30話 デレアの策略
「駄目だ。お前にそんな権限はない」
ピシャリとお父様には言い切られてしまった。
私はドリゼラの頼みを聞く事にし、なんとかリヒャインとの仲を取り持てるよう動いてみた。
カタリナお母様の準備した釣書の婚約者たちの件を考え直してもらえないかとまずはギランお父様に相談してみたが、これはあっさりと拒否されてしまった。
ドリゼラには好きな人がいるのだと説明してみても、
「駄目だと言っているだろう。それはお前が言ったところでどうこうなるものではない」
と、まるで聞く耳は持ってもらえなかった。
その晩はギランお父様の説得は諦め、翌日、また考える事にした。
今日は休日だ。本来ならゆっくり本でも読みながら過ごすところだが、ドリゼラのおかげでとんだ面倒ごとを押し付けられてしまったな。
さて、どうするものかと考えあぐねて廊下を歩き回っていると、ちょうど奥から義母のカタリナがこちらに向かってきた。
こうなれば直接尋ねてみるか。おそらくなんの手応えもなく終わるだろうけど。
「おはようございます、カタリナお母様」
「……あなたから私への挨拶は不要と前にも言ったはず。用がないなら声を掛けないでちょうだい」
相変わらずカタリナお母様は私に手厳しいな。
「少々お話ししたい事が」
「何? 私、婦人会のお茶会に呼ばれているの。手短にして」
ここで素直にドリゼラの事を話すわけにはいかない。そんな事をすれば私とドリゼラが裏で繋がっている事がバレてしまう。
そうなってもドリゼラの立場が悪くなるだけだが……ま、一応ドリゼラが可哀想だしな。
「先の舞踏会、アレは王太子殿下の婚約者探しだったのですね」
探りを入れつつ、じわじわ攻めるか。
「ええ。あなたも社交界で良い経験ができたでしょう」
「おかげさまで勉強させてもらいました。しかし謎多きシエル殿下の事、カタリナお母様はご存知だったのですね。一体どこでお聞きになられたのですか?」
「そんな事、あなたに関係があるのかしら。余計な詮索は不要よ」
っち、さすがにガードが堅いな。
「……赤髪の男が殿下だと知っていたからこそ、ドリゼラに赤髪の男ばかりを狙わせていたのですよね? ドリゼラはリヒャイン様以降は赤髪の殿方とたくさんお話しになっていたようで」
「どうだったかしら。で、それが何か?」
ホラも交えて戦うか。真っ向からどうにかなる相手じゃない。
「いえ、私の学院仲間にですね、王族関連の事に少々詳しい者がいまして。その方曰く、シエル殿下の婚約者は実はすでに決まっていたそうなのですよ。あの舞踏会の前から」
「……」
カタリナお母様は黙って私の話を聞いているが、怪訝そうなその目を見ればわかる。そんな話、聞いた事がないという顔だ。
「では、あの舞踏会はなんの為に開かれたのか。それは、赤髪の男がシエル殿下だという嘘をわざと流して、それに食いつく令嬢を王族関係者が密かに探っていたらしいのですよ」
「なんですって? それはどういう意味かしら」
いいぞ、食いついた。
「それはですね、あの舞踏会の主催者、ヴィンセント・ゴルドール公爵様が愚か者を浮き彫りにさせる為だったのです」
「……っ」
カタリナお母様の表情が険しく強張る。上手く彼女の自尊心、矜持を逆撫で出来たな。
「あの会場で最後に現れたシエル殿下を名乗る者。あの方は実はシエル殿下などではありません。あれはどうやらヴィンセント様の親戚にあたるとある公爵家のご子息様だそうです」
「……それで、何を探っていたというの?」
カタリナお母様は今にも怒鳴り出しそうな表情で、それでも努めて冷静に私へと問いかけて来た。
「カタリナお母様、これはあくまで私の学院仲間の戯言であり、真実かどうかは不明であるという事を踏まえた上でお聞きください」
「いいから早く話しなさい。時間がないと言っているでしょう」
「……つまり公爵様が探った者というのは、赤髪の殿下というちっぽけな噂に騙された愚かな貴族の動向です。では何故そんな噂を流したのか。それはどうやらその噂を流す事で王宮内における横領問題の関係者を炙り出そうとしているらしいのです」
「な! ど、どういう事よ!?」
いよいよカタリナお母様に余裕がなくなってきたな。
畳み掛けるか。
「此度の舞踏会にて謎多きシエル殿下の特徴が赤髪であると噂を流したのは開催主催者のヴィンセント卿。その噂は公爵家のみにしか伝わらないように流した。しかし一部の公爵家の者が自分よりも下位貴族の者にその噂を漏らす。その裏切り者の公爵家こそが王宮の金銭を横領している犯人であり、その者は王家の資産を狙っている者です。これはつまりどういう事かというと――」
私が作ったホラ話はこうだ。
その裏切り者の公爵家は「シエル殿下が赤髪だ」という情報を、自分が秘密裏に懇意にしている下位貴族らに漏らす。
その下位貴族らは裏切り者の公爵家と様々な裏取引をしている間柄で、王宮の金を横領しては共に私服を肥やす、いわば同盟関係。
その同盟の下位貴族が仮にシエル殿下と続柄となれば、裏切り者の公爵家はその家の者と更に王家の金を吸い出せると考えた。だから、自分の手が届く仲間をシエル殿下の婚約者にさせてしまおうと企んだ、というわけだ。
「そしてそれを事前に把握していたヴィンセント卿は、赤髪の男ばかりを狙ってくる令嬢をチェックしていた。これが何を意味するか、おわかりですね」
「……愚か者の吊し上げ、そして処刑」
「その通りです、カタリナお母様」
カタリナお母様は顔面を蒼白にして答えた。
ここまで、ほぼ九割私の嘘である!
いやぁ、我ながら瞬時によく考えついたものだ。なんか確か、最近読んだドリゼラの恋愛小説にそんなような話があったんだよな。それを少々脚色し引用させてもらったのだ。
「もしこの噂話が事実であるとするなら、間違いなく我がリフェイラ家はマークされております」
カタリナお母様は黙したまま、口元に手をあてて顔を俯けた。
想像以上に効いているな。まさかとは思うが本当にこの作り話が事実だったりして。
「ですから私はつい気になってしまったのです。カタリナお母様は一体どこの誰からシエル殿下が赤髪であるという情報を手に入れられたのか。これはギランお父様でさえ知り得ない情報でした」
「デ、デレアさん……まさかギランにもこの事を言ったの!?」
「この事、と言いますか、シエル殿下は赤髪である事をご存知でしたか、とだけ尋ねただけです。ギランお父様は職業上シエル殿下が舞踏会に参加する事だけはご存知だったようですが、赤髪である事までは知らなかったそうです」
これは事実だ。
実は昨晩、ドリゼラの件を聞く際にお父様にも探りを入れておいた。
ギランお父様は、
「私はシエル殿下と面識はないが、殿下についての話を多少は聞いた事がある。しかし殿下が赤髪であるというのは聞いた事がない。お前たちが舞踏会から帰って来て初めて知った」
と、答えていた。
つまり先の大舞踏会、殿下が婚約者を探す事はおそらくカタリナお母様だけでなくギランお父様も知っていた。ここまでは多くの貴族にも知れ渡っていたのだろう。だが、殿下が赤髪である事までを知っている貴族はごく一部のようだと、ギランお父様の反応でわかった。
「……デレアさん。何が望みなの?」




