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20話 和解

「さて、と。デレア、もう落ち着いたね?」


 リヒャインとの会話を終えたグラン様が私の方へと向き直す。


「はい」


「何か、私に聞きたい事はあるかい?」


「たくさんあります……」


「答えられる範囲内で答えよう。なんだい?」


「どうしてあなたは……そんなにも私について詳しいんですか? こんな数年ぶりに会ったって言うのに」


「それは私がずっとキミの事を……」


「私の事を……?」


「……調べていたから、だ」


「調べていた……?」


「そう。昔、図書館で出会ったキミをずっと探し続けて、ようやく最近キミがリフェイラ家の令嬢だと知って、それから色々調べて様々な事を知ったんだ。そして会場ではキミを探そうと思っていた」


「どうして私の身に起きた異変にもすぐ気づけたんですか?」


「そのガラスの靴だ。今は何ともなっていないが、つい先ほどまで、その靴は紫色に淡く光り輝いていた」


 ギランお父様に言われて履いてきたこの窮屈なガラスの靴が……?


「その靴のガラスはマナグラスという特殊な成分を含んだ珪砂、石灰から造られていてね。周囲数メートル付近の魔力に呼応する性質がある。そして近くにあるマナグラスはマナグラス同士が共鳴して、光り輝くという性質もあるんだ、ってキミならそれぐらいは知っているか」


 彼の言う通りマナグラスという特殊な石灰の事については、鉱石類について書かれた図書で読んだ事があるから私もその性質について知っている。


 マナグラスの共鳴作用は近くなればより強い光を放つ。光度を確かめて動けばそちらに魔力の反応が示されているとわかるわけだ。


「私も普段から小さなマナグラスのペンダントをひとつ身につけているんだ。だからこれを見てキミの居場所をすぐに探しだした」


 そうか、私がリヒャインと揉めていた時も彼はこの反応を見て私のもとに駆けつけてくれたのね。


「これはマナグラス製のガラスの靴だったのね……」


「魔力が普段、表面に出ないキミには気づけなかったのも無理はない。今日、キミとドリゼラがマナグラスのヒールを履いてくるとギラン殿に聞いていたから、何かあればすぐ駆けつけようと考えていたんだ」


「どうしてお父様は私にこんな靴を……」


「ギラン殿は実に聡明な伯爵様だ。キミたちの事を常に案じていた。そのマナグラスのヒールが光れば、この私がすぐに駆けつけられるようにと保険を掛けてくれていたのだろうな」


「グラン様とお父様はどういう関係なんでしょうか?」


「……」


「それは教えてもらえないのですね」


「いつか教えられる日が来る。ただよく聞いて欲しい。私もギラン殿も、デレアの味方だ。キミを守る為にいるという事を忘れないでくれ」


「……なんでそんな事を」


「理由はいつか必ず知る日が来る。今、私から勝手な事をキミに伝える事はできない。筋を通すならギラン殿から通すべきだから、な」


「でも、お父様はいつも何も教えてくれないです」


「そうだな。職業柄、彼は口が硬くなくてはいけない性分になっているから仕方がないだろう。それでもデレア、キミはいつか真実を知る。けれどその前にキミにはもっともっと、たくさんの知識を得て、知恵を生み、人を知って、そして愛を知って欲しいんだ」


「……なんでグラン様までお父様と同じような事を言うんですか?」


「同じ事を? そうか。ギラン殿はきっと……いや、なんでもない」


「あなたは……一体何者なんですか?」


「私はグラン・リア。それ以上でも以下でもない。キミが単なる伯爵令嬢というわけではなく、デレアという一人の聡明で、可愛らしい女性であるのと同じように、私もまた、ただの一人の男に過ぎない」


「え、か、かわ!? わ、わわ、私が!?」


「キミはいつだって可愛らしかったよ。昔も、今この時でさえもね」


 こ、こここ、この人は何を言っているの!?


 私は今、いつもの分厚い眼鏡をして、髪の毛も少しボサボサで、メイクも涙で崩れ落ちてしまっているというのに!?


「……ぁ、う、うう」


「そうやって恥ずかしげにする仕草もまた可愛らしいね。デレア、私はキミの事をずっと思っていた」


 え? え? えッ!?


 なになになに!?


 突然急展開すぎてなにが起きてるのかよくわかっていないんだけどこの人は今何を言おうとしているのワタシは今何を考えているの私が可愛いとか言ってたけどいやいや違う待って待って冗談よね揶揄ってるんだそうだそうに違いない落ち着けワタシおちけつ私ワタシ私ぜんぜん落ち着いてねーーー!


