表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/94

18話 貴族嫌いの伯爵令嬢となった日。

 私に起きた奇跡は静かに目の前で佇んでいた。


「深夜に失礼」


 私の眼前、鉄格子の門の前に一人の初老の男がそう言った。


「これは何の騒ぎか?」


「「ブ、ブライアン卿!?」」


 ブライアンと呼ばれた老紳士は、鋭い眼光で私の背後にいる醜い豚どもを睨み付けた。


「何の騒ぎかと聞いている」


「そ、その……ちょ、ちょっと知人の娘と遊んでおりまして……」


「知人の? そんな馬鹿な事があるか。その娘はワシの甥っ子の娘だ。ワシの甥っ子と貴様は知人なのか?」


 え……? 私、こんな人、知らない。


「い、いや……あ、そうそう! その娘は間違ってここに入り込んでしまったみたいで!」


「お前たちは大の大人二人で間違って入り込んだ娘を虐めるように追い回すのか?」


「こ、これは……その……」


「とにかくその娘はワシが連れて帰る。文句はないな?」


「はい……ブライアン様……」


 私はこうして、すんでのところで見知らぬ老紳士に助けられた。


 その老紳士は泥だらけの私を背負い、そしてしばらく無言のまま、どこかへ連れて行かれた。


 とある屋敷の前まで着くと、立派な馬車があり、私は老紳士と共にその馬車へと乗せられた。


 長い長い時間を馬車で揺られていた。


 やがて立派な大橋に乗り、大きな河川を越え、更に進み、見知らぬ土地の一角に着いた頃。


「どこへゆくの……?」


「……お前はあの田舎町から出た事はあるか?」


「ない……」


「ならば、行き先はお前の見知らぬ土地、だ」


「え?」


「お前の顔は奴らに割れている。この国で一人で生きるのはもはや無理だろう」


「そんな……!」


「ここは奴らの領地だからな。だからお前は奴らの手の外へ連れて行く」


「どうしておじいさんは私の事を……?」


「ただの年寄りの気まぐれだ。もしくは……ワシも最後の最後に人らしい事をしたくなったのかも、な」


 老紳士は意味不明な事を呟く。


「……死んだ者は戻らない。母親を失った悲しみはすぐには癒えないかもしれないが、忘れる事だ」


 不意に彼はそんな事を言い出した。つまり、お母さんの死体をこの人も見ていたのだ。


 そう思うと、この老紳士の貴族にも怒りが込み上げた。


「魔力がないのかと思ったが……しかしこれは……なるほど……」


 私の感情を察知すると老紳士は奇妙な事を呟いた。


「娘、お前はどうしたい?」


「私は……お母さんに会いたい……」


「それは不可能だ」


「だったらあいつらに復讐したい。あの貴族たちをお母さんと同じ目に合わせてやりたい」


「それも無理だ。お前にはなんの力も知識もない」


「じゃあ私はどうすればいいの!?」


「知らないな。お前のような者など、この世にはごまんといる。あのまま死ぬ運命だったとしてもなんら不思議でもない。それがこの世の(ことわり)なのだからな」


「じゃあおじいさんは何故私を助けてくれたの!?」


「……ただの気まぐれだと言ったはずだ。さて、もうこの辺で良いだろう」


 私は見覚えのない開けた土地、麦畑に囲まれた細い街道で馬車から降ろされた。


「私はどうすればいいの……?」


「この麦畑の先にとある貴族の別荘がある。そこの者にワシの名、ブライアン・ウォルバルトの名を出して事情を話し匿ってもらえ」


 またお貴族様、か。


「……わかった」


「ではな。強く生きろ」


 それだけを言い残しブライアンと名乗った老紳士を乗せた馬車は離れて行った。


 私は言われた通り、その別荘とやらに向かう。


 そこでブライアン・ウォルバルトの名を出すと、細身の若い貴族婦人らしき人が優しい笑顔で、本当に屋敷の中へと迎え入れてくれた。


 そこでは私は優しく扱われた。


 しばらくして、そこは戦争孤児などを引き取る孤児院なのだと知った。


 私は孤児としてそこで世話になった。


 だが、誰一人に対しても私が心を開く事はなかった。


 そして毎日毎日、色のない生を続けた。


 せめてお母さんに貰った私の大切な魔導書でもあったなら、少しは違ったのかもしれないが、アレも平民街の自宅に置いてきてしまった。私にはもはや何もない。


「クソ虫め……死ね……お前たちなんかこうだ……」


 昼間であっても孤児院の誰一人と関わることなく、呪詛の言葉を延々呟き続けながら、庭にいる小さくて弱い虫たちを痛ぶっては無意味に殺していた。


 力の無い生き物はこうして無意味に理不尽に、ただ搾取されて死ぬ。


 それを私は自分より弱い虫に向け続けていた。


 クソ虫め。クソ虫め。クソ虫め。死ね。死ね。死ね。


 私は私より弱い虫をあの貴族らに見立てて復讐を繰り返していた。


「おい、やめろ」


 そんなある日だ。


 私の行為を咎める者が現れた。


「お前、その行為になんの意味がある?」


 赤い短髪をしたその女の子は私より少し年上に見えた。


「……」


 私はこの頃から人との会話を一切しなくなっていた。


「いいか? どんな命にも意味がある。無意味に殺すな」


「……」


「お前だって親を亡くしてここにいるんだろう? どういう経緯で死んじまったかなんて知らないけど、不幸に殺されたんだろう。ここにいる奴は皆そうだからな。お前がやってるその行為はそれと同じだ」


