36話 新たなるいざない
ベンズ家のお屋敷から離れ、しばらくした馬車の中で私は物憂げに外の景色を眺めていた。
人の身体に関しても魔力に関しても、まだまだ私の知らない未知な部分は山ほどある。
一体魔法とは、魔力とはなんなのだろうな。
魔法の発展のおかげでこの国の人々の暮らしは確かに豊かになっているが、それがまた貴族と平民以下との軋轢を強くしているのもまた事実だ。
今日、ザルバ卿へと最後に提示した認知症の対策案である魔力の具現化も平民以下では不可能だ。
おそらく魔力の具現化を常同行動に組み込めば、エレイン様の症状はいくらか良くなり、症状の進行もかなり遅延させられるだろう。
これがもし魔力を持たない平民以下なら、その対策案は使えない。
魔力を持たない平民以下には生きる価値などないと、自ら口にしている気分で嫌になったのだ。
持たざる者たちを救うにはどうすればいいのだろう。
私にはまだ……何もかもが足りない。
もっと、もっとたくさんの事を知りたい。知識を得たい。
たくさんの本を読みたい。
「……デレア、よくやったな」
「わ、わ、わ、何をなさるのですかお父様!?」
私が物憂げにしていると突然ギランお父様が頭をくしゃくしゃと撫でてきた。
「さすがは私の娘……いや、ローザの娘だ。素晴らしい洞察力、知識力であった」
「や、やめてください。私はただお父様の言っていた借りを返そうと思っただけです」
「ふ、そうか。まぁお前がそう言うならそれでいい」
ギランお父様はいつも何か含みを持ったまま会話をやめてしまう。
とはいえ私もあまり自分からあれこれと尋ねるような真似はしない。
「しかしやはり、お前には今のままは窮屈かもしれないな」
「え?」
「デレア。お前にはお前だけの力がある。それはどんな魔法よりも優れた力だ。その力を存分に発揮するには、もはやお前はこのままではいけないのかもしれない」
「お父様はもしかして私の……」
完全記憶能力についてギランお父様は何か知っている?
「一応、な。だが、他言はするな。お前の力の事も、私がそれを知っている事もな。リフェイラ家の者たちにも言うな」
「な、何故ですか? いつから知っていたのですか? それに……」
それにグラン様とお父様の関係が気になる。
「お前の聞きたい事はわかる。だが、それに答える事はできん」
「何故ですか!?」
「それは……私はお前が大切だからだ」
「大切? それは一体どういう意味なのですか!? 教えてくださいお父様!」
「デレア。お前の聞きたい事を教えてやる事は今はできない。だが、それでも私はお前の幸せを願っている」
「意味が全くわかりません! 私はそんな抽象的な答えは欲していません!」
「デレア。お前に聞く。次の中からひとつを選ぶとするならどれが良いか答えてくれ」
「ちょっとお父様! 私の質問に……」
「ひとつ、今の暮らしのままリフェイラの娘として平凡に貴族令嬢として生きるか。ひとつ、貴族という肩書きを捨てリフェイラ家から出て行くか」
「な、なんですかその質問は? 意味がわかりません。二つ目は私に出ていけと仰っているのですか!?」
「……違う。お前が望むなら貴族という肩書きから解放しても良いと言っている。その場合は私との縁を切り、私の知人のもとでひっそりと平民として暮らすと良い。生活の支援くらいはする」
「そんなの……」
そんなの、今選べって言われても困る。
何故突然こんな質問をしてくるの?
お父様の言いたい事がちっとも理解できない。
「私はなデレア。お前を半分強引に私の娘として、貴族として育てている事に日々頭を悩ませていたんだ。この生活が果たして本当にお前の為になっているのだろうか、と」
「お父様……私は……」
私は今の生活が満足だ、と大手を振って言えるというわけではない。当然たくさんの不満もあるし、今でもお貴族様はクソ虫だと思っている。
けれど。
「お前が貴族を嫌っている事はよく知っている。貴族などになりたくないのもわかる。今のお前なら生きる為の知識や知恵も豊富だ。貴族で無くなっても悠々と暮らしていけるだろう」
お父様の言う通りだ。
もしリフェイラ家のしがらみから解放されるというのであるなら、それも魅力的だとも思う。
私は今も貴族は嫌いだし、貴族の礼儀作法を振る舞うのも嫌いだ。
だけど。
「お父様。私はリフェイラの名は捨てません」
「どうしてだ?」
「貴族は嫌いです。ですが、貴族という立ち位置は非常に便利なのです。私の知識の肥やしとさせる為には」
「……確かに平民では貴族学院の図書館は使えないな」
「それだけではありません。私はこう見えて先日の大舞踏会ではそれなりに得るものがあったと思っています」
「お前が……。そうか。大舞踏会で得るものがあったと感じられたのか」
「ええ。私はこれまで貴族も人も嫌って、そういう関係を作るのも忌避してきましたが、それではいけないのだと思いました。お父様に以前言われた人を知れ、という言葉を思い返していたのです」
グラン様にも言われて再認識しなおした。
そしてメリーの脳梗塞の時。
もしあの時、私にもっとコミュニケーション能力があれば周りの人の助力を得やすかったかもしれない。
あの時はなんとか上手くいったが今後また同じような場面と出くわした時、きっと私はまた同じ行動を取る。そんな時、私に不足しているもの。
それこそが人を知る事だと思い直したのだ。
「ですから、その二択の後者の選択肢は選びません」
「デレア、早とちりするな」
「え?」
「選択肢は二つとは言っていない」
「そ、それでは他に何が?」
「最後のひとつ。リフェイラ家の令嬢として生きながら、王宮に入るか、だ」
え……?
お父様は一体何を言っているの?
「そ、それはどういう……」
「デレア、よく聞け」
ギランお父様は真剣な表情で私の眼鏡越しに私の目を見据える。
「お前に王宮女官の推薦状が来ている」
次話より二章となります。
引き続きデレアの活躍をお楽しみください。




