23話 彼女を救う鍵
「おいッ! 誰かこの中で水属性に適性のある者はいないか!?」
先程と同様に私は周囲を見渡し声をあげる。が、やはり誰もが我関せずのままであった。
絶対数の少ない光属性適性者に比べ、貴族の約四人に一人はいるとされる水属性の適性者がいないはずがない。
リヒャインは水属性適性者だった。奴に医者を探させに行かせたのは失敗だった。あいつが近くにいれば……クソ。
私が唇を噛み締めているその時。
「あ、あの……わ、私、水属性適性者、だけど……」
そう言ってようやく私の前に名乗り出てきてくれたのは、あの図書委員の女。
「お前は確かマリアだったか。本当か、水属性適性者なんだな!?」
「う、うん。な、何をすればいいの? というかデレアさん、あなた、なんだか人が変わってしまったような喋り方ね……。いつも学院の図書館で見るような感じじゃ……」
「そんな事、どうでもいい。お前が適性者で私に力を貸してくれるというなら私の事など知ったことか。とにかく、私の質問に答えて、そして話を聞いてくれ」
「わ、わかったわ」
「マリア、お前の年齢は?」
「十六よ」
「高等部だな。それならば魔力の具現化授業はやっているな。水魔力の具現化まではできるか?」
「私はあまり優秀ではないけれど、なんとか具現化まではできるようになっているわ。けれど魔法として放つには不十分で……おそらく正式な魔法としてはまだまともに扱えないわ」
という事はこいつは基礎魔力も低く、才能もあまりないという感じか。
……でも、やるしかない。
「そうか、それでいい。まずは両手に水属性魔力を高め、具現化させるかのようにイメージしろ」
「……こう、かしら」
「いいぞ、手が潤ってきたな。では一旦魔力精製を止めて、両手でメリーの足の付け根、この辺だ。この辺りを優しく包め」
「うん」
「動脈の鼓動を感じたか?」
「ええ、わかるわ」
「よし、そこは大腿動脈という血管だ。そうしたらそのまま、さっきと同じ要領で水魔力の具現化をこいつの体内、動脈へ向けて発現させるイメージでどんどん魔力を精製しろ。ただしゆっくりとだ。一気に魔力を精製しようとせず、丁寧に慎重にゆっくり精製してくれ」
「そ、そんな事して大丈夫なの!? 魔力って直接他人の体内に送り込んだりしたら凄く危ないから絶対やっちゃダメって先生が言っていたけれど……」
「今は緊急事態だ。それをやらなければこいつは助からないかもしれない。全ての責任は私が負う。だから頼む、やってくれ」
「わ、わかったわ。んんんんん……!」
水滴がマリアとメリーの周囲に見受けられない。よし、上手く水魔力がメリーの体内、血管系に伝わって流れているな。
「い、いつまで魔力を精製していればいいの?」
「もう少しだ……もう少し……」
私は注意深くメリーの様子を窺う。
「はあ……はあ……デ、デレアさん。わ、私、もう集中が……」
水魔力をメリーに送りこんでから約二十分。マリアの魔力が限界か。
くそ、やはり基礎魔力が不十分すぎたか。
「わかったマリア、一旦止めてくれ」
「はあ、はあ……ご、ごめんなさい」
「十分だ。よくやってくれた。休んでくれ」
だがしかし彼女の代わり水属性適性者はおそらくもう出てこないだろう。周囲のクソ虫どもは私たちを奇異の目で見ているばかりだしな。
あと四十分……いや、せめて後二十分でもいい。水魔力を送り込めさえすれば……。
くそ。こんな時、自分の魔力の無さが不甲斐ない。私には六属性魔力のどれにも適性がない。平民以下は皆、それが当たり前だ。グラン様は私にも魔力があって完全記憶能力という魔法があると言ったが、それがどの属性なのかすらわからないし、魔力として具現化すらできない。私のこれは本当に魔法なのかすら怪しい。
魔力、魔法について私はまだ……あまりにも無知だ。
「デレア!」
その時、リヒャインの声が響く。
「さっきようやく主催者の公爵様の関係者を見つけてきたぞ! 王宮在中の医者と治癒魔導師様に話を伝えてくださるそうだ! きっとすぐに来てくれるぞ!」
そうか。それは良かったが今一緒になってここに来ていないという事はまだ時間がかかるのだろう。
だが。
「いいタイミングで戻ってきたリヒャイン! 今すぐ私の隣に来い!」
「な、なんだよ? って、うわ、こいつゲロ吐いてんのか」
リヒャインのデリカシーのない言葉にメリーは眉をひそめて悲痛な表情をして見せた。同時に私はリヒャインを鋭く睨みつける。
「黙れリヒャイン。この子はまだしっかりと意識を持っている。傷つけるような暴言はこの私が許さない」
「わ、悪かったよ……」
ったく、あい変わらずのクソ虫だな。また後で説教だ。
今はそれよりも。
「リヒャイン、私の言う通りにしろ。水属性魔力を精製して彼女の足の付け根から水魔力を送りこんでくれ」
「なんだよそれ!? 殺す気か!?」
「違う。水魔力を魔法としては発現させず、ただ、水魔力の精製だけをしろ」
「いや……それでも他属性魔力を他人の体内へ送り込むってのはやばすぎだろ。死ぬんじゃねぇのか?」
「大丈夫だ。足の大腿動脈に向かって、丁寧にゆっくりと水魔力を相手の体内に精製すれば問題ない。その際の魔力精製速度は0.15mg/MHだ。それ以上早めてはいけない。できればそれを四十分間、同速のまま続けてくれ。できるか?」
マリアにはあえて言わなかったが魔力は熟練度によって精製速度の練度があがる。普通の魔導師見習いクラスの者ではその精製速度はどんなに早くても0.10mg/MHにも満たない。マリアの水魔力の具現化具合を見たときにそれはすぐにわかったのであえて言わなかったのだ。
「そんな少量の低速でいいなら数時間は余裕だが、そんな事して何か意味あるのか? ってか他人の体内に魔力を直接送り込むのは専門魔導医とかじゃないとやべぇって聞いてるし、間違ってこいつが死んじまったら俺様でもさすがに……」
「いいから黙ってさっさとやれ! メリーを無駄死にさせたいのかッ!」
「わわわ、わかったよ……やりゃあいいんだろやりゃあ!」
渋っていたリヒャインが慌てながらようやく私の言う通りにメリーの足の付け根を優しく包み、魔力精製を始めた。
「ったく……すぐ怒んなよ……ってか、デレア、こえぇんだよ……」
「ぶつくさ言ってないで黙って集中しろ」
「へいへい……」
口を尖らせてはいるがやはりこいつ、優秀な魔導師だ。私が指定した精製速度0.15mg/MHという数値を数時間は余裕だと豪語した。一級魔導師というのは伊達ではなさそうだ。
私の指示通り、リヒャインは正確に魔力を流し込めている。リヒャインから感じる水魔力がメリーの足の付け根へと注ぎ込まれている感覚が感じ取れる。
魔力の流れというものは魔力を持たない者であっても近くにさえいれば、それが魔力だと感じさせる感覚があるからだ。
――そうしてリヒャインが水魔力をメリーへと送りこみ、まさに四十分近くが経過した。
「こっちです先生!」
そんな頃になってようやく医者と治癒魔導師の二人が、一人の青年貴族に連れられてやってきたのだった。




