できているだろうし。
「デレアさん、ひとつだけ質問させて!」
「え?」
「あなた、人の話す会話とかもすぐ覚えられるかしら?」
「ま、まぁそれなりには……ちゃんと聞き取れればですけど」
「じゃあ、お願いしたい事があるの!」
「な、なんですかやぶからぼうに……」
「デレアさん、あなたに今度の賢人会議の書記係をお願いしたいの!」




