表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/94

28話 ドリゼラの思惑

 波乱だらけの大舞踏会が終わりを告げて二日目。


「ふんふんふん」


 私は鼻歌交じりにたくさんの本を担いでいた。


「いやぁ、まさか自室でのんびり本を読んでいられる日が来るなんてな」


 とは言ってもその本はドリゼラとカタリナお母様の所有物である貴族間恋愛小説の本しかないのだが、それでも自室で何者の目も気にせずにいつでも本が読める幸せといったら他にはないだろう。


 私にお金があって自由に買い物が許されるなら本を買い漁るのだが、生憎私はそんなにお小遣いは戴けない。本は非常に高価なのだ。


 カタリナはドリゼラ可愛さに好きなようにお金をあげているようだが。


「にしてもドリゼラのやつめ……」


 しかし代償はあった。


 ドリゼラだ。彼女の言葉が珍しく私の心を抉ったのだ。今、思い返しても少しだけ背筋がゾクゾクとしてしまう。


 ――それは大舞踏会が終わった翌日の出来事だ。


 夜中まで起きていたせいで疲れ切っていた私は学院を休み自室で昼近くまで寝ていた。


 するとコンコン、と部屋をノックする音が響く。


 フランが起こしに来たのかと思ったのだがそこにいたのは、


「お、お、おはようございますわ、デレアお姉様」


 まさかのドリゼラだった。彼女も今日は学院を休んでいたようだ。


 ぶっちゃけ私がこの屋敷に来てから数年。ドリゼラ本人が直接私の部屋に来るのは初めてである。


「ん……おはようドリゼラ。一体なんの用だ……?」


 私が寝ぼけ(まなこ)を擦りながら尋ねる。


 だがすぐに思い出した。


 リヒャインだ。


 あの大舞踏会が閉幕するまで結局、私とリヒャインはドリゼラとカタリナに再会する事はなかった。


 リヒャインからは、ドリゼラにまた会わせて欲しいと頼まれていたので一応聞くだけ聞いてみるとは答えておいた。だが、カタリナお母様が許すかどうかはわからない。


 ドリゼラがもしシエル王太子に気に入られ、例の通達とやらがきたらリヒャインの恋は淡く儚く砕け散るだろう。


 まあそうなったら、愚痴ぐらい聞いてやるか。


 で、目の前のドリゼラはドリゼラで、やっぱりリヒャインの事を聞きに来たのだろうな、と私はそう思っていたのだが。


「お姉様……あ、あの……その、こ、こここ、こ、この本を……ご一緒に……い、いえ、やっぱり違くて……ええと、あ、そうだ! そう、この本について教えてもらいたい事があるんですの!」


 しかし、なんだか全然そういう感じではなさそうだった。


 っていうか待て。こいつ今……。


「本と言ったか!?」


 私はドリゼラの言葉よりも目の前に掲げてきた彼女の本にすぐ、目を奪われた。


 タイトルは公爵様と美しき令嬢の禁断の恋。


「まあ……お前が持ってくる本だもんな」


 私は呆れ気味に呟く。


「そ、それで、このご本、少し難しい文とか単語があって、だから、その……お、お姉様にお聞きしたい……かな、なんて……思ったり、思わなかったりしちゃったりしちゃって……へ、へへ、へへへ」


 寒気が。


 なんだこいつ、愛想笑いがクソほど気持ち悪いぞ。


「……なんで私なんだ? そんな事、今まで聞きに来た事なんてないだろう?」


「そ、それは……ッ。えーと、えっとえっと、そうだ! その、お姉様の博識……あ、いや、お姉様のその頭の中身をこのドリゼラ・リフェイラが精査してあげますわよって意味ですのよ? お姉様程度で果たしてこの難しいご本が読めるかをチェックして差し上げようと思ったんですの!」


 うーん……?


 後半、前みたいな嫌味な感じに戻ったら多少饒舌に戻ったが、こいつなんか変だな……。


「まあ、普通に断るがな」


「なんでですの!?」


「別にお前に頭の程度を知られる必要もないし、ってか今はまだ眠たいし」


「そ、そんな……だ、駄目ですわよ! そうやって私から逃げようとしても無駄ですわ! さあ、お部屋に入りますわよ!」


 そう言ってドリゼラは強引にずんずんと私の部屋に上がり込んできた。


「さあさあ! こっちに来てくださいまし!」


 ドリゼラは意気揚々と小テーブルの上に本を広げている。


 なんなんだよ……。


「……ったく。で、どれを私は読めばいいんだ?」


「えーと、えーと、あ、そうそう。この単語! これがお姉様に読めますかしら!? あと意味もお答えくださいましね!」


「……横恋慕。よこれんぼ、だな。意味はすでにパートナーのいる相手に横から入り込む事」


「さすがですわ! 次はこれ!」


「傾慕。けいぼ、だな。深く愛や心を寄せる事」


「へぇ……そういう意味だったんだ……あ、いえ! じゃ、じゃあ次はこれですの!」


「寵愛。ちょうあいだな。特別大切にして愛する事」


「あ……これちょうあいって読むんだ。かごあいかと思ってましたわ……」


「おい、ドリゼラ……」


「あー! つ、次の問題! 次はこれ!」


 え、何これいつまでやらせんの?


