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1話 貴族嫌いの伯爵令嬢

 ――遡る事、五年前。私がまだ九歳の頃。


「デレアさん、少しは身だしなみくらい気をつけたらどうなの? 全く、汚らわしい」


「なんなんですのデレアお姉様のそのブッサイクな眼鏡と髪型。色気の欠片も感じられませんわね」


「……」


 この二つの言葉をほぼ毎日、平民出身であるこの私、デレアに向けられていた。


 まあ、そう言われるのも無理はない。


 私は基本長めに伸ばしてるブロンドの髪の毛をわざとボサボサにしてしまうし、視力が悪いので分厚い眼鏡も掛けているからな。


 私、デレア・リフェイラはこの屋敷の家主であるギラン・リフェイラ伯爵家の令嬢だが、ギラン伯爵と平民女性との間に産まれた不貞の子、つまり庶子である。


 血の繋がらない義理の母カタリナと義理の妹ドリゼラから毎日のように嫌味を言い続けられながらも、身寄りのない元平民だった私は仕方なくギラン伯爵家の貴族令嬢として暮らしている。


 八歳の頃。平民の実母を亡くした私をこの屋敷に連れて来た当主のギラン、つまり私の実父は基本的に日中は仕事で屋敷にはいない。


 ともすれば他人だらけのこの屋敷に、私の味方などほぼ皆無であると言えた。


「デレアお嬢様、その食べ方は貴族令嬢としてのマナーに欠ける行為です。何度言ったらわかるんですか? 相変わらず物覚えが悪いですね」


 冷たい口調でこんな風に私を叱責するのは、私専用の侍女であるフラン。庶子である私の世話を任せられているせいか、私に対して実に冷たい感じだ。


 ちなみに私だけは一人、食事を自室で取る。なんでもドリゼラが平民の姉なんかとは一緒に食事を取りたくないと言ったらしい。ついでに食事のマナーを侍女のフランに見てもらえと義母のカタリナに命じられ、常にフランが付きっきりで私の食事を見ている。全く、鬱陶しい。


「デレアお嬢様がこの屋敷に来てからもうすぐ一年です。名誉あるリフェイラ家の一員としてしっかりと貴族としての所作を学んでもらわないと私が困ります。聞いているんですか?」


「……全く、ピーチクパーチクと煩い口だな」


「なっ……たまに口を開けば、そのようなはしたない言葉づかいとは。いいですかデレアお嬢様。あなた様はですね……」


 フランがまた長いお小言を繰り返し始めたので私はまた無視する事にした。無視さえしていればだいたいが勝手に収まる。嫌味な家族も侍女も、さすがに手までは上げてこないしね。


 ちなみに物覚えが悪いのではなく、マナーを気にして食事を摂るのが堅苦しくて嫌いなだけ。


「……今度はまた無視ですか。はあ。全く、なんで私がこんな目に」


 そんなの、私のセリフだ。





 そんな日々を過ごす中、とある日。


『ディアナ嬢。お前との婚約は破棄させてもらう。何故かって? そんなの決まっている。私の真実の愛の相手はお前ではなかったからだ』


『ごめんなさいねディアナお姉様。ビクター様は私と結ばれる運命だったんですわ。お姉様はその辺の魔力が皆無の平民の男とでも結ばれるのが一番ですわよ?』


 吐き気がするようなセリフの応酬を見て、私は「うえ」と小さく声を漏らした。


 この会話のやりとりは音声で私の耳に届いているものではなくて、私の目から取り込まれている物語の一節、つまり本から読み取った情報だ。


「なんなんだ、このクソみたいな話は……」


 私は思わず毒を吐く。


 リフェイラの屋敷にはいくつかの書物があるが、応接室の隣に位置する娯楽室の中に置かれている本はこんな陳腐な恋愛話の小説ばかりだ。


 私は本を読むのが三度の食事より大好きなのだが、この屋敷で読める本は正直ロクなものがない。


 義母のカタリナと義理妹のドリゼラは、最近巷で流行している貴族間恋愛小説物ばかり買い漁っているので、この屋敷にあるのはそんな本ばかりだからである。


 父、ギランの書斎ならばもっと有意義な本が並んでいるのだが、基本入る事は許されない。更にドリゼラと違ってお小遣いなどほとんど貰っていない私には本を買う余裕などない。

 

 よって私が嗜む娯楽はこの陳腐な恋愛小説を読む事ぐらいなのだが、それでも文字を読むのが大好きなので私は食傷気味のジャンルでも読み漁っている。


「ちょっとデレアお姉様! まだこの本棚が埃だらけですわよ! 早く掃除してくださる!?」


 義理妹のドリゼラが怒鳴っている。


 私はそもそもこの娯楽室の本ですら勝手に読んでも良いと許可されたわけではない。何故ならこの部屋の本は全てカタリナとドリゼラの物だからだ。


 しかし本は読みたい。


 どうしても本が読みたかった私はギランお父様にお願いしたところ、カタリナお義母様とドリゼラの方から、月に一回、娯楽室の掃除を朝から晩までしてくれればその日だけは最後のご褒美に『一冊だけ』好きな本を読んでも良いという提案をもらった。