「……」


「聞いてんのか? 言葉くらいわかんだろ?」


「……」


「おい!」


「……」


「クソが。ちったあ返事くらい、しやがれ!」


「!?」


 その女の子は突然私へと掴みかかってきた。


「言う事が伝わらねえなら、体に教えてやる!」


「うううッ!」


「この……馬鹿眼鏡女が!」


「あああッ!」


「うーとかあー以外になんか喋れねえのか!」 


「ううーーッ!!」


 私は髪を引っ張ったり引っ張られたり、ぶったりぶたれたりを繰り返して赤い短髪の女の子と喧嘩を続けた。


『うるさい、この馬鹿女! お前なんかにこの私の気持ちがわかるか!』


 私は本当はそう叫んでいたつもりだった。しかし声に、言葉に全くならなかったのだ。


 この時、初めて気づいたが、感情が昂ると私は上手く言葉が出せなくなっていたのである。


「そうやって……てめぇの殻に閉じ籠もって、人としての武器を……人の言葉を捨てちまうなら、もう人間やめちまえ!」


「あああ!?」


「人間は動物や虫とは違う! 言葉がある! 知識がある! それが一番最強の武器なんだ! それを捨てるなら、人としての尊厳を捨てちまうなら、てめぇはクソみてえな虫どもと同じだ!」


 私が……クソ虫と同じ……?


「てめぇが喋れるのはあたしら皆知ってる! でもてめぇは誰から話しかけられても何も答えねえ! つまりてめぇは人間じゃねえんだ! このクソ虫が!」


 違う。私はクソ虫なんかじゃない!


「違うってんなら言葉で返してみせろ!」


「うううー! あああー!!」


「この……大馬鹿やろうがぁッ!」


 赤い短髪の女の子に勢いよく殴られ、私は思い切り吹き飛ばされた。


「はあ……! はあ……!」


 私と赤い短髪の女の子は睨み合って、互いに肩で息をした。


「あなたたち、何をやってるの!?」


 そうしているうちに孤児院の大人たちがやってきて、私たちは引き離されお説教をされた。


 ――その夜。


 私は孤児院の屋上にいた。


 もう死のうと思ったのだ。


 全てが図星だった。


 あの赤い短髪の子の言う通り、私もクソ虫と同じだったとわかってしまった。


 思い出したのだ。私の父親が実は貴族だったという事を。


 たまにお母さんが話してくれた。あなたのお父さんは立派な伯爵様なんだよって。どうして一緒にいないかまでは教えてくれなかったが、貴族だと言う事はわかっている。


 貴族はクソみたいな害虫だ。


 生きているべきじゃない。


 人とは知識があり、知恵を生み、そして言葉を操る生き物だ。


 私には知識もなく、お母さんを助ける知恵すら生まず、そして言葉すら満足に話せなくなっていた。


 私はクソ虫に成り下がっていた、いや、元々私はクソ虫だったのだ。父親の血を引いているのだから。


 クソ虫は死ぬべきだ。


 だから私は死ぬべきなんだ。


 そうすればお母さんのところにいける。


「……クソ虫が。お前なんか死ね」


 私は孤児院の屋上、窓ガラスに映る私の姿を見て最後にそう呟き、そのまま地面へと身を投げた。


 この高さなら死ねるだろう。


 お母さん。今、私もそっちに行くよ。また、一緒に魔導書の本を読んでね。


 お母さん、お母さん、お母さん。


 お母さん、会いたいよ。毎日あの笑顔が頭に蘇るのに、頭の中のお母さんは何も話してくれないの。


 なのに記憶だけは全く色褪せず、毎日蘇るの。


 でもお母さんには会えない。辛い。苦しい。


 あのおじいさんは私にお母さんの事は忘れろと言った。忘れようと思った。でも全然忘れられないの。忘れるってどうやるの? どうやったら忘れられるの? わからないよ。


 だからお願い。早く死なせて。私は人以下のクソ虫なんだから。


 そしてまた、お母さんと……。


 私はそこで意識を失った。





 ――。


 ――お母さん。


「あかあ……さん」


「すまないな、私はローザではないんだ」


 ローザお母さん。


 そう、私の本当のお母さんの名前。


 どうしてその名前を知っているの?


