34話 エレイン様の折檻
「エレイン様!」
「母上!」
その場にいた全員が彼女の方を見やる。
「部屋の前でギャーギャー騒ぐんじゃないよ。全く、満足に寝れやしない」
エレイン様は呆れたような表情で全員に一喝する。
「申し訳ありません、母上。今すぐ我々は移動します」
ザルバ卿が頭を下げる。
「……エレインばあ様、すみません」
グロリアも一応謝罪をしてみせる。
「ごめんなさいエレイン様。お騒がせしてしまって」
続いて私が頭を下げると、
「おい、あんたデレアって言ったね」
エレイン様は私の方だけに向き直した。
「はい」
「あたしは久々に楽しかったよ。あんたとの会話、新鮮だった。本当にありがとうよ」
「こちらこそ有意義なお話をたくさん聞けて楽しかったです。ありがとうございます」
「あんただけだよ。あたしとお茶を飲もうなんて物好きはさ。もうこの屋敷のやつらはどいつもこいつもあたしを腫れ物扱いだからねぇ」
エレイン様がギロリと周囲に目を向けるとザルバ卿もグロリアも、侍女たちですらも目を背けた。
「ザルバ。ちょっと来な」
「な、なんでしょう母上?」
「こいつらの喧嘩はな、全部うちのグロリアのせいだよ」
「「っな!?」」
ザルバ卿とグロリアが同時に声をあげた。
「うちの馬鹿孫がデレアにちょっかい出したのが原因さ。あんたたちの間に何があったかは詳しく知らないけどね、グロリア、お前はちょっとしつこいよ。はっきり言って気持ちが悪いね」
「ぐ……」
グロリアは二の句を飲んで黙り込む。
「デレアはグロリアの友人だと名乗っていたがありゃあ嘘だろう? とてもじゃないが友人や恋人同士の痴話喧嘩で済むような内容の会話じゃあなかったからねぇ」
「エレインばあ様、私たちの会話が聞こえていたんですか……」
「あんなでかい声で言い合いしてれば聞きたくなくとも聞こえてくるってもんだよ。ま、グロリア。お前はあたしにも聞こえるようにわざと言っていたんだろう? 壊れたクソババアなんか死ねってねえ」
「い、いえ……そんなつもりで言ったわけではなくて……」
「ふん。いいんだよ。そう思ってるのは別にお前だけじゃないだろうしね。ザルバもフィアナもこの屋敷の従者や侍女たちも皆、そう思ってるだろうよ。呪われた年寄りなんか早くいなくなれってねぇ」
エレイン様は呪われてなんかいない。
彼女は……。
「違います母上! 私は母上の事が本当に心配で……!」
「ザルバ。あたしの事なんかより、お前はグロリアの教育のやり直しだよ」
エレイン様はそういうと、グロリアの方に向けて右手のひらをかざす。
「エ、エレインばあ様! 何を……!?」
「……ウィンドプレス」
「うぐっ!」
エレイン様はその魔法名を告げると、たったの一瞬でグロリアは目には見えない空気圧に上から押し込まれ、床にべたんっと押し付けられた。
凄いなエレイン様は。
ウィンドプレスは中級風魔法だ。普通であるならしっかりとした魔力の精製とやや長めの詠唱が必要だ。
それが僅か数秒も満たないうちに魔力の精製を済ませるだけに留まらず、詠唱破棄して直接魔法を発現させるなんて。
彼女も一級魔導師だというのは話には聞いていたが、その実力は伊達じゃないな。
「母上! 一体何を!?」
ザルバ卿が声を荒げる。
「ザルバ。グロリアの事、もう少しちゃんと見てやれ。こいつはこのままじゃとんでもないクズに育っちまうよ」
エレイン様はウィンドプレスの魔法をグロリアに掛け続けたまま、言葉を続けた。
「先の二人の喧嘩、あたしはそのほとんどを聞いていた。このデレアはね、あたしの為に怒ってくれたんだよ。グロリアがずっとこの子を馬鹿にしていてもこの子は我慢していた。だけどね、グロリアがあたしの事を乏しめた直後、デレアは怒ってくれたんだ。こんなあたしなんかの為にね」
「デレアくんが……」
「ザルバ。お前が心配するべきなのはあたしなんかじゃなく、この馬鹿孫だよ。グロリアはこのままじゃロクな大人にならない。下手をすれば誰も嫁にすら来てくれやしないよ」
「くっ……」
風魔法のウィンドプレスに押さえつけられながら、グロリアは悔しそうな顔をした。
「グロリア。あたしの事はいい。この子に……デレアに謝りな」
「う……あぐ、わ、私が謝る……のは、筋違い……では……」
「馬鹿孫が!」
エレイン様が声を荒げると、空いていたもう片方の左手もグロリアにかざし、更にウィンドプレスの圧力を上昇させた。
「うあぁぁぁッ! エ、エレインばあ様……や、やめ……かはっ! かはっ!」
「あんたが謝るまで、あたしは死んでもこの魔法を解かないよ!」
