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22話 放っておけない

「な、にゃ、にを、する、る、のよ!?」


 この女、だいぶ酷くなっている。症状がここにきてかなり急激に進行しているな。


「暴れるな。そして私の質問に答えろ」


「あ、あらた、あなたは……さっきから、きゃら、何を……?」


「いいから聞け。お前は普段から極度に緊張したりするのか?」


「ふ、ふらん、普段は滅多にし、しないわ。れ、でも今日のは特別な舞踏会だから、で……」


「その今日の震えはいつからだ? 目眩はあるか? 頭痛は?」


「こ、このらい、大舞踏会が開催さ、された頃、くらいよ。だ、だから今日は、ちょ、ちょっとい、いつもよりき、か、ひん、きん、緊張しへるだけ、な、なのかろ思って。め、目も……おしゃ、お酒が回っれきたのかと……ず、ずつうはらい(無い)……」


 大舞踏会が開催されてからとなると、現在およそ四時間。くそ、かなり時間が経っている。際どいぞ。


「わかった。お前はもう喋るな」


 私は彼女身体をくまなく見渡す。目立った外傷はない。


 後頭部にも強打したような形跡もない。


 出ている症状は右腕の強い震えに右半身の微痙攣、それと目眩に加えて呂律が回らない、と言ったところか。


 だが呂律の回らなさが急激に悪化している。下手をすれば早い段階で意識レベルが低下してもおかしくない。


「聞けメリー。お前は病気だ」


「え?」


「リヒャインもよく私の話を聞け。この女は……メリーはおそらく脳卒中(のうそっちゅう)、つまり脳血管障害だ」


 近代医学術は実に進展してきており、人の脳を研究する脳魔導学師たちの研究結果から、脳の血管に関する魔導医学書が広まり始めた。


 これはこのヴィクトリア王国の魔導医学技術がみるみる発展していった賜物だが、そんな専門的な知識はまだ貴族を含め多くの一般人が知るところではない。


 そんな専門的魔導医学書まで貴族魔法学院の図書館にはあったのだから、本当にあの図書館は素晴らしい場所だ。


 まあ、そんな物を好んで読むのは私くらいだろうがな。


「なんだと……ってか、のうそっちゅーってなんだよ?」


「頭の中、脳の血管の一部が詰まってしまったり、破裂してしまって引き起こす、動脈硬化が主による(やまい)だ」


「あ、頭の血管が!? そりゃやばくねぇか!?」


「ああ、やばいんだよ。だから私はコイツを横に寝かさせたんだ。おい、メリー。ついでに少しそのキツそうなドレスも緩めるぞ」


 私はメリーの返事を待たずに少しだけ衣装をはだけさせた。


「な、なんか変だとおも、おも、思った、わ、わら、私、びょ、病気、なの……?」


 メリーの顔が悲哀に歪む。ようやく恐怖を覚えたのだろう。


「ああ。だが、安心しろ。私がなんとかする」


「あ、あにゃ、あなたは一体……?」


「もういい喋るな。気持ちを落ち着け、呼吸を丁寧にしていろ」


 とは言ったものの、脳関連の病気は素人が迂闊に手を出すべきではない。専門医に任せるのが一番だ。


「リヒャイン。お前はこの会場の主催者、公爵様か関係者のところに行って、医者か治癒魔導師を呼ぶように言え! それまでは私が看護する!」


「わ、わかった!」


 とは言え医者がすぐに来れるとは限らない。脳関連の病気は特に時間との戦いだ。遅れれば遅れるほど生存率が低下する。今、できる限りの処置を施しておくべきだ。


「それと、この中に治癒系に特化した光属性に適性がある奴はいないか!? 特化していなくてもいい! 光属性に適性がある奴がいるなら私と一緒にこいつを助けてくれ!」


 私は大声で叫んでみるが、誰もがよそよそしくして顔を背けるばかりだ。むしろ私を小馬鹿にしている声しか聞こえてこない。


 我関せず、されど野次馬根性は剥き出しか。っち、やはり貴族はクソ虫だな。


「う。うぶ、ぅおげえええぇぇえぇ!」


 その時、メリーは突然嘔吐し、吐瀉物を絨毯へと撒き散らかした。


「きゃあああ! あの人、吐き出したわ!」


「汚い! 臭い!」


「みんな離れましょう! この人、変な病気らしいですわ!」


「嫌! うつされたくないわ!」


 周囲で私たちの様子を黙って見ていた群衆どもがメリーの唐突な嘔吐に過敏に反応し、悲鳴をあげ、まるで蜘蛛の子を散らすようにその場から離れて行った。


 っち、クソ虫どもが。さっきまで私の話を近くで聞いておいて何故、これがうつる(やまい)だと思うんだ。


「大丈夫か? 頭を少し持ち上げて身体を横にさせるぞ」


 私は自分のハンカチを取り出して彼女の口周りを綺麗に拭き取り、吐瀉物の残りで喉を詰まらせないよう身体を傾けてやった。


「はあっ……! はあっ……! あらた、あなたの……ハン、カチ……汚して、おめ、ごめんなさ……」


 こいつ……自分が苦しい時にそんな事を。


「いいんだ、気にするな。こんなもの、いくらでも替えがある。それよりお前は喋るな。楽にして私に身を任せておけ」


 私は微笑んで彼女の頭を優しく撫でた。


「はあ……はあ……。う、うう、あ、ありが、と……ふ。う、うう……ぅぅぅ……」


 メリーは涙をボロボロと溢しながら私にお礼の言葉を必死に伝えてきた。


 こいつがクソ虫だろうがなんだろうが、関係ない。


 私には、目の前の命を捨ておいてなどいられないッ!


