19話 グランの言葉
――そんな幼い日の記憶が今もこうして鮮明に蘇る。
それが私の力、完全記憶能力なんだ。
「だから私は今もこんなにも鮮明に昔の事を思い出してしまうんですね。だから私のお母さんはいつまでも私の中で色褪せないまま、なんですね……」
私はグラン様にそう尋ねた。
「……そういう事だ」
私はいつの間にか涙をこぼしていた。
グラン様に私の力について説明され、昔の記憶をまた強く思い出したせいだろう。
「これを」
グラン様はそっと私にハンカチを手渡す。
「あり、がとうございます……」
情けない。
こんな女々しく泣いている姿を人に見られるなんて。
「デレア。その力……完全記憶能力については基本的に他言しない方がいい。認知の低い特殊な魔法だからね」
確かに認知度が極端に低く、魔力として他人には感じさせる事もできない魔法を魔法だと言っても、誰もまともに信じはしないだろう。
私はこくんと頷いた。
「う……デレアと……お前は……」
「気がついたか、リヒャイン」
私の暴走した魔力によって倒れ込んでいたリヒャインが目を覚ます。
私はもうグラン様以外の者に涙と眼鏡を外した素顔を見られたくなくて、思わず背を向けた。
「立てるか?」
「あ、ああ。すまない」
グラン様はリヒャインの手を取り、彼に肩を貸した。
「なあ、デレアは一体どうしたんだ?」
「リヒャイン、よく聞け。彼女は特別なんだ。ただの貴族令嬢なんかじゃない」
「それはなんとなくわかるが……色々と俺様には理解が追いつかねえ事ばかりだ。一体デレアには何があったんだ? そもそもお前は何者なんだ?」
「デレアは普通の貴族とは全く違う特殊な魔力持ちだ。それは本来彼女の内側にしか顕現しない」
「薄れゆく意識の中でお前たちの会話を聞いた。完全記憶能力、だったか。それがデレアの魔法なんだろう?」
「聞こえていたか。そうだ。その力は彼女の内側でしか顕現しないからこそ、その精神に大きく左右されやすい。リヒャイン、お前の言葉が、お前の態度がデレアの心を大きく揺さぶったせいで彼女は生まれて初めて暴走してしまった」
「俺様の、せい……」
「私は少し前、お前に説教をしただろう。アレは全てお前の為だけに言ったのではなく、デレアを守る為の言葉でもあった。これ以上お前の粗暴な振る舞いがデレアの心を傷つけてしまわないようにする為のな」
「そう、だったのか。すまねえ……俺様のせいで……」
「リヒャイン、お前は冷静になれば話を聞ける奴だ。だからこそ私はお前にきちんと叱責をした。それでも、もし万が一お前が私の言う事を聞かずに粗暴な態度を繰り返すつもりだったなら、私は……いや、これ以上は何も言うまい」
「俺様はお前のおかげで助かった。自分を見直せたんだ。そんでもって……生まれて初めて、本気で、その……す、好きな女も出来ちまった……」
「見ていたから知っている。ドリゼラだろう」
「み、見てたのか。彼女に嫌われたくなくて俺様は……」
「リヒャイン。人を好きになる気持ちを知ったのなら、お前はもう人に優しくできるはずだ。その気持ちを、人を思いやる気持ちを決して忘れるな。それこそが人の上に立とうという人間の持つべき矜持だと知れ」
「ああ、わかった。その、ありがとな……お前のおかげでマジで目が覚めたよ。お前……っていうか、いい加減、名前で呼ぶべきか」
「グラン・リアだ。グランと呼んでくれ」
「グラン……どっかで聞いたような……だが、リア家ってのはどこの貴族だ?」
「私は……ただの弱小貴族だ。この街から少し離れた辺境の地で小さな領地を持つしがない男爵家の子供さ」
「リア家、なんて聞いた事がねえな。父上ならなんか知ってんのかな?」
「リヒャインよく聞け。私の事を、私の名をこれ以上詮索、漏洩する事は禁ずる。父君のラファエル様に尋ねる事もだ」
「禁ずるったって、お前にそんな権限ないだろ……ってか調べられちゃまずいのかよ?」
「権限はないが、昨今新しく決まった法案のひとつに他者の個人情報の守秘義務というものがある。これを緊急的な理由なく破った場合、極刑に処される事もあるんだ」
「げ、マジかよ。そんなの初めて聞いたぞ」
「新法案は調べればわかる。だからもし、お前が私の事を詮索する素振りが見えたり、感じられた場合、私は即座にお前を訴えて王国裁判にかける事もできる」
「な、なんだよそれ、おっかねえよ!」
「……ふ。私もそうはしたくない。お前とは良い友人になれそうなのだからな」
「う……な、なんだよそれ……」
「私やデレアの事、ここで起きた事の全てを他言してはならない。それを守ると約束できるのなら、これは友情の証だ。リヒャイン、私はお前を友と認める」
「っち。なんだか照れ臭えうえに、上手くまとめられちまったな」
そう言って彼らは握手を交わした。
「リヒャイン。今日この時より、私はお前の友となった。お前が何かにつまづき、大きな困難に見舞われた時、私はできる限りの力をもってお前の助けとなろう」
「ぶ。なんだよそれ。お前、俺様より格下貴族の癖になんでそんな偉そうなんだよ」
「リヒャイン、まだそういう癖が抜けていないようだな。人に序列などないんだ。奴隷も貧民も平民も農民も商人も男爵も子爵も伯爵も侯爵も公爵も王族も、みんな全てただの人という同じ生き物だ。私はお前に偉そうに告げたわけじゃない。私はお前を対等な友として力を存分に惜しまないと言っただけだ」
「……そうは言われてもよ。そんなに簡単に意識なんか変えられないぜ。俺様は確かに行き過ぎてたかもしんねえけど、世界はだいたいそんなもんだ。身分差なんか、無くならねぇよ」
「無くなるか無くならないかはやってみなければわからない。私は例え最後の一人になろうともそういう意思を、世界をおかしいと言い続ける意思を持ち続け、この差別的格差社会に終止符を打つ」
「お前は……とんでもねえ奴だな。俺様や父上なんかよりよっぽど大物だ。父上だってそんな大層な事、言った事ねえわ」
「私は当たり前の事を当たり前に言っているだけだ。その当たり前がいつの日か、凡事徹底となり、差別する社会そのものが異常なのだと人々が気づくようになれると、私は信じている」
「でっけぇな、グラン。お前はでっけぇよ」
「私の身長はまだ百七十に届いていない。もう少し欲しいところだ」
「ちげえよ馬鹿。器を言ってんだ」
「そうか? 器なんてもの、考えた事はない」
「……お前のような奴が国を治めるべきなのかもな」
「リヒャイン、お前のように貴族が皆、素直に誤ちを認められ人の話を聞く者ばかりなら、国も安泰なのだがな」
二人は互いを認めあい、まるで旧知の仲のように微笑み合うのだった。