 脳みそがぐるぐるするう……。


「あ、ひゃ……」


 私は思わずよろけて、そのまま前へと倒れ込む。


「おっ、と」


 グラン様がそんな私を抱き留めてくれた。


「大丈夫か? デレア、まだ目眩が……」


 グラン様の顔が近いーーーッ!


「はわわわわわ……」


 なになになに!? 私はどうしたの!?


 落ち着け落ち着け。冷静にいつものように思考を巡らせて、今、自分に起きている現象について考えてみるんだ。いや違うこういう時は素数だ。素数を数えるんだ。1、2、3、5、8、13……ん、いや違う!? あ、これフィボナッチ数列だ!? フィボナッチ数列といえば黄金率! いやいや、そんな事は関係なくて!


 ……。……。……。……。……。


 ……無理だ!? なんでか全然全くちっとも冷静になれない!


「きゅう」


 声なのか溜め込んだ息なのか、よくわからないそんな音を出して、私はそのまま彼の腕の中で頭を真っ白にした。


「おい、お前ら。イチャつくなら二人きりになってからにしろよ……俺様もいるんだぜ……」


 それまで黙っていたリヒャインが唐突に口を挟む。


「い、いちゃ!? ち、ちち、違う! そんなんじゃないし!」


 私は途端にグラン様から離れ、そう叫ぶ。


「あー……リヒャイン。お前、余計な事を……」


 グラン様は残念そうな顔をしてそんな事を呟いてるけど、それってどういう意味!? ねえ、どういう意味!?


「っつーかよ、デレア。お前、キャラ変わりすぎじゃね? さっきまでそんなしおらしい言葉づかいじゃなかっただろ……」


「うるさい! 黙れクソ虫!」


「俺様には変わらずかよ!?」


「デレア。クソ虫呼ばわりはさすがに酷いよ。彼も反省して、自分を見直すようになったんだからさ」


「グ、グラン様にそう言われても私、どうしてもクソ虫っていうの口癖だし、やっぱりクソ虫にはクソ虫って言いたいっていうか……」


「はは、じゃあ仕方ないか。でもそんなちょっとお茶目な口調のキミもとても魅力的だけどね」


「え、えええ!? おちゃめ!? みりょ……はあう……」


 グラン様の優しさ(?)は駄目だ! 私が私で無くなってしまう!


「デレアのそれ、お茶目で済むような言葉づかいかね……」


「うるさいクソ虫! だいたい元はといえばお前が私に暴力を振るったから悪いんだ!」


「う……そ、それは……言い返せねえな。すまん」


「ははは。仲良くなったみたいで何よりだ」


「「どこが!?」」


 そんな風にして、私とグラン様とリヒャインはいつの間にかわだかまりも薄れて会話を交えていた。


「さて、私はそろそろ行く」


 グラン様が不意にそう言った。


「グラン様……あの、またお会いできますでしょうか……?」


 私がこんな事言うなんて……。


 でも私はもっと彼とたくさんのお話をしたかった。


「いつとは言えないけど、必ず会えるよ。デレア、キミが今後も知識の探究を怠る事なく、そして正しいと思う行動をし続ける限りね」


 正しいと思う行動。


 私は……そうだ。生きなくちゃいけない。知識を深めて、もっともっとたくさんの事を知らないと駄目なんだ。お母さんの為にも。


「はい、グラン様。私、もっともっと本をたくさん読みます。そしてたくさんの事を知ろうと思います」


 グラン様はニッコリと微笑んで頷いた。


 そして彼は私とリヒャインに背を向ける。


「すまないな二人とも。私はもう、このままこの会場から出る。おそらくしばらくは会う事も無いだろう。この大舞踏会、実に素晴らしい収穫があった。デレアとリヒャイン、キミたちに出会えた事だ」


「グラン様……」


「グラン……」


「私はキミたちの事を友だと信じている。そして私の友は互いに友になれるとも信じている。リヒャイン、今のキミならデレアや他者を気遣ってあげられる紳士になれるはずだ」


「ああ。俺様は心を変えたぜ。お前のおかげでな」


「そしてデレア。キミも自分の闇を客観的に見直して、自分の誤ちを乗り越える自信も付けたはずだ。もはやキミは魔力なしのただの無能などではないのだと知ったのだから」


「はい、グラン様。私、できるかどうかわからないけど、自分の力を信じてみます」


「ああ……。そして私はデレア、キミと……」


 グラン様はそこまで言って言葉をつぐんだ。


「さあ、キミたちは会場に戻れ。もう少しすれば余興の魔力のお披露目会とメインイベントの社交ダンスが始まるぞ。そしてその時に今日という日の本来の意味がわかるだろう」


「「え?」」


「……すまない。気にしないでくれ。ではな」



 意味深な言葉を残しグラン様は足早に王宮の外へと向けてその場から去っていくのだった。





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