「そ、そん……がはッ! ごほッ!」
グロリアはとても苦しそうにしている。
それでも私はエレイン様をさすがの一級魔導師だと思った。何故なら、生命的危機にはならないレベルで魔法の威力をしっかり抑えてあるからだ。
「わ、わか……りま……あ、謝り、ま……すから……これを……がはっ! と、解いて……」
「馬鹿孫が。そのまま謝りな!」
「う……デ、デレ、ア……わるか……った」
「お前はそれでもベンズ家の血を引いてるのかい? そんな謝罪の仕方があるか! 情けない! もっときちんと、デレアを敬うように謝罪しろって言ってんだよ!」
「は、はい……。デ、デレア……さん。し、失礼な……事を言いすぎました……申しわけ……がはッ! がはッ!」
「何むせてんだい! やり直し! 詰まらないように謝罪できるまでずっとあんたはこのままだよ!」
「ひ、ひぃ……そ、そん……がはッ!」
ウィンドプレスが掛かった状態でそれは中々酷だなと思った。
それから本当にその状態のまま、グロリアはきちんと謝罪ができるまで何度もやり直しをさせられていた。
「……母上のウィンドプレス折檻。久しぶりに見た」
ザルバ卿がぽつりとそんな事を呟いていた。
●○●○●
その後、グロリアが謝罪を終えるとようやくウィンドプレスの魔法から解放された。直後、彼はまるで脱兎の如くその場から走り去って行った。
エレイン様はザルバ卿に「後でもう一度きちんとお前の方から説教しな」と怒鳴っていた。
それから私だけはもう一度エレイン様の私室に呼ばれたので、ギランお父様とザルバ卿はまた応接室で待ってもらう事にした。
「とんだ災難だったね」
「いえ……でも本当に助かりましたエレイン様」
「いいのさ。前からあいつには少しきつめの説教が必要だと思っていたからね」
「ふふ。それにしてもエレイン様の魔法、素晴らしかったです。ウィンドプレス程の魔法をあの短時間で魔力精製し、かつ詠唱破棄してしまうなんて」
「あれでも遅くなったんだよ。十年くらい前だったら、あんな程度の魔法、二秒はかけなかったね」
「それは本当に凄いです」
それはマジで洒落にならないレベルで凄い。一級魔導師の中でも更に飛び抜けた才能の持ち主だ。
中級魔法の魔力を一時間以内に精製し、そして詠唱を間違えずに実行し、魔法として放つ事ができれば貴族魔法学院高等部卒業の資格をもらえる。
貴族魔法学院は別に中級魔法が扱えるようにならなくとも十八歳にさえなれば卒業自体はできるのだが、成長が著しく早く魔法の才能に溢れる者は飛び級で卒業させてもらう事もできる。
リヒャインが良い例だ。あいつはまだ弱冠十五歳にして貴族魔法学院を飛び級卒業している。
そして中級魔法がひとつ以上扱えて、かつ試験を突破すればようやく三級魔導師クラスとなれる。
更に血のにじむような努力と魔力の鍛錬。それを最低でも十年ほど繰り返せばどんな凡人でも二級魔導師くらいにまではなれる。
その上の一級魔導師は努力だけでは辿り着けない高みだ。才能がなければ決して届かない高み。これだけでリヒャインがいかに優れた魔導師だという事がわかる。
更にはその上と呼ばれる特級魔導師というくらいもあるのだが、特級魔導師に関する情報はほとんどないので、この私でもあまりよくわかっていない。
「お前さんはなんだか不思議な子だねぇ」
「不思議、ですか?」
「ああ。魔力の波動は感じられないけど、あたしにはあんたからどんな魔導師よりも優れた力を感じるよ」
「……そんな、買い被りです」
「あたしの女を見る勘は、外さないのが有名なんだよ」
「うふふ、ありがとうございます」
私とエレイン様はお互いに笑って、そして紅茶をすすった。
こうして話していると、エレイン様がおかしいだなんてちっとも思えない。
「……今日は天気がいいねぇ」
エレイン様が外を眺めてそう呟いた。
「……でもね、魔力が弱くてもそんなのは関係ないんだ。グロリアはちょっとばかし魔力が高めに産まれたからあんな風になっちまったけど、あんたはあんたの才能を生かせばいいのさ、フィアナ」
「……え?」
「あんたも大変だったねぇ。あんたは昔から魔力が低いからってあたしやザルバによく遠慮していたけど、そんなのは気にしなくていいんだよ。あたしはね、あんたがザルバのもとに嫁に来てくれただけで十分嬉しかったんだからさ」
「エレイン様、私は……」
「エレイン、なんて他人行儀はよしとくれ。母と呼んでくれといつも言っているだろう。フィアナ」
「……はい、お母様」
やっぱりエレイン様は……。




