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33話 因縁の相手

「えっと、あんたは誰だい?」


「初めましてエレイン様。私はデレア・リフェイラと申します」


「そう。それでデレアは一体あたしになんの用なんだい?」


「私はグロリア様のご友人でして、今日はお屋敷にお邪魔させてもらっています。少々エレイン様とお茶でも飲みながらエレイン様のお話をお伺いしたくて参りました」


 私はザルバ卿からの依頼を引き受け、ベンズ家の悪霊事件問題について行動を起こし始めた。


 まずは当人のエレイン・ベンズと直接会話を試みようと考え、眠っていた彼女をザルバ卿に起こしてもらった後、ギランお父様たちは応接室に戻ってもらい彼女の私室で私と二人だけにしてもらった。


 そしてエレインと二時間ほど会話を交え、私は彼女の部屋を後にする。


 ベンズ邸の二階、たくさんの木々が窓越しに覗く廊下で、窓の外を見ながら私は彼女の症状について考えていた。


 おそらくアレは……。


「おい、貴様。こんなところで何をしている」


 考えごとをしながら外を見ていたら、いつの間にか背後に王国代表のクソ虫もとい、グロリア・ベンズが腕を組んで立ちはだかっていた。


「これはこれは、ごきげんよう、グロリア様」


「ふん。今更猫を被っても無駄だ。お前の性格と口の悪さは十分に理解しているからな」


 やれやれ、しつこいクソ虫だね全く。


 だいたい人の事を根暗だのブスだのと最初に罵ってきたこいつの方がよっぽど性格悪いと思うんだけどな。


「もう過去の事は忘れましょう。私も少々大人気(おとなげ)なかったと反省しております」


「生憎、私はお前みたいな馬鹿じゃないから一度言われた事は一生忘れないぞ。父上に言われたから仕方なく大人しくしてやっているが、お前のような無礼で不細工な女など、私がその気になればどうとでもしてやれるんだからな? わかってるのか?」


 うぜー。マジうぜー。


 もうほんっとにしつこいし、うざいし、キモイし、マジで鬱陶しい。こいつ、きっとこんなに粘着質だからまともな令嬢と恋仲になれないんだろうな。だから私みたいなのを紹介されたんだぞ。え? わかってんのかキモ粘着すねかじり男。


「……恐縮です」


 もうウザさが極まりすぎて、なんでかわからないけど恐縮ですとしか言いようがなかったわ。


「なんだ? 今日は私に暴言を吐かないのか? ほれ、いつぞやみたいに言ってみろよ。汚いツラを見せるなとかクソ虫がとか、言ってみろ。今度こそ不敬罪で処罰してやるからなあ?」


 ふうぅぅぅぅぅ!


 殴りたい。思いっきりぶん殴りたい。そんでもってその汚い口に汚物でも詰め込んでやりたい。


 けど、我慢だ。


 ここでまた揉め事を起こしたら後々面倒になる。


「……にこ」


 にこ、っと笑顔を作ってるつもりだが、愛想笑いが苦手な私は思わず「にこ」と口で言いながら笑って見せた。もう自分でもわけがわからんね。


「それでは失礼します」


 怒りで我を失う前にさっさと応接室に戻ろう。


 私はそう思って、グロリアの横を通り過ぎて背にした。


「……エレインばあ様を診ろって言われたんだろう? っは! 無駄な事を。あんな化石、今更診たところで何の意味があるというんだ」


 グロリアが私の背後でまだ私を煽っている。


 無視だ。無視。


 私はすたすたと廊下を進む。


「悪霊? 呪い? 違うね。エレインばあ様はもうボケてんだよ。あんなクソボケババア、診るだけ無駄だ。人の物を盗んでおきながら盗賊だなんだと騒いでるようなもうろくクソババア、早く死ねばいいのに」


 無視だ。これは私を焚きつけてるだけの幼稚な煽りなんだから。


「お前だってわかってるんだろう? エレインばあ様がただボケてしまってるだけだって。全く、こんな眼鏡ブス女なんかに診せたところでそれ以外何もわかるわけがないというのに父上は一体何を考えているやら。時間の無駄だな」


 無視だ。


「あんなもん、もう人じゃないんだよ。夜中になると不気味に徘徊してるし、頭がイカれてるのさ。もう人間じゃないんだ。そうだ、お前、ババアを診るフリして毒でも盛ってみたらどうだ? あんなババア、殺してしまった方が世の為、人の為になるぞ」


