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14話 ドリゼラとリヒャイン

「まあ、そうなんですの!?」


「ははは、そうなんだよ! こいつが傑作でな」


 私はカタリナに連れられ、また喧騒に包まれている大ホールへと戻る。


 そこではきっと、おそらく、もっとずっと、ドリゼラを取り巻く面倒な展開が待ち受けているのだろうと思っていた、のだが。


「うふふ! リヒャイン様って面白いんですわね」


「ドリゼラ嬢こそ、俺様の話が通じるなんて中々だぜ」


 予想とは大きく違った現実がそこにはあった。


「……カタリナお母様」


「何かしら?」


「話が違いますが」


「違くないわ。さっさとあの男をドリゼラから離してちょうだい」


 ふーん、なるほどな。これは何かあるな。


「ですがドリゼラはリヒャインと仲睦まじく平和的に会話をしておりますが」


「あなたには何も見えていないのよ。貴族には裏の裏、先の先まで見据えて行動をしなくてはならないの。所詮、平民の女には理解できない奥深い世界があるのよ」


 奥深い、ねえ。


「だからあなたは黙って私の言う通りにリヒャインの気を引きに行きなさい」


「あんな状態で私が割って入ったら、今度こそ私は本気で怒られてしまいそうですが」


「それでも構わないわ。このままドリゼラがリヒャインに奪われてしまうよりはね」


「何故、リヒャインは駄目なのですか。今の彼は割と紳士的にドリゼラと話しておりますよ」


「リヒャイン程度の男ではドリゼラが勿体無いからよ。……そこまであなたに話す必要はないと言ったはず。あなたは私の命令を聞けばそれでいいの。それとも食事と娯楽室の使用を禁止にされたいの?」


 ……クソ虫が。


「それは……」


「あなたはなんとかしてみせると言った。だったらなんとかしなさい。それとも平民の女は約束をすぐ反故にするのかしら?」


 一方的な約束は約束とは言わん。


 だが仕方あるまい。


「……やりますよ」


 私はため息を吐いて、彼女らに近づく。


 そのついでに周囲を見渡すが、青い髪の彼はもうどこにもいない。


 本当に神出鬼没だが、少しだけ安堵した。何故か彼の前だといつもの私でいれなくなる。


 さて、私はドリゼラからリヒャインを引き離さなくてはな。どうなるやら。


「リヒャイン様、ドリゼラ。ごぎげんよう」


 と、ひとまず私には似つかわしくない挨拶から切り出してみる。


「眼鏡女、お前かよ……」


「お、お姉様……」


 リヒャインもドリゼラも困惑した表情で私を見る。


「まずはリヒャイン様。先程はとんだご無礼をして申し訳ございませんでした。心より謝罪致します」


「あ、あー……まあ、いいや。俺の方こそ悪かった。その、殴っちまったし……髪も乱暴にしちまった。すまなかったな」


 へえ、こいつは意外だ。


 クソ虫の癖に人に詫びるという行為を知っているのか。


 しかしどういう心変わりだ? 先程までの粗暴さはほとんど感じられんな。


「あ、そのお姉様……私、その、もう少しリヒャイン様と二人でお話ししていたいのですけれど……」


「……お前、ドリゼラの姉貴なんだってな。ドリゼラから聞いてるよ。まさか俺様が()()()()()()()がことごとくリフェイラ家のご令嬢だってのはどういう事なんだかな」


 ははは、と少し困り顔でリヒャインは笑う。


 どういう事なのか聞きたいのはこちらのセリフだ。


 ……ん? いや、ちょっと待て。今こいつ、何か気持ちの悪いおかしな事を言わなかったか?


「なんつーか、デレアもドリゼラも良い髪色をしてるなって思ってな。あんたたちの輝くようなブロンドが、その……綺麗だと思ったんだ」


「は?」


 私は思わず地声が出てしまった。


「だからよ、デレア。お前の髪色と艶に惹かれて俺様はお前に声をかけたんだよ。後ろ髪を見て、惹かれたんだ。そんで、どんな顔をしてるか気になってな。そうしたら頑なに眼鏡を外してくれねえから、ついカッとなっちまった……」


