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3話 舞踏会の知らせ そして衝突

「今度は舞踏会に出ろ、だと……」


 私は眉間にシワを寄せ、体をワナワナと震わせて呟く。


 辺境伯の息子、グロリアとの婚約破棄の件からたったの一週間後。


 父、ギランが家族全員を食堂に呼び出し、私とドリゼラにそう命じてきたのである。


 それも今回はお貴族様たちが好むただの夜会ではなく、とある公爵家が王宮にある大ホールを借りて行われる盛大な大舞踏会なのだとか。


 ギラン曰く、どうやら上流貴族令嬢たちの出会いが一番の目的らしく、要は金持ちお貴族様の婚約者探しというわけだ。


 無論、まだ十六歳になっていない私もドリゼラもデビュタントを迎えていないのでそこでダンスを踊ることはなくとも、交流会に参加することは可能だ。父、ギランはその交流会で多くの上流貴族と親交を深めろと言ってきたのである。


 義理の妹のドリゼラと義母のカタリナは私の参加を頑なに反対していたが、ギランは私もリフェイラ家の一員で家門を背負っているのだから参加すべきだとごり押した。


 正直参加などしたくなかったが、ギランにああまで言われては出ないわけにいかない。


 だが。


「ひらひらしたドレス。男を釣る為のメイク。そしてマナーと言葉づかい、か」


 考えただけで頭がどうにかなりそうだ。


 しかも当日は眼鏡を掛けるなというし、ヒールのやたらと高い特注のガラスの靴を履いていけともギランは命令してきた。


 なんでも腕利きのガラス細工職人を知人に持つ父は、それは珍しいガラスの靴を作ってもらったことがあり、それをリフェイラ家の特徴として周囲の目を引かせたいのだとか。


 ただでさえ影に隠れていたい私にとっては良い迷惑にもほどがある。


 というか眼鏡が無くてはほとんど何も見えんぞ、私は。


 侍女のフランが当日までに更にマナー教育に力を入れると言ってきたし、これでは学院で本を読む時間も潰されてしまう。


 クソ、クソ。そんなクソ虫のパーティになどドリゼラだけが出ればいい。私を巻き込むな……。


 怨恨の呟きを唱えつつ、私はベッドに転がった。




        ●○●○●




「ねえ、お姉様? お姉様も本当に大舞踏会に参加なさるおつもり?」


 何年も前からいまだに続いている月に一度の娯楽室掃除の日。 


 私がまた埃を被りつつ、書架を掃除しているとドリゼラがやってきた。


「私からのご提案なのですけれど、当日、体調が優れないと言ってご辞退されるのはいかがですデレアお姉様? そうすれば全て丸く収まりません?」


 正直私もそうしたい。


 だが父、ギランからはこっそりと「今回の大舞踏会だけは必ず出ろ。なんならデビュタントは出なくても良いから」と言われている。


 デビュタントに出なくて良い。つまり、ダンスを覚えなくていいと言う条件が付いてきたのだ。私は将来的にそっちの方が負担が少なくて済むので今回だけは我慢しようと思ったというわけだ。


「それに今回の大舞踏会、メインイベントのダンスの前に、前座的な催し物として魔力を誇示するイベントもありますの。そこで私は得意の火属性魔力をお披露目できますけれど、魔力の欠片すらない平民のデレアお姉様じゃ何もできずに恥をかくだけになると思うんですわ。だからこれは優しさから言っているんですのよ?」


 別に魔力など誇示する必要もないし、どうでもいい。


「だから、ねえ? 平民出のゴミみたいな能しかないお姉様にはおうちでひとり、ご本でも読んでいるのが一番だと思いますのよ。その日だけはここのご本、好きなだけ読んでいてもよろしいですから」


 くすくす、とドリゼラは笑った。


 できれば私もその方がいいが、ギランの提案の方がやはり魅力的だ。デビュタントでダンスなど絶対に踊りたくないのだからな。


「……お父様の命令なのでそうはいきません。でもドリゼラの邪魔はしないわ。私は影にいるから」


 私が珍しくドリゼラの言葉に反論して見せると、見てわかるくらいに彼女は表情をムッとさせた。


「参加されるだけで私は不快、迷惑なんですの。汚らしくて無愛想で不細工な平民の女が、義理とはいえ仮にも私のお姉様だって上流貴族様たちに広まるだけで私にとってはマイナスイメージなんですのよ!? お姉様、学院でなんと言われているか知っていますの? 『寄生虫』ですわ。ご本に取り憑く寄生虫だって。ご本と恋愛している気持ちの悪い女だって、そう言われているんですのよ?」


