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15話 ヒトの感情

 大ホールから少し離れた場所。薔薇庭園が近くに見えるガラス張りの温室小屋の付近で、私はリヒャインと二人きりになった。


「デ、デレア……さっきの事なら本当に謝る。俺様が全面的に悪かった。だからドリゼラとまた話をさせてくれ、頼む……」


 こいつ、本当にさっきと同じクソ虫か?


 最初からこんな風に素直なやつだったら私も不快な思いをせずに済んだものを。


「はあ。……何故そんな急にドリゼラと仲良くなったのですか」


「さっき、お前に暴力を振るってしまった後、あいつにきつく説教されてな……。自分でも馬鹿な事をしたと反省していたんだ」


「あいつ? ドリゼラにですか?」


「いや、違う。さっきのあいつだ。青い髪の男だ」


 青い髪の……。


「あのお方とはお知り合いなのですか?」


「違う。今日ここで初めて会った。リッツガルドの名を出しても臆さなかったのはデレア、お前とあいつくらいなもんだ。今まではどんな女も男も、俺様がリッツガルド家の長男だとわかると、すぐにへこへこしてきたんだがな」


「それはお生憎様でしたわね」


「でも、俺様はそんな女どもには心を動かされなかったんだ。だが、お前は違った。その態度が気に入らないのもあったが、妙に気になったんだ。それでついムキになって」


「はいはい、それはわかりましたから。それで、初対面のはずの青い髪のあの方にどうお説教をされたのですか?」


「あの後、あいつは俺様を追いかけてきて、大ホールの端に連れて行かれたんだ。喧嘩の続きかと思ったんだがあいつは武力も魔力も行使してこず、そこで俺様はただ普通に怒られていた」


「怒られていた……?」


「上流貴族にあるまじき行為、名門リッツガルド家の顔に泥を塗るだけでなく人としての尊厳を損なう愚かしい行為だって。お前個人がいくら強かろうと国と法には敵わないだろう、そうなった時、どうするつもりだったんだ、ってな。こんこんと冷静に、でもしっかりと怒られた。だが……まあ正直、その通りだと思う」


「そんなお説教、赤の他人からよく素直にお聞きになられましたわね?」


「……あいつ、まだ周知の浅いこの国の新法にやたらと詳しかったんだ。今、この国の最大権力者が国王のマグナクルス・ヴィクトリアなのはお前でも知っているだろう。数年前から国王と上流貴族の関係性が良くなくてな。国王は国の法案を勝手にどんどん作るが、貴族たちはそれが気に入らない。そこで……」


「ええ。昨今、立憲主義という考え方が生まれましたわね」


「ああ。そのせいで最近、国王の法案を御する新しい法案が貴族の法官の方からどんどん出来ている。特に魔導師に関する法律は厳しく細かく制定されてきていてな」


「当然ですわね。魔導師は二級以上からは軍事兵器と同等扱い。法で制御しなければそれこそ無法地帯と化してしまう。さっきのあなたのように」


「う……ま、まぁそういう事だ。あいつの法に関する知識は妙に高かった。もしかすると身内に法官か宰相がいるのかもしれねぇ」


「それで臆してあなたは言う事を聞いた、と」


「べ、別にビビったわけじゃねぇよ。ただ、なんつーか……あいつ、すげぇ親身に説教してきやがったんだ。まだ会ったばかりの俺様なんかによ」


「親身に……?」


「ああ。お前にはもっとやるべき事がある。将来を台無しにするな。そうすれば父上のラファエル様よりももっと優れた男になれる、ってさ。おまけに、次に意中の女性を見つけたのなら、その人には優しく朗らかに接して見ろ。そういう相手を想う真剣さがあれば、お前の本心は必ず伝わるとも言われたんだ。それで俺様、ドリゼラを見つけた時、あいつの言う通りにしたんだ」


 そうしたらドリゼラを見事に落とせたってわけね。


「俺様、こんな性格だからよ。あんな風にあけすけに言ってくれるやつなんて初めてでさ。なんか……ちょっと嬉しかったんだ。親からはなんつーか、まともに愛のある説教なんてされた事なかったから、さ」


