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イベント・秋

活動写真がうつすもの




「活動写真を知ってるかい?声と写真の会話劇。弁士の話す夢語――」

 劇場のスクリーンに映し出された映像に合わせ、弁士が熱く語りだす。


☆☆☆


「ありがとうございました。またお越しくださいませ」

 舞台が終わり、観客が楽しかったと感想を述べながら次々と劇場を後にする。

「弁士の兄さん絶好調だねえ。支配人さんが次回作で話があるってよ」

「毎度どうも。早速会いに行ってきますね」

 映写機を動かしていた男と会話して、弁士の青年は支配人に会いに向かう。


☆☆☆


「お褒めの言葉と次のネタっと。何を語りましょうかねえ」

 弁士の青年は劇場を後にして街中へと足を踏み込む。

 すると腹の虫が鳴った。

「腹が減ってはなんとやら。今日も外食としゃれこみますか――っておや?」

 キンモクセイの香りが漂う中、弁士の青年は自分を見ている視線に気づく。

 視線の先に目をやると、子どもが弁士の青年を見つめていた。

「どうしたんだい?迷子かい?それともサイン?」

 明治から流行している三つ編みの子どもに視線を合わせ、弁士の青年は聞く。


「面白い話のお礼になんでも願いが叶うチケットがありますよ。どうです?」


☆☆★


「なんでも願いが叶うチケットねえ……」

 弁士の青年は自宅に戻り、畳の上で横になる。

 そして懐に手を入れると、紙切れを1枚天井にかざしぼんやりと眺めた。

「破り捨てると使えると言っていたな。ならば――」

 弁士の青年はおもむろにチケットを破り捨て、紙片が宙に舞う。

 はらはらと舞い降りた紙片が畳の上に落ちると、その上に魔法陣が描かれた。


☆★★


「吾輩を呼んだかね?」

 魔法陣が光り、その中から紳士服を着た細いカイゼル髭の男性が姿を見せる。

「吾輩はナベリウスである。なにを願うのであるか?」


「どうです?一緒に夕食でも」

 畳の間に静寂が訪れる。

「もう一度言ってもらえるかね?」

「ですから一緒に食事でも。奢りますよ?」

「科学の知識や威厳や名誉の回復もできるのであるぞ?」

 丸まったカイゼル髭の先端を引き延ばし、ナベリウスは再度確認を取った。

「あいにく腹の虫が鳴っていましてね」

 腹の虫が鳴り、弁士の青年の言葉に答える。

 ナベリウスが髭から手を離すと、伸ばした髭がバネさながらに元に戻った。

「心を満たすなら、まず腹を満たそうと思いまして」

 弁士の青年はにやりと笑い、ナベリウスの様子をうかがう。


「なるほど、そういうことであるか。ならば結構。吾輩はこれにて」

 意図を読み取ったのか、ナベリウスも微笑を返し慇懃(いんぎん)に礼をする。

 ナベリウスがそういうと、また魔法陣は光りだし一気に輝く。

 光が消えると同時に、ナベリウスも魔方陣も忽然(こつぜん)と姿を消していた。


☆☆★


「やれやれ」

 弁士の青年は畳の上にどっかりと腰を下ろし、大きく息を吐く。

「どうせ誰かが使うのなら、いっそ自分がと思って使ってみれば……」

 ナベリウスの気迫に押されたのか、弁士の青年の声には疲労が混じる。

 軽口を叩くのが精一杯という様子がその姿から伺えた。


 そこに再三腹の虫が鳴る。

「さあていい加減食事にしますかねえ」

 弁士の青年はそう呟いて、窓から街を眺める。

 街灯が照らす街並みから、カトレアの花が咲く洋食店を見つけた。

「鍋とか言ってましたし、今日はシチューにしましょうか」

 弁士の青年は立ち上がり、身支度を整え自宅を出ると、雑踏に消えていく。


★★★


「よかったんでゲスか、ナベリウス様?」

 暗闇の中、弁士の青年が洋食店に入っていく姿を、水晶玉が映していた。

 ほんのりと灯がともる。

 灯は揺り椅子を揺らし、深紅のワインを口に含むナベリウスの姿を照らす。

「今はこれで十分なのである」

 空になったグラスを机に置くと、小悪魔がグラスにまたワインを注ぐ。

「移ろい変わりゆく時代にあの青年がどうなるか、それを楽しむのである」

 ナベリウスの顔が揺らぎ、カイゼル髭の顔が三つの犬の顔へと変わる。


「この間は『悪魔と契約なんてするから』って叫びを見てたくせに……」

 ワインを注ぎ終え、隣にある水晶玉に向かう中、小悪魔は一人つぶやく。

無音映画(サイレント・ムービー)にトーキー……どこまで(あらが)えるかな」

「候補はすでにそろえておいたでゲス。誰になさるでゲスか?」

 水晶玉を照らし終え、小悪魔は一冊の本を抱きかかえナベリウスに手渡す。

「ほほう。どれどれ」

 悪魔が二人、次の標的の選別を始めた。


☆☆☆


 季節は流れ、ウインターコスモスに(つぼみ)がつき、花へと変わる。

 弁士の青年は祝言を挙げていた。

(これからは大黒柱を目指しますか)

 花嫁衣装に身を包んだ女性と弁士の青年は視線を交わし、微笑みあう。

 どんな困難にも立ち向かえるのが人間の強さと、瞳が語っていた。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、無声映画の弁士がテーマなのですか。 この不思議な出会いが若き弁士の青年の一層の成長に繋がると良いですね。 [一言] トーキー映画に総天然色、そしてテレビ時代の到来にネット配信。 …
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