「大丈夫だ。この私がいる。なんにも怖い事なんかないぞ。お前は必ずすぐに良くなる」


「う、うう……ありが、とう……」


 しかしこれは本格的になんとかしなければいけない。


 医者もリヒャインもまだ誰も来る気配はない。


 だったら私の頭でなんとかしてやる。


 思考を巡らせろ。全ての記憶を掘り起こせ。私の中の図書館を広げるんだ。


 この症状と進行具合から鑑みて、彼女は脳卒中であると暫定した上で想像を広げる。


 脳卒中は脳梗塞(のうこうそく)か、脳出血か、くも膜下出血(まっかしゅっけつ)の三つに分類される。


 どれにしても脳に対してなんらかの障害を与えているのはほぼ確定的だが、脳の中を見てみない限りどれであるかを確定付ける事は不可能だ。


 魔導医術師に外科手術を施してもらい頭蓋を切開するか、透視系魔道具、あるいは透視系の魔法で脳をスキャンさえできれば確実だが……。


「う、ッあうう……うあう、ひゃへれな……ッ……ッ」


 メリーの呂律が更に悪化した。意識レベルはまだ健在だがいつどうなるか予断は許さない。


 もはや悠長に構えている時間はない。


 脳梗塞であるなら、脳の血管の一部が動脈瘤(どうみゃくりゅう)によって塞がれ血液の流れを阻害しているので、その動脈瘤をなんとかすれば良い。


 昨今、急激に魔導医学が発達し開発された魔導薬学師が作ったという、タンパク質分解酵素を活性化させるMt-PA製剤を約五時間以内に静脈へと注射すれば回復が見込める可能性が高い。


 が、おそらくメリーが脳梗塞である可能性はかなり低い。


 何故ならメリーは私とほぼ変わらない年齢。つまり十代半ばだ。これほど若くして動脈瘤による脳梗塞を引き起こす事は滅多にない。基本的に動脈瘤は加齢や肥満に伴い進行しやすい。


 となるとメリーは脳出血か、くも膜下出血という事になるが、頭痛の症状は無く、頭を触って見ても今のところ、脳浮腫(のうふしゅ)は見受けない。だが、それだけでは脳出血、くも膜下出血ではないと判断は付かない。


 どっちだ……可能性は……。


 血管の詰まりか、破れか……。


 何か……何かヒントは……。


 その時、彼女の震えている右腕を見直してみて、ふと気づく。


 そうだ、こいつは……メリーは人より少し体格が特徴的だった。高く細身の身長。長い四肢。そして少し曲がった背中。顔つきも狭く、眼球も少し落ち込んでいる。


「そうか……こいつはアルファン症候群だ」


 アルファン症候群。ラントワーヌ・アルファン魔導医学博士が見つけた事で魔導医学師たちに知られるようになった非常に稀有(けう)指定難病(していなんびょう)


 その症状は全身の様々な結合組織の働きに不具合が起きてしまうというもので、それにより、骨格に変貌が生じてメリーのような特徴的な体格や顔つきとなる先天性の病気だ。


 結合組織の不全は血管内の剥離(はくり)も起こしうる。そして年月をかけ、それにより動脈瘤が発生し、それが脳血管に詰まってしまったのだとしたら、先程の私の見解とは真逆で彼女は若くしての脳梗塞である可能性の方が非常に高くなる。


「……緑色の紋様印のなされたリストバンド。やはりか」


 そして何故かこの指定難病者は地属性適性者の割合が多いらしく、やはり彼女も地属性だ。念の為、彼女の袖をめくって確認してみたが彼女が装着している可愛らしいリストバンドには、万が一の暴走制御用として反属性の風属性紋様印が刻まれているからすぐわかった。


 地属性適性者という者は、体内神経系の他、細胞膜や血液に最小の土粒子、粘度系粒子を含んでいる。通常であれば剥がれ落ちたそれらは特殊な酵素によって分解、吸収され、溜まり過ぎる前に汗や排泄物などによって体外へと排出される。


「血管内細胞剥離による動脈瘤……通常であれば基本成分はタンパク質のはず……。血小板とフィブリンによる動脈瘤ならばプラスミン酵素による分解が最適解……治癒術師の光魔法なら魔導組織プラスミノーゲン・アクチベーター、通称Mt-PAと同等の役割をさせる近似魔法があるが……しかし地属性であるとするならば……その体質はあるいは……もしや……」


 私はぶつぶつとひとりごちる。


 これまでの流れがひとつの可能性を導き出す。




「……そうか。これだ」



 そしてようやく私はひとつの答えに辿り着いた。





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