 超つまんないし、まるで罰ゲームなんだけど。


「……艷事。つやごと、だ。これは男女における性行為の状況を言い表した言葉だ」


「せ、せせせ、せいこう!?」


「ドリゼラ。お前、この小説もしかして十六禁制の大人向け小説じゃないのか?」


「そ、そうなのかしら!? カタリナお母様の愛読書でしたけれど……こ、このご本ならお姉様も絶対読んだ事ないと思って……」


 はーん。それで私にも難しい字を見せて読めなければ馬鹿にするつもりだったのか。


「まあ確かに読んだ事はないが……残念だったな。私にその程度の字で読めない物はまずない」


「さすがですわデレアお姉様」


 ドリゼラが小さくボソッと呟いている。


「……何?」


「い、一応リフェイラ家の令嬢としてそれなりに勤勉なようですわね!」


「なあドリゼラ。私は言ったよな。今後私にちょっかいを出すなって」


 だんだん面倒くさくなって来た私は、少し目をすわらせてドリゼラに凄みを利かせる。


「う……は、はい」


「わかってるなら帰れ」


「う、う、う……」


 ドリゼラは俯いて二の句を詰まらせている。


 わからん、こいつ一体何がしたいんだ?


「あのデ、デレアお姉様……その……ご」


「ご?」


「ご、ごご、ごめんなさい! 失礼しましたわ!」


 勢いでそう言い残すとデレアは本を置き去りにして私の部屋から飛び出ていった。


 私にはわけがわからず、しばらくぼーっとしていた。


 まあいいや。とりあえずフランでも呼んで、もう昼に近いけど朝食の準備でもしてもらうか。


「お姉様! 開けてくださいませ!」


 と、思ったら速攻でドリゼラが戻って来た。


 私が部屋の扉をあけると、ドリゼラのやつは両手に大量の本を抱えていた。


「な、なんだドリゼラ、その大量の本は……」


「お姉様! また読んでほしいですわ! さっきの続きですわ!」


 え、何こいつ。人の話聞いてなかったの?


「あのなドリゼラ。私は言ったよな……」


「ちちち、違うんですわ! お姉様! これは取引ですの!」


「取引?」


「はい! お姉様がもしこれらの本の文字を全て間違えずに音読し、かつ、私が唐突にお尋ねする質問について完璧にお答えできれば、今度から娯楽室のご本を好きなだけ好きな時にお姉様のお部屋に持っていって読んでいいですわ!」


 なん……だと……。


「ただしお母様にバレてしまうと不味いので、決してお母様に言ってはなりませんわ! お姉様がご本を持って行ってる時は、お母様には私の友人に本を貸したと言っておきますからご安心すればよろしいですわ!」


 く。こいつ、なんて魅力的な提案を!


 だが、何故急にそんな事を?


「……ドリゼラ。何か裏があるのか?」


「うう、う、裏なんてありませんわ! さあさあ、この提案を受けたければ早く私にご本の解説……あ、じゃなくて、私の質問クイズにお答えになさってくださいまし!」


 わけがわからんが、こんな提案受けるに決まっている。


 ドリゼラとカタリナの本はほとんどが恋愛小説ばかりだが、それでも私にとって本という物は何物にも代え難い至福の存在。一度読んだ本は当然脳内でいくらでも思い返せるが、それでも同じ本を読む事に苦痛を感じる事はない。それほどに本が好きなのだからな。


「よし、受けて立ってやろう! だがドリゼラ、約束を違えるなよ? 私がお前の問いに全て完膚なきまでに答えたら本を自由に読ませるんだぞ?」


「ええ、もちろんですわ!」


 と、こうして私はドリゼラからの謎の勝負を持ちかけられた。


 ――結果として、私は当然ながら全ての本の文字、意味、そしてドリゼラからの質問に完璧に答えた。


 ドリゼラはきっと悔しがるのだろうと思ったのだが。


「うふ……うふふ……さすがお姉様ですわ……」


 なんだか私をうっとりしたような目で見て来て、この時は背筋が凍りつくほどゾクゾクとさせられてしまったのである。


「私の負けですわ。デレアお姉様、今後は自由に娯楽室のご本を自室へと持って行っていいですわ。もちろんカタリナお母様には内緒ですわよ」


「ああ。本当にいいんだな?」


「ええ。ただ、その……」


「なんだ、まだ何か条件があるのか?」


「デ、デレアお姉様と……今度、夜、ご一緒したいんですの……」


 え?


「え?」


 心の声と本当の声が同時に出た。


「デレアお姉様の事、もっと知りたくて……うふ、うふふふ」


 ひぃ。


「あ、でももちろんすぐではありませんわ。お母様が外泊してお帰りにならない日とかにいたしましょう」


「嫌だ」


「な、何故ですの!?」


「お前はなんか怖い! 本については感謝するが夜一緒に寝るのだけは断る! ほれ、さっさと帰れ!」


「あーん! お姉様ー!」


 私は襲いくる怖気に身震いしながら、ドリゼラを強引に部屋から追い出した。




 ――と、まあこんな経緯があって、私はドリゼラの許可のもと本を自由にできるようになったわけだが。


「デレアお姉様……夜、一緒に。うふ、うふふ」


 そんな幻聴もセットになって聞こえてくるようになってしまい、私は心が抉られかけているのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