「間に合ってよかった。私はお前の父だ」


「……え?」


 私は気がつくと紳士な貴族風の男に抱きかかえられていた。


 周囲を見渡すと、そこはやはり孤児院。どうやら天国ではなさそう。


「全く、あんな高さから飛び降りるなんて、死ぬ気か?」


 死ぬ気だったんだから当然だ。


「……」


「話す気はない、か。まあいい。デレア、お前がこうして見つかって、再会できただけで私は一安心だ」


 私はじろじろとこの男を見据えてみたが、全く覚えがない。


「自己紹介が遅れたな。私はギラン。ギラン・リフェイラという者だ。ヴィクトリア王国のリフェイラ領を管轄し、伯爵位を持つ、お前の父親でもある」


 お貴族様……クソ虫。


「やれやれ。話には聞いていたがどうやら本当に人と話すのを嫌っているみたいだな」


 コイツも敵だ。なのに私の命を救った。どういうつもりだ。


「だが、まずは私に謝らせて欲しい。今まで助けられずにいてすまなかった、デレア」


 アヤマル?


「私にはお前たちを探す手段も時間もなかった。だから人づてに情報を集め続けていた。その為に私は外交官という職についたのだからな。そしてようやくお前たちの情報を手に入れたというのにローザはすでに……」


 コイツはなんなんだ。私とお母さんの何を知ってる?


「とにかく難しい話は後回しだ。今日から私がお前を引き取る。そしてお前を立派な貴族令嬢として育てあげてやる」


 そんな事頼んでいない。


 やめてくれ。


「それがローザの最後の頼みだったのだから、な」


「おかあ、さん……の?」


「ようやく言葉を話してくれたか」


 気づいたら言葉が出ていた。


「ああ、そうだ。ローザに昔から頼まれていた。もし、なんらかの不幸に見舞われていつか自分がデレアを育てられなくなった時はデレアをあなたの娘として、立派な貴族令嬢に育て上げてほしい、とな」


 お母さん、なんでそんな事を……?


「ローザはそう言って、まだお前が産まれる前、お前を身籠ったまま私の前から姿を消した。私には……彼女を引き止める術はなかった……」


「お母さん……どうして……?」


「お前の母、ローザはただの平民とは思えないほど、気高く美しい素晴らしい人だった。それは容姿だけではなく、気位においてもだ。不思議な人だった。私は本気で彼女を愛していた。そして産まれてくるお前の事も」


 愛……? アイ……? なにそれ?


「だからお前を、お前たちを探した。そしてやっと見つける事ができた。今日からお前はデレア・リフェイラとして生きるんだ」


「いや……私はお貴族様になんか……なりたくない」


「気持ちはわかる。ここの孤児院の者にお前のこれまでの事を聞いた。貴族を嫌う理由はもっともだ。私とて、叶うならローザの仇をこの手で取りたい」


「かたき……お母さんを殺した貴族……クソ虫……嫌い。嫌い。大嫌い!」


「……貴族が悪いわけではない。そいつらが悪いんだ」


「違う! 貴族が悪い! 貴族はみんな死ね! 私が殺してやりたい!! うううーッッ」


 私はまた涙をこぼした。


「……デレア、復讐したいのか?」


「したい。殺したい!」


「駄目だ。それではお前もその貴族たちと何も変わらない」


 また同じ事を言われた。


「いいかデレア。復讐をしたいのならお前はまず、人を知ることから始めろ。人を知り、知識を得て、見聞を広め、そしていつかは人を愛せ。そうすることでお前は復讐を達せられるはずだ」


 私にはギランの言っている事がさっぱり理解できなかった。


「お前はあのローザの血を引いているんだ。あの清く正しく、気高い心を強く持つあの母の血を。そのお前が、そんな風に暗黒の心へと堕ちていくのをローザは望んでいると思うか?」


 確かにお母さんはいつもこう言ってた。


『人には皆、自分なりの正義がある。それは決してどれも正しいわけではないかもしれない。けれど自分の信じた正義だけは貫きなさい。その心が憎しみに染まらないように』


 と。


「……望んで、ない」


「そうだろう。だからお前はローザの言葉を信じて、私の娘となれ。それこそがいつかお前の望みを……復讐を達成させる(いしずえ)となるのだからな」


 ギランの言葉はとても難しかったけれど、なんとなく私は理解し始めてきた。


 お母さんを裏切ろうとしていたのは私自身だったのだと気付かされた。


「そして生きろ。死などという安易な逃げ道であの貴族たちへの復讐心を消してしまうな。生きているだけでお前の復讐は続いていくんだ。お前はこんなところで奴らに負けてしまっていいのか?」


 負けたく、ない。


 私はもう誰にも負けたくない。


 知識も、知恵も、人たりえる尊厳としても!


「……わかった。私は……他でもない、お母さんの為に生きる」


 私の言葉を聞き、ギランは優しく微笑んだ。


「そうだ、それでいい。お前は人を知り、世界を知り、全てを知り、そのうえで復讐をしてみせろ。そしてお前はお前の幸せを掴み取るんだ」



 私はこくんと頷き、この日、ついに私は私の大嫌いなお貴族様の一人となった。



 世界で一番貴族が大嫌いな、伯爵の貴族令嬢となって。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