「……」


「ともだち……っていうやつも満足にいないんだ、俺様。いつも父上や家庭教師から毎日毎日魔法の訓練ばかりだし、母上は俺様が幼い頃に死んじまってな」


 クソ虫の分際で……人間の気持ちを語るな。


「周りは俺様の魔力を褒めちぎるし、父上からも尊厳を大事に誇り高く生きろって教わってきたから……つい、舐められないようにって。でも、あいつみたいに親身になってくれるやつが一人くらいいてもいいなって思ったんだ」


 ふざけるな。


「俺様さ、将来は宮廷魔法騎士団に入りたいんだ。魔法騎士団の精鋭になって、戦争、魔物の討伐なんかで英雄になりたいんだ。父上みたいに、歴史に名を刻むようなさ」


 将来を語るな。


「そんで立派に戦って、弱いやつらを守りたいんだ。理不尽に奪われそうな命をこの手で守りたい。戦火によって親を亡くした可哀想な子供達とかを守ってやりたいんだよ。本当はそうしたいのが俺様の夢だった。それなのに最近の俺様は少し自分に酔いしれて……それをあいつが矯正してくれたんだ」


 弱いヤツをマモル? 命をマモル? 親のいない子供をマモル!? コイツはナニを言っているンダ。


「ふざけるなよ」


 気づけば私は心からの声をそのままに出していた。


「デ、デレア……?」


「ふざけるな。クソ虫ごときが人を理解したつもりでさえずるな。耳が腐る」


「う……お、お前が怒るのも無理ないよな。さっきの俺様の行為、あんなのどうやっても許されるわけがねぇ」


「さっきの? 違うな。お前だけの話じゃない。クソ虫は漏れなく害虫なんだよ。わかるか? わからないだろうな。私に力があればお前たちなんて……」


「お、おいデレア……?」


「クソ虫が。人の言葉を話すな。怖気が走る」


「お、落ち着けよ。なんかお前、変だぞ……」


「私に力があれば、この国ごとお前たち貴族どもを粛清してやったのに!」


「な、何を言って……」


「貴族という生き物は漏れなくクソ虫なんだよ。わかるか?」


 身体が震える。


 目の前が霞んでよく見えない。


 いつもの眼鏡が逆に鬱陶しく感じて、私はその場で眼鏡を外した。


「デ、デレア!? お前、その目は一体!? 金色に染まって……!?」


 リヒャインが私の目を見て委縮している。


「貴族の本質はさっきのお前だよ。弱い者をいたぶって嘲笑って見下す。そして貴族以外の命は玩具のように扱う。そうだろう? 平民や貧民、奴隷たちをお前たち貴族は使い捨ての駒みたいに使う。貴族は貴族以外の事を玩具同然に見ているんだよな? そうやって私のお母さんを殺したんだから」


「か、体が動かない……なんだこれは……ま、魔力なのか!? 強い魔力の波動がデレアから……!」


「クソ虫が。お母さんを返せ。貴様たちが殺したお母さんを返せ。貴様たちができる贖罪はそれしかない。私のお母さんを返せ」


「う、く! デ、デレアの魔力が……ぼ、暴走しているのか!? くそ、体が震えて……!」


「返せないのだろう? 知っている。私も調べた。散々に本を読み漁って調べた。人は死んだら元には戻らない。知っている。万物の生物には等しく死がある。だが、死が等しいならば何故私のお母さんだけが貴様ら貴族に、無意味に無配慮に無様に無残に殺されなければならなかった!?」


「お、落ち着けデレア! さっきから何を……!」


「優しかったお母さん。私の本当のお母さん。いつも私の為に必死だったお母さん。どこの誰だか知らない伯爵に殺された。そいつの服を汚しただけで殺された。それなのにそのクソ虫は罪にも問われず今ものうのうと生きている。そんな馬鹿な話があると思う? クソ虫めが。貴様たちと私たち、何がそんなにも違う?」


「デ、デレ、ア……」


 ついにはリヒャインは地面へと倒れ込んだ。


「そうやって床に這いつくばるのがお似合いだ。泥を舐めるのがクソ虫には相応しい」


「う……あ……」


 目の前の貴族が苦しんでいる。


 私のやり場のない怒りが、悲しみが、溢れ出す。


「デ……デレ……ア……」


 そんな憤怒に包まれた私の顔を、リヒャインは苦痛に歪めた表情で見上げているのだった。




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