 侍女たちも仕事をひとつ減らせるという事でウィンウィンの関係となりその契約を結んだというわけだ。


「……」


 私は陳腐な恋愛小説の本を閉じ、無言でまた掃除を再開する。


「……ねえお姉様。さっきその本を読んでいましたわよね? もしかしてデレアお姉様もそういう恋をしたいのかしら?」


 ドリゼラが嫌らしい目つきで質問責めしてきた。っていうか、そういう本しかここにはないだろうが。


「でも無理ですわよね。無愛想で不細工な顔の女なんて誰にも見向きもされませんもの。そもそもデレアお姉様は平民。私たちのような貴族特有の魔力すら、持ち合わせていないですものね」


 そう言ってデレアは私の背中にぽんっと手を置いた。


「ふふ、ねえお姉様。私は、最近火属性系魔力が高まっているんですの。もしかしたらこのままお姉様のお洋服を燃やせてしまえるかも?」


 確かに背中が熱い。まるですぐそばに暖炉の火が燃えているかのような高温になっているのがわかる。


「なーんて、そんな事しませんわよぉ! さっさと娯楽室のお掃除、よろしくお願いしますわね? 埃まみれのブスなお姉様!」


 ドリゼラはケラケラと笑いながら楽しそうに出て行った。


「……ふん。なーにが貴族だ魔力だ。アホくさい」


 貴族同士の恋愛? 貴族特有の魔力?


 くだらない。そんなもの、どちらもいらない。


 本物の貴族も、物語の貴族もみんなみんな大嫌いだ。




        ●○●○●




 ――そんな幼少期時代から約五年もの月日が流れ私は十四歳になった。


 あいも変わらずリフェイラ家で腫れ物のように扱われているが、それでも衣食住に困らない今の生活になんとか慣れ始めていた。


 ただし私の貴族嫌いは変わる事はなく、数年前から強制的に編入させられて通わされている貴族魔法学院での学院生活でもそのほとんどを一人で過ごしている。


 けれど学院に通うのだけは嫌いじゃない。本がたくさんある図書館があるからだ。学院の授業も嫌いじゃない。知らない知識を得る喜びがある。


 ただただ、周りの貴族どもが鬱陶しい。


「ねえ、知ってる? シェリルってば、ダリル様に婚約破棄されたんですって」


「ええ、私も聞いたわ。なんでもシェリルの浮気がバレたとかって。馬鹿な女よね」


 誰が好きだの、どのご貴族様と懇意になっただの、婚約破棄されただの。


 聞こえてくるのはそんな話ばかりで私は辟易していた。


 全く、貴族令嬢ってのは金と男の事しか頭にないのか?


 貴族はみんな馬鹿なのか?


 男と婚約。金持ちの貴族と婚約。そんな話、自分には無縁だし、縁があってほしくもない。まっぴらごめんだ。


 なんて、つい先日までそう思っていた私だったのだが――。 

  



「はい? ギランお父様、今なんと?」


「だからデレアよ。お前の婚約者が決まったと言ったんだ」


 最悪な出来事が起こった。


 珍しく日中から屋敷の書斎にいた父のギランに呼び出され、唐突に私はそう告げられたのである。


 相手は辺境伯の息子。少し変わり者だが高い魔力を持つ良家の子息なのだと父に言われた。


「露骨に嫌な顔をするな。とりあえず何度か会ってよく話してみろ」


 私は貴族もリフェイラ家も嫌いだし、勝手に私の母を孕ませ、私たちを捨てた父のギランの事もさして好きではないが、父のギランにだけは多少なりとも恩がある。


 渋々と私はその婚約の話を認めて会う事にした。


 この私が貴族の男などに、恋に落ちる事などありえないというのに。


 とはいえ早速次の日曜日から会う事にした。




        ●○●○●




 ――だが。


 結果は案の定、私は十四歳にして初の婚約者ができ、そしてたったのひと月後である今日の昼間に「つまらない、不細工、根暗、能無し」と見事ボロクソに罵られ無事、ふられたというわけである。


 一応頑張って数回の逢瀬の時には気を使ってみたのだが、結果、やはり駄目だったわけだ。よって、私も最後はボロクソに言い返してやったがな。


 そもそもあんな親のすねかじりで()の無い気持ちの悪い男と一生を添い遂げるなど死んでも不可能だ。


「ま、向こうが勝手に振ってきたんだから私は悪くないはずだ、うん。これで無駄なデートとやらをしなくても済むし、ようやくまた前みたいに学院でのんびり本が読めるな」


 そんなわけで私は婚約破棄された事を内心ウキウキと喜びながら、屋敷へと帰った。






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