「つまりアレか? お前は私の髪の毛に惹かれて声を掛けてきた癖に、私を殴って、あまつさえ私の髪の毛を鷲掴みにしたというのか?」


 どういう神経をしているんだ、この男は。


「う……す、すまん。俺様、酒に弱くて酔っちまうと気ばっかり大きくなっちまうんだ……」


 なるほどね。


 酒が多少抜けてきた今はだいぶ落ち着いてきたというわけか。


「お姉様、口調が……」


 はっ。


 いかんいかん、ドリゼラに注意されてしまった。


 しかし度し難いな、この男は。そんな軽い謝罪で本当に許されると思っているのか。


 こう見えて私は結構ムカついているんだぞ。


「リヒャイン様。今度はドリゼラに暴力でも振るうのですか? 女を力づくで押さえ付けるのがお好きなようですものね。確かにリヒャイン様のお力ならドリゼラの貞操を奪うのも簡単でしょう」


 私はなんとか口元だけ笑顔にして、精一杯に煽ってみる。


「だ、だからさっきのはちょっと勢いで……お、俺様は好きなやつには構いたくなっちまうんだよ……」


 好きなやつをつい虐めてしまうタイプのクソ虫か。


「好きだから何をしても許されると? 初対面の女性の頬を引っぱたいて髪の毛を鷲掴みにしても良い、と?」


「う……い、いや……その、本当に、本当にすまなかった……」


 しかしこいつ、本当に急激に大人しくなったな。ちっとも煽りに乗ってこない。


 相当ドリゼラを気に入ったと見える。


「ドリゼラの手前、優しい男のふりをしているのでしょう? 全く、気色悪い」


「ち、違うんだ。本当にさっきのは酒の勢いで……」


 こいつ、面白いくらいにきょどっているな。


「お酒は人の本性をあらわに致しますわ。つまり、先程のあの暴力的な人柄があなた様の本性なのですよね、リヒャイン様?」


「ち、違う!」


「リヒャイン様……そう、なのですか?」


「ドリゼラ! 違うんだ! 俺様はちょっと、ああいう時どうしても素直になれなくて……!」


 ドリゼラも少し彼を見る目が変わっている。


 このままリヒャインと引き離せばカタリナの命令通りになるな。


「お姉様……私……」


 ドリゼラはこの前の一件以来、私に対して実に大人しくなっている。私を見下すことはおろか、私の言葉に逆らう事すらしなくなった。


「ドリゼラ! 本当だ、さっきの俺様は少し気持ちが昂っていて……キミに手をあげるようなことは絶対にしない!」


 え? 何このクソ虫。私には散々暴力を振るった癖に。ぶっ殺したい。


「お姉様。私、もう少しリヒャイン様と話し合って、彼を知りたいです……」


 ドリゼラめ……こいつ、ガチでリヒャインを気に入っているのか?


 クソ、やっぱり面倒なことになった。これでは埒があかん。


 ここはひとつ、こいつらを納得させた後に、背後の方から遠目で見張っているカタリナを欺くとするか。この様子だと、おそらくドリゼラとカタリナの真意は別にありそうだしな。


「……ドリゼラ、少し耳を貸せ」


 私は彼女にそっと耳打ちする事にした。


「カタリナお母様に見張られている。どうやらお前をリヒャインとくっつけたくなさそうだ。私はお前たちを引き離せと命令されている」


「お母様が……。やはり……」


 やはり、か。ドリゼラも何か知っているな。だが、本意ではないと見た。


「何の事情があるかは知らん。だが、今このままリヒャインと交友を深めるのは得策ではない」


「そう、ですわね……でもお姉様、私は……」


「わかっている。今のお前の気持ちくらいこの私でもわかる」


 完全に恋をした乙女の顔になっているからな。恋は女の頭をおかしくすると言うし。というかドリゼラのやつめ、本当にしおらしくなったな。


 これまで散々私に嫌味ばかりだった癖に、あの魔力暴走の一件からすっかり変わってしまったように見える。ま、猫を被ってるだけなのかもしれんがな。


「だが、今だけはその男と離れろ。リヒャインは私が連れて行く」


「お姉様が?」


「ああ。私が少しの間こいつを引き付けておく。リヒャインにはお前の事を良いように伝えておいてやる。だから今はお前はお母様のところへ戻れ」


「本当ですの? お姉様、本当に?」


「ああ。私はお前たちと違って約束を反故にはしない。だからさっさと戻れ。長くこそこそ話していては怪しまれる」


「わ、わかりましたわ」


 ドリゼラはそう言うと、リヒャインに一言だけ「ごめんなさいリヒャイン様」と言って、早足でリヒャインのそばから離れて行った。


「あ、ド、ドリゼラ! 待って、待ってくれ!」


 もの悲しげな顔でリヒャインはドリゼラの背に手を伸ばす。


「リヒャイン様は私と少しお話しましょうか」



 私は彼を引き留め、そして彼の手を取りホールの外へと連れ出していくのだった。



この作品をご一読いただき、ありがとうございます。


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