「黙れッ!」


 無理、限界。


「黙れクソ虫が。それ以上言ってみろ。この私が許さない」


「おーおー。ようやく本性を出したな性悪根暗ブス眼鏡が」


 私はつかつかとグロリアの眼前にまで歩み寄る。


「お前のおばあ様だぞ。血の繋がった家族だぞ。どういう気持ちでそれを言ってるんだ?」


「死ねばいいと思って言ってるんだよ。ばあ様もお前もな。私からすればいらないんだよ。人じゃなくなった奴も、私に歯向かう無礼な女もな」


 私の事などどうでもいい。


 それよりも。


「おい、ふざけるなクソ虫。人じゃなくなったってのは誰の事を言ってるんだ?」


「ブスな馬鹿女は話の脈絡すら理解できないようだなあ? エレインばあ様の事に決まってるだろ?」


「お前……言って良い事と悪い事の区別すらも付かないのか? 彼女を馬鹿にするな!」


「馬鹿にするさ。ありゃあな、もう終わってんだよ。あのババアはもう頭がイカれてる。壊れてるんだ。周りに迷惑がかかる前に殺処分するのが私たちベンズ家の為になるんだよ」


 こいつ、救えない。


「お? なんだ? その右手の握り拳は? 私を殴りたいのか? いいぞ、やってみろ。幸い、私は力が弱いからお前を殴り返すような事はしない。だが、私の魔力をもってしてお前にそれなりのお返しをさせてもらった後、お前を不敬罪として訴えてやるよう父上に話すからな。さすがに次は父上もお前を許しはしないだろうなあ」


 こいつは理解しているんだ。


 そのうえで私を煽っている。


 だが、私も我慢の限界だ。


「私は生憎暴力が嫌いだ……」


「ほう? それじゃあその右手はなんだというだ? んん?」


「これはだな」


 この握りしめた拳は、こうする。


「な、なんだ?」


 私はゆっくりとその拳をグロリアの眼前へと伸ばす。


「お? 殴るのか? いいぞ、やってみろ」


 グロリアの言葉を無視して、私は右手の人差し指と中指だけを開いてピースの形を取る。


 そして開いた指先をグロリアの瞳に向けてゆっくりと近づけていく。


「う……や、やめろ!」


 グロリアは堪えきれず私の右手首を掴んだ。


 が、私はそれでも指先をグロリアの瞳に近づけていこうとするのをやめずにぐいぐいと力を込める。


「ぐ……は、離れろ!」


 私は無視してぐいぐいと指先をグロリアの瞳に向けて押し込もうと力を込め続ける。


「ぐぐ……」


 グロリアは必死に抵抗している。


 人は誰しも瞳に向かって鋭利な物が近づくと反射的によけるか防ごうとする。


 私のようにゆっくり近づければ後ずさるか手首を抑えるかの二択だろうと思った。退く事は情けないと思ったのだろう、案の定グロリアは私の手首を掴んだ。


 そして私が力を緩めなければグロリアの掴む手に力が入るのは当たり前で。


 うん、痛い。私の手首はグロリアの抵抗によって強く掴まれている。はっきり痛いレベルに。


 もうこのくらいで十分だな。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! 離してえぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 私は自分のできる限りの全力で腹から声を出した。


「どうされました!?」


 一番最初に駆け付けたのは、近くの部屋の掃除をしていたベンズ家の侍女たち数人。彼女らが部屋から飛び出てきた。


 それに気づいたグロリアが慌てて私の手首から手を放したがもう遅い。


「どうしたデレア!?」


「デレアくん、一体何事だね!?」


 ついで、一階応接室にいたギランお父様とザルバ卿も私の悲鳴に気づいてすっ飛んできた。


「うう……」


 私はわざとらしくその場で倒れ込む。


「た、助けて……私、グロリア様に襲われそうになって……」


「っな!? 何を言っているこの性悪女め! 嘘をつくな!」


 グロリアが慌てているが私は無視して、自分の手首を皆に見せつけるように掲げた。


「私がエレイン様との会話を終えた後、廊下に一人でいたら突然グロリア様が私の手首を掴んで……強引に私を連れて行こうと……ううぅぅぅぅぅ」


 私は涙を流しても見せた。


 胸元に入れておいた目薬をひっそりと差しておいたのだ。


「デレアくんの手首、酷い痣に……。おいグロリア! 貴様、客人としてわざわざ遠方からいらしてくださったリフェイラ家のお嬢さんになんという事を!」


「ち、違います父上! これはこの女が私に目つぶしをしようと……」


「め、目つぶしだって……?」


 ザルバ卿が困惑した表情をする。


「デレア。本当なのか?」


 今度はギランお父様が私に問いかけてきた。


「いえ……目つぶしではなく、連れていかれないようにと抵抗していただけで……」


「……ふむ」


 ギランお父様の目を見ればわかる。あの顔は私にも疑いを掛けている目だ。


「お前たち。また痴話喧嘩をしていたのではあるまいな?」


 さすがだ。ギランお父様だけが的確に問いかけてくる。


 このまま押し問答を続けてもまた有耶無耶になるだけだろうが、とりあえずそれでもいいかと私が思ったその時。



「あーあー、うるさいねぇ!」



 ガチャリ、という扉の開く音と共にそう言いながら現れたのはエレイン様だった。





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