27話 大舞踏会の真意
そしていよいよ大舞踏会本番、社交ダンスが始まりを告げた。
気づけば多くの貴族たちがそれぞれペアとなって優雅にワルツを踊り出す。
この舞踏会は十六歳となりデビュタントを迎えた成人女性と男性、もしくはそれ以上歳上の大人の男女のみが社交の場で踊る事が許されている。
普通の社交パーティであるならば、私たちのような未成年男女はその様子をただ憧れの眼差しで眺め、そしていつの日か来る自分の番を楽しみに待つのだ。ま、私には微塵も憧れなどないので完全なる例外だがな。
が、しかしやはりどうして、今回のこの舞踏会、何かがおかしい。
「……なんか妙だな」
隣でリヒャインも気づいたようだ。
「うん。何故、これほどまでにデビュタントとして踊る令嬢たちが少ないのだろうな」
「やっぱデレアもそう思うか」
リヒャインと意見が合致する。
そう、今ワルツを優雅に舞っている者たちはその多くが大人の男女ばかり。若き令嬢や令息のペアが妙に少ないのだ。
本来ならここで踊る事こそが最大の栄誉とも言える場のはず。この大舞踏会というのは滅多に開かれるものではないのだろうから。
上流お貴族様方の出会い目的というのはそれとなく侍女のフランたちから聞いてはいたが、それにしてもおかしい。そうであるならば名家である侯爵家の子息のリヒャインがもっと持て囃されてもいいはずだ。幾人かの令嬢はリヒャインの名前に寄せられた者はいるみたいだが。
しかしこの様子だとリヒャインも何も知らなさそうだな。おそらくドリゼラとカタリナお母様なら何か知っているんだろうけれど。
「リヒャイン。お前はそもそも何故、この大舞踏会に参加した?」
「父上に言われたんだよ。お前もいい加減大人としてのマナーを身につける為にも気品のある令嬢たちと親交を築いておけって。ついでに婚約者も探しとけってな」
「それでああやって私に粗暴に声を掛けて来たんだな。クソさいてーだな」
「だ、だからアレはちっと酒が回り過ぎてたんだって! 悪かったってよぉ……もう許してくれよデレア……」
「ふん。生憎私はものを忘れる事ができないからなあ。お前の行ないは死ぬまで言い続けてやるから安心しろ」
「ひどい……」
リヒャインはぐすん、とした顔をするが自業自得だ。愚か者め。一生反省しろ。
「ただ、父上も妙な事を言っていたんだよな。この大舞踏会ではできるだけ自分の力を誇示してみせろってさ。そうする事でリッツガルド家の風通しもよくなるとかなんとか……」
風通し……?
侯爵という地位と歴史的大魔導師として名を馳せたラファエル様が、更に風通しをよくしたい?
侯爵ほどの地位があり、かつ大魔導師としての快挙を成し遂げたラファエル様なら金銭的にも尊厳的にも風通しが悪い事なんてありえないと思うのだけれど、一体どういう意味だ……?
「皆様! 今宵は素晴らしい時をお過ごしくださっているようで何よりでございます!」
数回に分けられた社交ダンスがある程度区切りのついたタイミングで、ひとりの背高の男が声高らかにそう告げた。
「私は此度、主催者であり我が主であらせられるヴィンセント・ゴルドール公爵閣下の忠実なる従者、ロハン・ミュッセンでございます! 以後お見知りおきを!」
ロハン・ミュッセンと名乗る男は丁寧にお辞儀をしてみせた。
「そうそう。メリーの医者を探す時、俺様が掛け合ったのはあのロハンってやつだよ。あの人が公爵様に伝えてくれるって言ってたんだ。あのロハンってやつも結構な家柄のご子息様だったと思うんだが、なんか思い出せねぇんだよな。ミュッセン……ミュッセン……うーん」
ロハン・ミュッセン、か。
知らないな。というか私は貴族たちの著名人などをほとんど知らない。本に載るような人物であるなら知っている事が多いが口頭などで伝わる話とか噂などはほとんど知らない。だから、どのお貴族様がどういう力を持っていて、どう有名で、みたいな話はさっぱりだ。
人となりを大事にしてこなかった私の欠点だと、私も自分で理解はしているがな。
「今宵の大舞踏会はもうそろそろ閉幕にございます!」
何? こんな中途半端なタイミングで終わり? 普通ならまだ他にポルカ等のダンスを踊ったり、その後の夜遊びとしてカードや会話をだらだらと楽しむものだ。いや、確かに私個人としては一秒でも早く終わってくれた方がありがたいのだけれど。
「皆様、この大舞踏会の真意についてすでにご理解されていた方もいらっしゃるかと思います。皆様が知るそのお噂は真実! そして舞踏会が終わりを告げるという事は、全てが決定されたという意味でございます!」
なんだ……?
ロハンは何を言っている?