 またそれか。


 私の容姿については否定しないが、本に恋愛しているとは奇妙な悪口だ。だが言い得て妙だとも言えるな。


「くっくっく……」


 本の寄生虫、か。思わず私は笑ってしまった。


「んなっ、何がおかしいんですの!?」


「いや、すまない。……じゃない、ごめんなさいね、ドリゼラ。けれどお父様の命令だから。……く、くくく」


 寄生虫とは貴族のくせに中々面白い言葉の言い回しをするものだ。


 そして私はこの時、決して馬鹿な事を言うドリゼラを笑ったわけではないのだが、ドリゼラからすれば自分を馬鹿にされたのだと思ったのだろう。


「……ッッ!」


 その為、ドリゼラはカッとなり、私の頬をパンッ! と、叩いた。


 その勢いでカラン、と私の眼鏡が床に転がった。


 私は打たれた頬を右手で押さえる。


「あまり調子に乗らないでくださるお姉様? あなたなんか、所詮身分違いの下民なの。ちょっとお父様に気に入られているからと言って私を見下すなんて非常識も甚だしいですわ」


 見下す、ねえ。


 今の会話ではドリゼラを見下していたわけではないのだがな。まあ、普段は常に見下しているが、と思いつつ私はすぐさま眼鏡を拾って掛け直す。


「私の言う事が聞けないのでしたら、その身体に直接もっと強い痛みを教えてあげましょうか? 私の火属性魔力でその不細工なお顔を綺麗に焼いてあげますわよ?」


 ドリゼラはそう言うと私の顎をぐっと掴み、手のひらに魔力を込め始めた。


 掴まれた私の顎が次第に熱を帯びていく。こいつ、かなり優秀な魔力を精製するようになっているな。


「やめなさいドリゼラ。冗談じゃ済まなくなるわ」


 私は努めて冷静に彼女を諭そうとするも、


「それはこちらも同じ。お姉様に言っているのは冗談でもなんでもないんですの。最後にもう一度聞きますわ。大舞踏会はご辞退なさって?」


 しつこい女だな。


 だが彼女の魔力は本物だ。


 義母であるカタリナの生家であるゾルフォンス家では代々優れた魔力を持つ優秀な家系らしく、ドリゼラもしっかりとその高い魔力を受け継いでいる。


 まだ幼いとはいえ、おそらくそれなりの炎は容易く具現化させるだろう。


「この魔力の密度、相当なものだ」


 私は思わず素の口調で呟く。


「あら、平民風情のお姉様にもわかるんですのね? そうですわ、私はすでに高等部の中級魔法まで扱えますの。その意味、本の寄生虫のお姉様ならわかりますわよね?」


 それは凄いな。魔法学院高等部は十六歳からとなり、中級魔法と言えば高等部卒業レベルの魔法、つまりは一般的な三級魔導師と名乗っても遜色のない魔力だ。まだ十二歳のドリゼラが扱えるのは素直に凄いと思った。


 だが。


「私ももう一度だけ言う。やめなさいドリゼラ。それをすればただでは済まなくなる」


「どう済まなくなるんですの? お姉様には力も無くて魔力も無いというのに? 済まなくなるのはお姉様のお顔でしょう?」


「私にはコレがある」


 私はそう言うと人差し指でちょんちょん、と自身の頭を指差した。


「……もういいですわ。今まではギランお父様の手前、手だけは出さずにお姉様を甘やかして来ましたけれど、本当に少し痛い思いをしなければわからないようですものね」


 怒り心頭となったドリゼラの手が更に熱を帯びていく。


 もはや魔力が魔法として具現化されるのも時間の問題だ。


 しかし彼女はやはりまだ未熟。ゆえに、知識が乏しい。



 はあ。仕方がない。少々痛みを持ってこの愚妹(ぐまい)に教訓を与えるとしよう。


 



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