「そんな……」
「嘘……もう……?」
「私、まだ全然色々なお方とお話できていないわ!」
私の周辺にいる令嬢どもも騒ぎ始めている。
くそ、一体何がどうなっているんだ。
私が周囲の状況や声に聞き耳を立てて考えあぐねていると、
「では最後にこの大舞踏会の真意でもある、この王国の次期国王様こと、シエル王太子殿下にご挨拶を賜りたいと存じ上げます!」
シエル王太子殿下というまさかの名が告げられた。
「そうか! 思い出したぞロハン・ミュッセン! あいつはマグナクルス国王が囲っている側室の息子の一人だ!」
「あいつは側室の子息なのか。しかしそれが何故公爵家の使用人をしているんだ?」
「これは聞いた噂だが、ヴィンセント卿は随分昔から子宝に恵まれないらしくてな。そこで七年くらい前から王家の血筋の者を数人従者として雇い、その中から選りすぐった者を養子に迎えたがっているそうだぜ」
後継人を作る為か。
「ヴィンセント卿はマグナクルス国王の従兄弟にあたる人だと聞いてる。そうか、この大舞踏会は王家が深く関わって……まさか、そうすると父上が言っていたのは……」
リヒャインも何かに勘付いたようだ。
王家が関与している大舞踏会。
まさかこの大舞踏会の真の目的は……。
私たちが沈黙していると、大ホールの裏口の方から、やや長めの燃えるような真紅の赤髪を揺らし、目元を大きく隠すような仮面をつけた男がロハン・ミュッセンのもとへと近づく。
「皆の者、今宵はお集まりいただいて心より感謝する! 我が名はシエル・ヴィクトリア! 現国王マグナクルス・ヴィクトリアの実子であり次期国王となる王太子である!」
会場に大きなどよめきが沸き立つ。
まさか王太子自らがこのような場に現れるとは驚かされた。
シエル王太子殿下といえばさすがの私でも名前くらいは知っている。国民の前には一切その素顔を曝け出す事はなく、その素顔を知るのは王家の親族の、限られたごく一部にだけという謎多き王太子だ。
「赤い髪のお方が殿下だったのね」
「いやぁ……私、今日は赤い髪の殿方とは一度もお話していない!」
「私は赤い髪のお方は三人ほど、仲良くなりましたわ! もしかしたら……!」
周囲の令嬢どもが騒ぎ始めた。
なるほど、ようやく理解してきたぞ。
つまりこの舞踏会は。
「今宵は実に素晴らしき、よき日となった。そして私も兼ねてより考え続けていた将来の妃としての候補、つまり婚約者候補たちが決まった!」
やはりそういう事か。
この大舞踏会、つまりは王子様の花嫁探しだったわけだ。
此度の大舞踏会にて王太子殿下はひっそりと貴族らに紛れ込み、そして婚約者を探す。そんな噂はまことしやかに上流貴族の間で流れ、こうして集まってきたわけか。
「その者らは実に素晴らしい人格者であり、そして優れた魔法の才を持つ者たちだ! 後日、私の叔父の従者であるこのロハンより、直接通達が行くだろう。通達が届いた者たちは速やかに我が王宮、謁見の間に訪れてほしい!」
だから魔力を誇示する余興も設けられていたんだな。
通りでカタリナお母様が躍起になるわけだ。魔力の才能が高いドリゼラをなんとしても王太子殿下の婚約者にしたかったのだろう。王家と縁が結べるならこれほどの名誉はない。
貴族令息にしてもそうだ。婚約者にならずとも王太子殿下と交友関係を深められれば王家との風通しが実によくなる。だからこそリヒャインはお父様であるラファエル様にそう言われていたのだろうな。しかしそれならラファエル様もリヒャインにそう言っておけばいいものを。
舞踏会本番になってから多くの令嬢たちがワルツに参加せず様子を窺っていたのは、パートナーとなる相手を早とちりしてしまわない為か。そこで踊る相手がもし王太子でなければ色々と不利になるかもと深読みしたわけだ。
っていうかシエル王太子は婚約者候補『たち』と言っているという事は、通達が行く令嬢は数人いるんだな。全く、お盛んな王子様だこと。
くだらねー。超興味ねー。
しかしそうなるとあれか。ギランお父様がこの私にも無理やり参加させたのも納得がいく。私かドリゼラ、どちらでも王太子の婚約者になれれば儲けものだものな。
どうでもいいー。マジ帰りて―。本読みてー。
ひとまず私が選ばれる事は絶対ないだろうからそれは一安心だな。今日私が話した男は限られてるもんな。
ま、もう決まったみたいだし、これで帰れるか。おまけに今後のデビュタントも出なくていいし!
私は肩の荷が降りた気がして、心から安堵していた。
のだが。
まさかこの件がのちの私の人生に大きな影響を与える事になるだなんて、まるで思いもよらないのであった。




